大森華純はSH(スーパーヒロイン)部隊の、入隊テストを受けていた。

 すでに格闘テストは合格した。

 SH部隊の入隊テストが実施されるという情報を、彼女はすぐにキャッチした。そしてすぐに、そのテストに申し込んだ。

 彼女は松岡菜々緒関連の情報には、誰よりも熱心に目を光らせていた。菜々緒が特殊な訓練を受けスーパーヒロインになったことも、彼女が暗黒組織デラゾーマとの戦いを始めたことも、もちろん知っている。

 菜々緒の近くに行きたい。菜々緒と親しくなりたい。菜々緒の力になりたい。

 ずっとそう思い続けていた華純は、このチャンスを逃さない。


 格闘テストに合格すると、次は面談テストである。入隊の志望動機を訊かれ、華純は情熱的に語った。

 自分は、松岡菜々緒に憧れている。彼女のようになりたい。そのためなら、なんでもする。誰よりも熱心に稽古して、誰よりも強くなる。そして必ず、スーパーヒロインになる。自分は正義のためなら、いつでも死ねる。

 それを華純は、熱く語った。

 そして彼女は晴れて、SH部隊の第一期生になった。


 *


「やっほー、大森さん、元気?」

 SH部隊のトレーニングルームで、松岡菜々緒が、大森華純に声をかけた。

 華純は目を見開き、ぱくぱくと、フナのように口を動かした。しかし声は、一言も出ない。華純は緊張で大汗をかき、ただ懸命に、笑顔を作っていた。

「ま、松岡さん、お、お疲れ様です」

 やっと、華純の声が出た。

 しかしそれ以上は、何も話せない。

「お疲れさまで〜す。大森さん、あいかわらず堅いなあ。早く私に慣れてくださ〜い。キャハハハ」

 菜々緒は悪戯っぽく、つんつんと、華純の肩をつつく。

「大森さんのほうが年上なんだから、敬語使われちゃうと、私もタメ口で話せないじゃないですかー」

「も、申し訳ありません」

 華純は、しどろもどろである。

 とにかく全力で、笑顔を作る。そして失礼がないように、全力で気をつける。

(絶対に嫌われたくないッ)

 そう思うばかりである。

〝口は災いのもと〟

 そういう意識が、働いてしまう。

 だからただ、バカのようにひきつった笑顔で、全力でニコニコする。華純には、それしかできなかった。

 そして、そんな自分がもどかしい。

 できれば菜々緒と会話を楽しみたい。しかし、何を話せばいいのか分からない。なにか失言してしまうことが怖い。

 菜々緒に、言いたいことはある。


 自分に対して、敬語で話して欲しくない。

「大森さん」なんて、他人行儀な呼び方をしないでほしい。

「かすみ」と、呼び捨てで呼んでほしい。

「かすみちゃん」でもいい。

 とにかく、敬語で話さないで欲しい。


 それをどうやって菜々緒に伝えればいいのか、華純にはまったくわからない。ただバカのように、ニコニコすることしかできない。

 華純が何か話すのを、菜々緒は、ニコニコしながら待っている。

 しかしいつまでたっても、華純は、何も話せない。どんなに一生懸命考えても、何も言葉が浮かんでこない。

 場は気づまりになり、菜々緒は、困ったような顔をする。

「じゃあ、大森さん……、またお喋りしましょうね」

 菜々緒はそう言って、気まずそうに去っていく。

 SH部隊に入隊して以来、華純はずっと、こんな調子である。

(こんなに好きなのに、こんなに大好きなのに……)

 しかし全然話せなくて、華純は、悔しくて仕方がない。

 松岡菜々緒は、とても気さくであった。

 体も小柄だし、隊員たちから、「菜々緒ちゃん」とか「ナナちゃん」とか、気安く呼ばれることもある。

 菜々緒も気軽に「マリちゃん」とか「カナエちゃん」とか、ほとんどの隊員を、「ちゃん」付けで呼んでいる。

 その和気藹々とした輪の中に、華純は全然入れない。

 そればかりか、菜々緒を気安く「ちゃん」付けで呼んだ隊員に腹を立て、後でスパーリングで、半殺しにしてしまう。

(あんた、二度と松岡さんに舐めた口利くんじゃないよ)

 と、無言で隊員を脅してしまう。

 華純は、菜々緒が失礼な態度を取られたと感じたら、みるみる顔を青ざめさせ、その無礼者を、憎々しげに睨むのである。そして後からスパーリングを申し込み、半殺しにする。

 だからみんな、だんだんと、菜々緒に気安く口が利けなくなる。

 SH部隊の第一期生の大森華純は、他の隊員たちにとっては、怖い先輩であり、怖い同期であった。それはまさに、SH部隊の、お局様のようなポジションであった。

 そんな自分の訳のわからない行動が、華純は、歯がゆくて仕方がない。

 誰よりも菜々緒のことが大好きである自信があるのに、菜々緒と、満足に話ができない。そればかりか、菜々緒が他の隊員たちと仲良くなるのに嫉妬して、その邪魔までしてしまう。

 そんな自分の難しい性格が、華純は心底嫌になる。

 こうなったらもう、稽古しかなかった。

 死ぬほど稽古して、誰よりも強くなる。そして一日も早く、スーパーヒロインになる。

 そうなれば菜々緒は、自分を必要としてくれる。自分は菜々緒の一番近くで、一緒に戦うことができる。

 菜々緒を守ることができる。助けることができる。菜々緒と、パートナーみたいになれる。

 そうなったら、もう、断固として自分は、「菜々緒お姉様」と呼ばせてもらう。そして、「かすみ」と、呼び捨てで呼んでもらう。

 年齢が上とか下とか、関係ない。彼女にとって菜々緒はあくまでも、「菜々緒お姉様」であった。

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ミニスカサイクロン @etsuya1973

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