3話
藤花琴葉はどうやら屋上へ入り浸ってるらしい。
少なくとも今日はそうだ。
彼女は屋上の扉の向こうに消えた。
でもなぜ屋上に……。
はっ! もしかして死ぬつもりなんじゃないだろうか。
いやいや流石にありえない、と私は首を横に振る。
けどこの世の中に絶対はないというのは私が一番良く知ってることだ。
藤花琴葉が死なない。
屋上から飛び降りない、と絶対には言い切れない。
人は結構簡単に死んでしまうし、目の前から消えてしまう。人とは脆いものなのだ。
だからこそ油断禁物。
足音を立てないようにゆっくりと階段を上る。
そして重たそうな屋上へと繋がる扉に手をかけて、ゆっくりと引く。
どうやら藤花琴葉は超能力使いではないらしい。
施錠されてはいない。
重たいことを除けばすんなりと開く。
あんまりにも重たいのだが。
重すぎて音を立てずに開けるのも一苦労だ。
だからそっと慎重に時間をかける。
やっと扉が開いたタイミングで授業を始めるチャイムが鳴った。
うるさ。
本当にうるさい。
私の鼓膜が破れちゃいそうなくらいうるさい。
パッと顔を上げた。
曇天を背景にスピーカーが目に入る。
ここにもスピーカーあるのね。
そりゃうるさいわけだ。納得だ。
藤花琴葉を探す。
さてどこにいるかなぁ、と。
一瞬で彼女を見つけることができた。
まぁ、そもそも屋上に隠れるところなんてないから見つからないわけがない。
居ないのなら異世界に転移したか、飛び降りちゃったかしか考えられない。
彼女は防護柵の金網に手をかけて、どこか遠くを見つめてる。
虚空を見つめるような、でもしっかりとなにかを見つめてるようにも見える。
目的がありそうでなさそう。
憂いを感じる。
なにか大きな悩みを抱えてそうな、そうでもなさそうな、ふわふわとした感じ。
はっきりと言えるのはこの子、実は物凄く可愛いんだなということだけ。
風でもさっと多めの髪の毛は靡いて、いつもは隠れている顔がちらちらと見える。
もっとも横顔であって正面から見えるわけじゃないけどね。
「綺麗……」
私は目を奪われる。
敢えて過大な表現をするのならば『天使』になるのかな。
金髪でもないし、白い服を着てるわけでもないし、羽も生えてないし、エンジェルリングがあるわけでもないけど。
けど神々しくて、美しくて、少しだけ儚げで。
なによりも幸せを運んでくれそうな雰囲気を纏ってた。
さっき漏らした声は風に掻き消される。
屋上の風は地上よりもうんと強い。
帽子を被ってたら吹き飛ばされちゃうなってくらい強い。
でも今は風が強くて良かったなと思う。
風が強いから声は彼女に聞こえてないわけだし。
それはそうとしてなんて声をかけようかな、と考える。
藤花琴葉という人間を考えてみた時に「藤花ちゃん」と呼ぶのは嫌がるだろうし、「琴葉ちゃん」なんてのはもってのほかだ。
普段交流を自ら持たないような人間はパーソナルスペースは広いから、親しげにされるのは嫌なはず。
かと言って、一定の距離があるのもそれはそれで嫌がるだろなとは思う。
じゃあどうするか。うんうんと悩ませる。
悩んで、悩んで、さらに悩んだ結果一つの答えに辿り着く。
「そこに居るは陰キャちゃん」
私はおどけながら彼女のことを陰キャ呼ばわりしたのだった。
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