フレンドリー・アクセサリー

 結論から言ってしまえば問題なかったようだ。

 なんか二つ返事だったらしい。


 家庭の形は家庭の数分あって、他者が一々口出しするものじゃないから私は「そうなんだね〜」なんていう使い勝手の良い言葉を口にしただけだった。

 それ以外の言葉は見つからないんだからしょうがない。


 近くのファミレスへとやってきている。

 某イタリアンなファミリーレストラン。

 千円札一枚で満足度の高い食事をすることができる。

 物価高なこの時代でこんなに安く美味しい食事ができるなんて有難い存在だ。

 学生の味方。


 「……」


 席に案内された。

 彼女は真剣にメニューを眺める。

 まるでなにかの入門書でも読んでるかのような。

 そんな真面目さがある。

 私はチラッとメニューを確認して、注文する品を決めた。


 まぁ、悩んだって仕方ないもんね。


 ボケっと陰キャちゃんを見つめる。

 この子本当に顔は良いんだよね。

 ファミレスに来ただけなのに神々しさがある。

 天井の絵画も相俟って尚更だ。

 本気で天使が舞い降りたのかって思ってしまうほど。

 なんでそんな陰キャみたいになっちゃったのか、不思議なくらいだ。

 こんだけ可愛ければ普通はそれなりに絡まれて、構ってもらえて、嫌でも陰から表舞台へと引き出されるものだろうけど。

 ファンクラブとか、藤花親衛隊みたいなのが作られたっておかしくない。

 だから少しくらいは気になるけど、なんで? と、聞くほど私のデリカシーは欠けてない。


 「じゃあこれにします」


 指差す先にあるのはドリア。

 ふむ、無難。

 せっかくならエスカルゴとか頼んで欲しかった。

 ボタンを押すとすぐに店員さんはやってくる。

 紙にメニュー番号をささっと書いて手渡す。


 店員さんとの会話は「ご注文をお伺いします」「これでお願いします」「ご注文を繰り返しますね――」「大丈夫です」「ではごゆっくりどうぞ」だけ。


 そのうち会話ゼロを目指すことだってできそうだ。

 まぁ面倒なクレーマーとかが居る限り無理なんだろうけど。


 「飲み物持ってきますね」

 「いってらっしゃい」

 「なにが良いとかありますか?」

 ドリンクバーを指差しながら、こてんと首を傾げる。

 「おまかせにしようかな」

 「面倒なこと言いますね。私のポリシーみたいなものなんですけれど、ドリンクバー取りに行く時に『任せる』って言われたら、烏龍茶とコーラとメロンソーダと野菜ジュースを混ぜるって決めているんですよ」


 陰キャちゃんは当然饒舌になったなと思ったら、物騒なことを言い始める。


 「じゃあ烏龍茶で」

 「わかりました」


 ささーっとドリンクバーまで向かう。

 良かった。

 危うく私の命がこんなところで消滅するところだった。

 陰キャちゃんは戻ってくる。右手には暫定烏龍茶、左手には暫定メロンソーダを持って。

 こてんと机上に置くと、すすすと暫定烏龍茶を私に流す。


 「混ぜてない?」

 「混ぜてないですよ」

 「本当に?」

 「本当です」


 こくこくと頷く。

 頷いてから首を傾げる。


 「なんで疑われているんですかね……」


 うんともすんとも言わずに、烏龍茶に口付けした。


 「私、陰キャちゃんのことなーんにもしらないんだけどさ」


 彼女の独り言擬きはスルーする。


 「名前もですか」

 「名前は知ってるよ。藤花琴葉ちゃん。略して陰キャちゃん」

 「略せてないですよ。というか一文字も合ってないです」

 「細かいこと気にしてたら人生生きにくいよ」


 まともな指摘をされるのはなんか癪なので適当なことを言って逃げた。


 「趣味とか教えてよ。好きなこととかないの?」


 そのまま話も逸らしてしまう。

 会話の主導権を握ってる人間の特権だ。


 「好きなことですか」

 「そう。好きなこと」


 陰キャちゃんはうーん、と悩む。

 ちろりと私のことを見てまた悩む。

 そこまで悩む質問をしたつもりはなかった。

 コンマ何秒ってレベルで返せるような質問をしたつもりだったんだけど。


 「ご飯を食べるのは好きですね」

 「それは私も好きだよ。他には?」


 話を広げられそうにないので、もうちょっと探る。


 「一人でのんびりとしているのも好きですね」

 「うん、そうだね。一人の時間はとっても大事だもんね。わかるよ、わかる」


 一人ぼっちは嫌だけど、ずっと周囲に人がいるってのもそれはそれで気が休まらない。

 なにごともそれなりがちょうど良いんだよね。

 理解は示す。

 けど話を広げられる自信はない。

 お話大好きマンか、お話大好きウーマンだったら薄―く話を広げるのだろうけどね。

 残念なことにその技量は私にはない。


 「眠くなった時に寝るのも好きです」

 「それは多分皆そうだと思うよ。というか眠くなって、眠いけど眠いのを我慢するのが好きなんです……って言う人は多分人としてなにかしら欠陥があるよそれ。絶対に病院行った方が良いから。間違いなく」


