陽trick

 椿木凛香はぐぐぐと頭を悩ませてた。


 「わかんなーい」


 ベッドに飛び込み、枕に顔を埋めて叫ぶ。

 声は枕に吸収されて、ご近所迷惑にはならない。

 なってないはず。

 多分。


 陰キャちゃん元い藤花琴葉と仲良くなりたいな〜と今日一日あれこれやってみた。

 だけど結果は芳しくない。

 そりゃ彼女が他者と関わってるところすら見たことないから私は比較的抜きに出てる方だとは思うけどね。


 でもそういう話ではない。


 ただもっと仲良くなりたいのだ。

 理想論だと笑われるかもしれないが、全人類と仲良くなりたいと思う。

 それが私の小さな願いであり目標だから。


 でも間違いなく一歩は踏み出せた。

 大きな一歩だったのか、それとも小さな一歩だったのか。

 それは正直わからないけど。


 時間はかかるかもしれない。

 それでも絶対に陰キャちゃんを攻略してみせようじゃないか。

 陥落してやろう。

 謎めいた闘争心がふつふつとただ湧き出てきた。



 学校。


 「おはよ〜」


 と、いつものように挨拶されるから、色んな人に笑顔を張りつけて挨拶を返す。

 意識は藤花琴葉という女性にだけ向けてるんだけど。

 ただ教室にはいない。

 席に座ってから改めて彼女の席を見つめる。

 やっぱり空席だ。

 荷物もないからまだ学校にすら来ていないのだろう。

 時間的にはまだ余裕がある。

 というか、まだ登校していない人の方が多い。

 ゆっくり待っておこうと私は周囲の友達と他愛のない会話をしていたのだった。

 チャイムが鳴る。見計らったかのように先生は教室に入ってくる。

 チラッと陰キャちゃんの席を見るけど、まだ空席。

 やっぱり来てない。

 今日は来ないのかな。

 連絡したいけど、連絡先を持ってない。

 為す術なし。


 さてはてどうするべきか。


 朝のHRが終わるなり私は教室を飛び出した。


 「りんちゃん〜」


 という雪乃の声を背にして、私はつかつかと歩き出す。

 走ると先生に怒られるから、歩くけど。

 そのまま勢いで屋上へと来てしまった。

 昨日いたから今日もいるんじゃないかという淡い期待を抱きながら。

 結果から言ってしまうと居なかった。

 ただ強い風が吹き荒れるだけ。

 どこから飛んできたのかわからない緑色の綺麗な葉っぱが風に乗ってひらひらと舞い降りる。その葉っぱは落ち着くことなくまた風に乗ってどこかへと消えてしまう。葉を見送ってからふとやるべきことが脳裏に過ぎる。


 思い立ったが吉日という言葉がある。何かしようと決意したら、そう思った日を吉日としてすぐ取りかかるのが良いという意味らしい。ちなみに今調べました。えへへ。


 というわけで、私は職員室へと向かう。とんとんと扉をノックして「失礼しますっ」と威勢良く声を出す。こういう時にハキハキと喋ると大人からは好印象を抱かれる。長年どうやったら大人から好かれるかなと考えた末に導き出した答えだ。


 「えーっと……」


 職員室に入った私は唇に手を当てながら、先生を探す。担任の先生を見つけ、名前を呼び、その先生の元へと向かう。


 「椿木どうしたんだ」

 「陰キ……じゃなかった」


 危ない危ない。陰キャちゃんって言うところだった。そろそろこの呼び方もやめた方が良いかもしれない。そのうち藤花ちゃんとか、琴葉ちゃんに移行しよう。できるほど仲良くなれれば良いなぁ。


 「椿木?」

 「すみません。あの、藤花さんの住所を教えてください」

 「は?」

 「だから、藤花さんの住所を教えてください」

 「俺の聞き間違えじゃなかったか……」


 なにを言ってんだというような目をしていた先生は、改めて私の言葉を聞いて呆れるようにそう言葉を吐く。


 「この世の中にはプライバシーってもんがあってだな。生徒の個人情報なんてそう易易と教えられるもんじゃないんだよ」

 「そうかもしれないですけど、今日藤花さん休みじゃないですか。ノート板書して放課後に届けてあげたいんです」

 「そう言われてもなぁ……」

 「良いんじゃないですか?」


 マグカップを持った廣瀬先生が助け舟を出してくれる。


 「廣瀬先生……そうは言ってもですね」

 「プライバシーも大事ですけど、生徒間の交流も大事ですよ。それに先生のクビが飛ぶくらい大したことじゃないじゃないですか」

 「大したことですよ」


 担任は困ったように笑う。


 「椿木と藤花さんが仲良いのは私が保証しますよ。だから教えても問題にはなりません。友達が家に行っただけ。それだけですから。問題になるはずもないですよ」


 廣瀬先生はマグカップを掻き混ぜて、熱々であろうコーヒーを呷る。


 「なんで廣瀬先生がそんな自信満々に……」

 「昨日雨に濡れて二人で保健室に来たからですね。授業をサボって」

 「授業をサボって……?」


 先生からギロリという睨みを食らって、私はそっぽを向く。ふーふーふーふーと下手くそな口笛も加える。ドラムはそこそこ叩けるんだけれどね。それはそれこれはこれだ。


 「教師は生徒の為にですよね」


 廣瀬先生はニッと笑う。担任は深いため息を吐く。


 「椿木。今回だけだからな。あと口外するなよ。割と真面目に俺のクビが飛びかねねぇーから。近年のコンプライアンスは厳しいんだよ。仲良い生徒だからって住所を教えたって大問題だ。個人情報の取り扱いがどうなってるんだってな。こっちだって事情があってやってんだよ、って思うんだけど、世間は許してくれねぇーんだよ。まったく」


 ぶつぶつと文句を垂れながら、担任は『緊急連絡先』と書かれたファイルをぺらぺらと捲る。先生は先生で色々と大変なんだなぁ。そんなことを思いながら、口頭で陰キャちゃんの住所を聞いたのだった。

 授業が始まる前に教室へと戻る。


 「りんちゃん。どこ行ってたの?」

 「トイレ」

 「あー」


 雪乃は申し訳ないことをしたみたいな目をする。申し訳ないことをしてるのは私なんだけどね。バリバリに嘘言っちゃってるし。


 「辛いから帰る」

 「え? 先生には?」

 「言ってあるから大丈夫〜」


 さらに嘘を吐く。嘘に嘘を重ねて、その上にもう一個嘘を重ねる。ここまで来ると嘘が重なりすぎて訳がわからなくなってる。


 「え、うん。りんちゃんじゃあね?」


 雪乃の声を背に、荷物を持って私は学校を後にした。

 途中で学校を抜け出す爽快感はとてつもなくて、なんだか癖になっちゃいそうだなぁとか思った。

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