8話
夕日で空はオレンジ色に染まる。お昼ごろまで雨が降っていたというのに、今はもうその気配すらない。
この場面だけ切り取って額縁に入れたら「良い天気」というタイトルにすると思う。
我ながらセンスが皆無過ぎて泣きたい。
隣には陰キャちゃんがいる。
昨日まではこの子と仲良くする……というビジョンが一切見えてなかった。
今はビジョンが見えてるみたいな言いぐさだがまぁ、見えてない。
けど、昨日に比べたら仲良くなった自信はある。実際昨日まではこうやって隣並んで歩いて帰ることすら想像できていなかったわけで、大きな進歩と言えるだろう。
えへんと胸を張りたい。
でも隣の陰キャちゃんの胸は大きいから胸を張ったところで見比べて虚しくなるだけなんだろうなと思うと、気持ちは引いてく。
「家はあっち、こっち、そっち、どっち?」
東西南北に指を差して首を傾げる。
どっちが北でどっちが南なのかもわからないけど。
太陽が沈むのって西だっけ、東だっけ。そのレベル。
「そっちです」
私が三番目に指差した方角を指差す。
そっちと言われたってそれがどっちなのかわからないけどね。
「電車には乗る?」
「乗らないです」
「自転車?」
「まぁ、いつもはそうです。気分次第ですけれど」
「やっぱり陰キャちゃんは変だね。気分次第で自転車かそうかじゃないかなんて人初めてだよ」
「そうですかね」
「そうだよ。明日は自転車で来て! 後ろ乗せて」
「二人乗りは良くないですよ」
なぜか注意されてしまう。
いや、至極真っ当なことくらいわかるんだけどね。
「屋上で授業サボるそっちが言う?」
「それはそれ、これはこれです」
ぐうの音も出ないので黙ってしまう。
く私が喋らないと、彼女は口を開かない。
会話のキャッチボールというよりも、会話のピッチング練習という感じだ。
私が一方的にボールを投げつけて、彼女がキャッチするだけ。
私と同じ速さでボールという名の会話を返してくることはない。
ただの返球。ゆるふわボールだ。
「そういえば今日のご飯考えてたんですよね、なににするか決まったんですか」
必死に会話を続けようとしてくれてる。
この静寂を切り裂こうとしてくれてる。
話題の力が弱いけど、頑張ってるのは伝わるから頑張ったで賞をあげたくなっちゃう。
というか、今日の夜ご飯結局なににするか決めてないな。
どうしよう。そもそも冷蔵庫の中になにが入ってたっけ。まともなもの入ってた記憶ないんだけど。これはあれかな。一旦帰って買い出しに行かないとどうしようもないな。このままだと夜ご飯抜き、朝ご飯も抜きになってしまう。体型気にしてる私でも、流石に二つご飯抜くのは厳しいものがある。
「決まってないね〜。決まってないよ……決まってない」
最初はおどけてみたけど、段々と深刻さは増していく。最悪スーパーで値引きされてるお弁当でも買えば良いから声色ほどの絶望感はないけど、なにをするにしろやっぱり面倒くさいな〜とかはどうしても思ってしまう。
「あんなに時間あったのになにも考えてないんですね」
「陰キャちゃん、時々辛辣になるね」
私の心をグサッと刺すから、それとなく指摘する。
「自覚はしていますよ」
くすくすと彼女は笑う。
もしかしてわざとやってるのかな。
なんとまぁ性格の悪いことで。
市役所の前を通り、踏切を渡って大きな通りへと出る。
「家はどっち?」
「こっちです。椿木さんはどっちですか?」
「私もこっち。同じだね」
だらだらと歩く。
会話はそこまで生まれない。
少し間が空くと気まずさが生じてさらに言葉を発することに抵抗を覚えてしまう。
所詮私はその程度の人間ということだ。
「そうだ」
私はポンっと手を叩く。
彼女は不思議そうに私のことを見つめる。
「ご飯食べてかない? 夜ご飯」
「えーっと……」
言われなくてもわかる。
困ってる。
ちょっと距離感近すぎたかもしれない。
「無理にとは言わないけど――」
「わかりました」
私の言葉を遮るような彼女はそう答える。
「良いの?」
「はい。ちょっと親に連絡だけさせてください」
「あー、そうだね。うん、それは大事だよ」
どうぞ、と一度立ち止まる。
配慮すべきだった。
親に連絡をするなんて行為まともにしたことないから思いつきもしなかった。
言われて始めて気付く。
本当にダメだなぁ……。
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