保健室に先生が舞い降りた

 一限終了のチャイムが鳴り、十分待つと二限の開始を知らせるチャイムが鳴る。それから五分もしないうちに保健室の扉は開かれて、若そうな養護教諭は入ってくる。三十前半。いいや、二十代後半かな。とにかくそのくらい。教師という括りにすればかなり若め。


 「あら、椿木さん。今日はどうしたの?」

 「あ、せんせ~。今日は制服濡れたから乾かしに来たよ」

 「制服?」


 こてんと首を傾げる。私や椿木よりも長い髪は流れるように揺れる。目線をあっちこっちに動かし、物干し竿を見つめた。


 「言葉そのままね」

 「そう、そのまま」


 椿木はニッと白い歯を見せながらサムズアップをする。養護教諭はいつものことだという感じで彼女に反応しない。


 「そっちの子も?」

 「私と同じで濡れたから乾かしに来た」

 「なんで二人して濡れてるの……」


 呆れたような顔をしながら、デスクに向かい、書類を取り出して、さらさらとなにか書き始める。


 「変なことしてないから」

 「変なことしていたら大問題よ」


 ふぅと小さく息を吐く。呆れている。


 「外に居たら雨で濡れちゃったから乾かしに来たの。あとは体操服とタオルも借りようって」

 「なんで外に居たのか気になるけれど、まぁ良いわ」

 「気になる?」


 椿木はニマニマしながら養護教諭の元までじりじりと寄った。


 「それなりには」

 「じゃあ教えない」

 「別に良いわよ」

 「つれないなぁ」


 むぅと頬を膨らませ、プイっと養護教諭から顔を逸らす。

 向けられた先は私であった。顔を合わせると彼女はえへへと笑う。


 「で、二人はいつもでここに居座るつもりで?」

 「制服が乾くまで?」

 「それじゃあ六時間目が終わってもここから離れることはできなさそうね」

 「うそ、乾かないかな」

 「湿っているし、この気温だし、普通に考えれば乾かないでしょうね」

 「えー」

 「はい」


 ショックと言いたげな様子で露骨に肩を落とす椿木。

 そんな彼女に対して養護教諭は黄色い紙を二枚手渡す。


 「なんですかそれ」

 「あ、これ?」


 ひらひら揺らしてから、ほいっと私に手渡す。


 「保健室で休んでましたっていう証明書的な? そんな感じ。これがあればサボってても怒られない。あれだよ、あれ。遅延証明書と同じ」

 「同じじゃないし、どっちもサボるための免罪符じゃないわよ」

 「も~、せんせ~は真面目だな。そんなこと言われなくたってわかってるって。私なりの冗談だよ」


 あはははは、と笑う椿木。そんな彼女を本当かよ、と訝しむような目で見つめている。

 どっちかというと私も養護教諭側だ。本当にわかっているのかよ、と思う。


 「もう、陰キャちゃんまでそんな目しちゃって」

 「してないですよ」

 「してるよ、してる」


 涙袋をポンポンと叩く。


 「もし乾いたら教室に持って行ってあげるから、さっさと授業に参加してきなさい」

 「えー」

 「えー、じゃないよ」

 「乾かなかったら取りに来れば良い?」

 「乾いてなかったら乾燥機に入れておいてあげるから。取りに来て」

 「しょうがないなぁ」


 ぐーっと椿木は背を伸ばす。


 「あ、せんせ~、この子は私と同じクラスだから。Eね」


 椿木は私の背中をぽんぽんと優しく叩いた。

 養護教諭は首肯する。


 「それじゃあ行こうか、陰キャちゃん」


 椿木はスッと手を差し出す。小さく華奢な手。赤ちゃんのようにすべすべしていそうで、握ったら壊れてしまいそうだ。


 「教室に」


 ほれっと椿木は差し出した手を揺らす。手を取った方が良いんだろうなと思う。だから私は彼女が差し出した手を掴む。


 「レッツゴー」


 彼女はそのまま意気揚々に私のことを引っ張ったのだった。

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