 耐えられなくなってツッこんでしまう。

 やってしまった。


 「趣味は? 趣味」


 真顔を作りながら会話の主導権を握る。


 「例えば映画を観るのが好きとかさ、ゲームをするのが好きとか、小説を読むのが好きとか、ギター弾くのが好きとか、色々あると思うけど。そういう感じのはないの?」


 ある程度方向を固定してから主導権をポンっと離す。


 「そうですね。ないことはないんですけど……」


 彼女はそう口にするとつーっと私から目線を逸らす。

 あまりにも露骨だったせいで違和感を覚えた。

 え、なに? そんな人に言えないような趣味なの? あ、もしかしてえっちな趣味とかだったりして。それなら人に言えないよね。

 というか、人に言えないような趣味ってそのくらいしか思い浮かばないけど。

 私の心が汚れてるだけなのだろうか。

 いいや、そんなことはないよね。


 「まぁ、言いたくないなら無理に言わなくて良いよ。言わないと死んじゃうとかそう言った類の話ではないしさ」


 半分建前、半分本音だ。

 無理矢理明かさせたってメリットはさほどないし。


 「言っても良いんですけど」


 苦笑しながら、頬を撫でるように触る。

くいつの間にかに半分くらいまで減っていたメロンソーダをぐいっと呷った。

 店内BGMの中にコツンというコップを置く音が忽然と混ざる。


 「男っぽい趣味なんですよね」

 「そう……?」


 だから? と、思ってしまった。


 「笑わないでくださいね」

 「笑わないけど……」


 好きな人の等身大人形を十何体って作ってますとか言われたら苦笑いしてしまう。

 ただそうじゃないなら笑うつもりはないし、笑う未来も想像できない。

 安堵するように息を吐いて、それからまた少しだけ不安そうな表情に移り、チラチラと私のことを見ながらゆっくりと口を開く。


 「野球が好きなんです。やったことはないんですけれど。観るのが好きなんですよね」


 軽くスイングする。

 おおきく振りかぶってピッチャーの真似をするようなことまではしないけど。


 「野球ねぇ……私あまりわからないんだよねー。未だにライトとレフトの見分けもできないし」

 「まぁ、野球好きな女の方が少ないと思いますから」

 「そうなの? 私の周り結構多いよ」

 「そうなんです?」

 「私の席の前の……雲間雪乃って子なんだけどね。あの子も好きだよ。野球」

 「あぁ、ショートカットの子ですか」

 「ショートカットというかボブだけど、多分陰キャちゃんの頭に浮かんでるその子であってるよ」

 「あの『男の趣味じゃん』って笑わないんですね。ああは言っていましたけれどてっきり笑われるのかと……」


 おっかなびっくりという感じで彼女は聞いてくる。


 「笑う要素なくない?」

 「いや、でも今まで笑われてきたので」


 コップを手に取り、空っぽになってることに気付いて顔を顰める。

 くるっとコップを回すと諦めたようにとんっと机に置く。

 陰キャちゃんは陰キャになるべくしてなったのかもしれない。

 自分の好きなものを認めてもらえない。

 自分の居場所がなくなる。

 そりゃ卑屈にもなる。

 なるなって方が無理難題だろう。


 「趣味なんて人それぞれなんだし、恥ずかしがることはないと思うよ。人の趣味を笑うヤツの方がよっぽどおかしいだけ」

 「そうなんですかね」

 「そうだよ。まぁ、それはそれとして陰キャちゃんは変だけどね」

 「慰めるのか、貶すのか、どっちなんですか」


 呆れるように彼女は息を吐く。

 でも冷たさは感じない。

 温かな感覚が私の心にすーっと宿る。


 「どっちだろうね」


 私はくすくす笑った。


 「それはそうと」


 私はポンっと手を叩いて、モゾこそと荷物を漁った。

 つんっと指先に感覚が走って、それを捕まえる。

 手中に収めたそれを私はテーブルにこてんと置く。

 机上に置かれたのはピンク色の星の髪飾り。

 私の付けている黄色の星の髪飾りの色違いバージョンである。


 「これあげる」


 スっと彼女へ差し出す。

 ビックリしたような顔をしながら、私のことを見つめる。

 様子を伺うとはこういうことなんだなと陰キャちゃんを見て思う。


 「友達の証」

 「友達の証……ですか」

 「そ、友達の証」


 なかなか受け取ろうとしない陰キャちゃんに痺れを切らす。

く私は髪飾りを手に取って、立ち上がり、彼女の元へと少しだけ歩いて、髪の毛を触る。

 そして髪飾りをつけた。


 「似合うね」


 可愛さに拍車がかかった。

 素材が良いだけのことはあるなぁ、と笑みを浮かべた。

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