7話

 SHRが終わり放課後。


 「さようなら」


 という号令と共に私は陰キャちゃん元い藤花琴音の元へと寄る。

 彼女は私の顔を見てビクッと肩を震わせた。


 ここだけの話だがなにその反応面白いじゃんと思った。

 本人には言えないよねぇ、こんなの。


 「陰キャちゃん」

 「はい」


 今ふと思ったが暫定的に呼び始めたこのあだ名。

 それで良いのだろうかと疑問を抱く。

 見る人が見ればただの虐めにも見えるよなぁと思う。

 本人がやめてくれと口にしないからまぁ良いか。

 陰キャちゃんって愛称は、意味さえ考えなければかなり可愛らしさがあるし……と自分の行いに正当性を持たせてみた。


 「取りに行こっか」

 「取りに行くですか。なにをです」

 「制服。せ い ふ く」

 「これだけだと世界征服みたいに聞こえますね」

 「二人でしちゃう? 世界征服」

 「しません」

 「そっかー。私は陰キャちゃんと世界征服するのも楽しいと思うんだけどねー」

 「私は思いません」


 陰キャちゃんは躊躇することなく断ると、立ち上がる。

 荷物を持ってつかつかと歩き出す。

 というか、陰キャちゃんというあだ名には似つかわしくない流れるようなツッコミだったなぁ。


 「どこ行くの」

 「どこ行くって……今の流れ的に制服を取りに行くんですよ」


 教室の扉付近で振り返ってそう口にすると先に行ってしまう。

 背中はすぐに見えなくなる。


 「わ、ちょっ、置いてかないで」


 私はバタバタと彼女のことを追いかけた。


 到着したのは保健室。

 廣瀬先生は不在。

 まぁ、そうだろうなとは思った。

 あの人はいつもそうだから。

 どうせ職員室でテレビでも見ながらコーヒーでも飲んでいるんだろうな。

 きっとそうだ。そうに違いない。


 「入っちゃおっか」

 「良いんですかね」

 「今更でしょ。さっきも勝手に入ってたんだし。私はいつも勝手に入ってるし」


 自分で言っておいて、私ってもしかして不良? だ、なんて思ってしまう。

 ううん、そんなことはないよ、と自分に言い聞かせながら保健室に入る。

 保健室には私と陰キャちゃんの制服があった。

 ハンガーの位置が少しだけ変わってる。


 「どうだろ」


 ちょこっと触ってみる。

 まぁ若干湿ってるような気がしないこともない。

 湿っぽいところに置いてあるからそう感じるだけかもしれないし、純粋に乾ききってないのかもしれない。

 正直わからない。


 「許容範囲かな」

 「ってことは少し濡れているんじゃないですか」


 えぇと心底嫌そうな顔をして、自分の制服に手を伸ばす。

 触って、うーんと言う声を漏らした。なんだそれ。


 「濡れているうちに入らないですよ、これ」

 「そうかな」

 「そうです。というか濡れてなくないですか」


 と押し切られてしまう。

 劣化エアリズムみたいな状態の制服を着る。

 気持ち悪さはそんなにない。

 不快度一パーくらいかな。

 やっぱり乾いてたのかも。

 乾燥機に入れてくれるみたいな話してた気もするし。

 やってくれたのかもしれない。

 着ていた体育着は丁寧に畳んでそっと机の上に置いておく。


 「それじゃあ帰ろっか」

 「そうですね。さようなら」


 彼女はぺこりと頭を下げてさっさと私の前から消えようとする。

 なに? 尺の足りてない漫画みたいなことするじゃん。


 「待って待って」


 私は慌てて彼女の袖口を掴む。


 「どうしました?」

 「どうせ帰るなら一緒に帰ろうよ」


 せっかくなら陰キャちゃんとも仲良くなりたいなと思う。

 あわよくばあっちから友達と呼ばれるような存在になれたらとも考えたりする。

 もっとも、強欲な願いなのかもしれないなぁという自覚はあるんだけどね。


 「一緒に帰る……ですか」


 なにを言ってるんだコイツ、みたいな目を向けられる。

 あれ、あれれ、私今変なこと言ったかな。

 ただ一緒に帰ろうって言っただけのつもりだったんだけど。


 「う、うん」


 不安になりながらも頷く。


 「良いんですか、私と」

 「なんでダメなの?」


 怪訝そうな目なのが本当に理解できない。

 もしかして私のこと怖がってたりするのかな。

 仲良くもないのに尾行してくるようなヤツは怖くて当然か。


 「部活とかは……?」

 「私?」

 「はい」

 「入ってないよ、部活なんて」


 部活なんてしてる余裕なかったし、今だってそんな余裕はない。

 運動部なんてした暁には私生活が終わってしまう。

 まぁ、今でも崩壊気味なんだけどね。


 「そうなんですね」

 「陰キャちゃんは? 軽音楽とか?」

 「バンドとかしてそうですか」

 「まぁ、してそう。ギターとか上手そうだし」

 「どういう偏見ですか、それ」


 やっぱり伝わらないかぁ。

 陰キャだからサブカルチャーというかポップカルチャーが好きという認識は捨てるべきなのかもね。


 「まぁ、残念ながら帰宅部です。基本早く帰りたいですし」


 切実な願いだった。本気で思っているのが伝わる。


 「じゃあ、なにもないってことで。帰ろっか」


 私は校庭を指差す。


 「二人で」


 そう付け足しながら歩き始めた。

 なんで私がこんなに四苦八苦しなきゃならないのか。

 バカみたいだし、ちょっと悔しい。

 けど嫌だとは思わない。

 不思議な感覚だ。

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