4話
「いやー、びっしょびしょだね。こりゃ教室戻れないな~」
椿木は濡れた制服を雑巾でも絞るようにぎゅぎゅっと絞って水を床に出す。
ぽたぽたと水は垂れて、かなり雨に打たれてしまったのだと実感する。
「陰キャちゃんも絞っておいた方が良いよ」
彼女は真似してみろ、という感じで見せつけてくる。
そんなこと言われたって……そこまで水含んではいないし。
目線という名の圧に押し負けて、ぎゅぎゅっと絞ってみる。
椿木ほど水は滴らない。
水が滴るいい女って言葉があるけれど、こういうことなのだろうか。
あ、違います? そうですか。
「少しは身体が軽くなったとは言え、限度はあるよねぇ」
「そ、その……あ、雨で綺麗さっぱり身も心も清らかになりました……ってことですか」
「お、良い感じのこと言うね、陰キャちゃん」
椿木は指パッチンをしながらにま~っと笑う。
笑顔っていうわけでもなければ、苦笑と言う感じでもない。
メール的文章に置き換えるのなら(笑)という感じ。wwwでもない。
というか上手いこと言おうとしたと思われている。
そっちの方が解せない。
「でも違うよ。制服も髪も水が含んで動きにくいし、このままだと風邪引いちゃうなぁって話」
「な、なるほど……いや、でも、あの、それにしては省きすぎじゃないですか」
これじゃあ現代文のテストみたいだ。
下記の傍線の文章から作者の考えを十五文字以内で答えなさい、とでも言われたような気分である。
わかるわけがない。
脈絡がないとは言わないけれど、ないに等しかったから余計にわかるわけがない。
「女子高生はこんなものだよ」
「そ、そういうものですか」
「うんうん、そういうもん~」
そう言われてしまうと、はぁそうですか以外の感想が出てこない。今まで人と関わってこなかったツケとでも思っておこうか。
多分陽キャとかならもっと気の利いた返しとか、それなりに面白い返しができるはずだから。
あれこれ一人で反省会をしていると、彼女はくしゅんと可愛らしいくしゃみをする。
可愛い女の子はくしゃみまで可愛いのか……と吃驚してしまう。
今度、私も真似してみようかな。
ダメだ、ぶりっ子になるだけな気がする。
やめておく方が賢明だね。
「タオルとか持ってきましょうか」
「陰キャちゃんタオル持ってるの?」
「あー、ないです……」
勢いで提案してみたが、良く考えれば持っていなかった。
「保健室にレッツゴーだね。あそこならいっぱいタオルあるし」
「わかりました」
椿木に促されるまま保健室へと向かった。
保健室に辿り着いたのは良いけれど、養護教諭は不在だった。
「せんせー、っていないか」
ガラッと勢い良く扉を開けて入室した椿木は困惑するように保健室の真ん中で立ち尽くしている。
「あ、あの……その、こ、ここって、か、勝手に入っちゃって良いんですか」
「良いんだよ。だって私たちの学校の保健室なわけだし」
「それは……まぁたしかにそうかもですけど。お、お、お、怒られたりしません?」
「しないしない。そもそも先生そんなに怖くないって」
心配する私を他所に、彼女は棚に収納されているタオルを回収して持ってくる。
ポンっと私の頭に乗せて、もしゃもしゃと拭いた。
「私のも拭く?」
どう、と頭を差し出す。
「いや、拭かないです。その、自分で拭いてください」
「私はしてあげたのに」
「あの、勝手にしたんですよね」
「ケチだなぁ。陰キャちゃんは」
膨れっ面でそう言いながら、彼女は濡れた髪を拭く。
そのまま流れるように制服も脱ぎ始める。
あまりにも自然な流れで、最初はボケーッと見つめることしかできなかった。
肌色が見え始めたくらいで私は「ちょっ……」という全く可愛げのない声を出してしまう。
そんな声を聞いて、彼女はくすくす笑う。
「えっち〜」
「だから私はえっちじゃないです」
また変態扱いされてしまったので即座に否定する。
「むしろそっちがえっちじゃないですか。なんの突拍子もなく急に制服脱ぎ始めて」
「もしかして興奮して――」
「ないです」
言葉を遮るように否定する。
からかわれていることくらいわかっているのだけれど、否定せざるを得ないから否定する。
面白くないな、コイツとか思われているのだろうか。
「冗談だよ。真面目な話、脱がないと風邪引いちゃうよ」
「それは……たしかにそうですね」
「あっちに予備の体育着があるからさ、着替えちゃおうよ。そこの物干し竿に濡れた制服は干せば良いし」
「や、やけに詳しいですね」
「保健室にはなにかと縁があるんだよ。昔からね」
あはははは〜、と笑いながら体育着の予備を探してくれる。
なにもしていないことに若干の申し訳なさを抱きながら、見つけ出してくれた体育着を受け取った。
制服を脱ぐ。
流石に下着までは濡れていないようだ。
だから下着は着けたままなのだけれど、妙な恥ずかしさがある。
女の子同士だから恥ずかしがることなんてないはずなのに恥じらいが生まれ、変だなぁなんていう並の感想を抱いた。
あまり嗅ぎ馴染みのない柔軟剤の香りが私の鼻腔を擽る。どう動いても、歩いても、その香りは私についてきて変な感じだ。
ぼんやりとやけに大きい窓ガラスを通して外を眺める。
カラッカラに乾いていた校庭の砂は一瞬で水を含みぬかるむ。
意味もなく外を見つめていると、知らぬうちに椿木は私の横に並ぶ。
「また外見てる」
「は、はい。えぇ、そうですね」
「なにか見えるの?」
私を真似するようにジーっと外を見る。
「えーっと、校庭が見えますね」
「そうだね。校庭は見えるね」
うんうんと頷く。その勢いは数を増すに連れ弱くなる。
「それだけ?」
こてんと首を傾げる。
「そ、それだけです……けど」
「そっか」
椿木は小さく独り言のように呟くと、なにも口にしなくなる。
ジッと外を見つめ、黙り続けるのだ。
私からしてみれば彼女は陽キャ。
生粋の陽キャだ。
私とは正反対の人物である。
本来であれば互いに反発し合うはずの関係。
けれどなぜだろうか。
嫌悪感も恐怖も彼女に対して抱くことはない。
いつもならばこうやって傍に人間がいる。
それだけでさえ反吐が出るほど嫌だし、辛くなるのに今日は特にない。
むしろ妙な安心感さえあったりする。
なぜなのかとかはわからないし、あまりわかろうとも思わない。
彼女の横顔を見つめる。
綺麗で、睫毛長いなとか、化粧してるなとか、鼻が高くて羨ましいなとか、並みな感想を抱く。これが陽キャなのかと感心もする。
陽キャさんには手も足もでません。
そう考えるとやっぱり遠い存在なわけであって、私とは手を取り合うことのできない人物なんだよなぁという結論に至る。
少しだけ開きかけた私の心の扉はぎぎぎと簡単に閉まってしまった。
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