8
大森華純はSH(スーパーヒロイン)部隊の、入隊テストを受けていた。
すでに格闘テストは合格した。
SH部隊の入隊テストが実施されるという情報を、彼女はすぐにキャッチした。そしてすぐに、そのテストに申し込んだ。
彼女は松岡菜々緒関連の情報には、誰よりも熱心に目を光らせていた。菜々緒が特殊な訓練を受けスーパーヒロインになったことも、彼女が暗黒組織デラゾーマとの戦いを始めたことも、もちろん知っている。
菜々緒の近くに行きたい。菜々緒と親しくなりたい。菜々緒の力になりたい。
ずっとそう思い続けていた華純は、このチャンスを逃さない。
格闘テストに合格すると、次は面談テストである。入隊の志望動機を訊かれ、華純は情熱的に語った。
自分は、松岡菜々緒に憧れている。彼女のようになりたい。そのためなら、なんでもする。誰よりも熱心に稽古して、誰よりも強くなる。そして必ず、スーパーヒロインになる。自分は正義のためなら、いつでも死ねる。
それを華純は、熱く語った。
そして彼女は晴れて、SH部隊の第一期生になった。
*
「やっほー、大森さん、元気?」
SH部隊のトレーニングルームで、松岡菜々緒が、大森華純に声をかけた。
華純は目を見開き、ぱくぱくと、フナのように口を動かした。しかし声は、一言も出ない。華純は緊張で大汗をかき、ただ懸命に、笑顔を作っていた。
「ま、松岡さん、お、お疲れ様です」
やっと、華純の声が出た。
しかしそれ以上は、何も話せない。
「お疲れさまで〜す。大森さん、あいかわらず堅いなあ。早く私に慣れてくださ〜い。キャハハハ」
菜々緒は悪戯っぽく、つんつんと、華純の肩をつつく。
「大森さんのほうが年上なんだから、敬語使われちゃうと、私もタメ口で話せないじゃないですかー」
「も、申し訳ありません」
華純は、しどろもどろである。
とにかく全力で、笑顔を作る。そして失礼がないように、全力で気をつける。
(絶対に嫌われたくないッ)
そう思うばかりである。
〝口は災いのもと〟
そういう意識が、働いてしまう。
だからただ、バカのようにひきつった笑顔で、全力でニコニコする。華純には、それしかできなかった。
そして、そんな自分がもどかしい。
できれば菜々緒と会話を楽しみたい。しかし、何を話せばいいのか分からない。なにか失言してしまうことが怖い。
菜々緒に、言いたいことはある。
自分に対して、敬語で話して欲しくない。
「大森さん」なんて、他人行儀な呼び方をしないでほしい。
「かすみ」と、呼び捨てで呼んでほしい。
「かすみちゃん」でもいい。
とにかく、敬語で話さないで欲しい。
それをどうやって菜々緒に伝えればいいのか、華純にはまったくわからない。ただバカのように、ニコニコすることしかできない。
華純が何か話すのを、菜々緒は、ニコニコしながら待っている。
しかしいつまでたっても、華純は、何も話せない。どんなに一生懸命考えても、何も言葉が浮かんでこない。
場は気づまりになり、菜々緒は、困ったような顔をする。
「じゃあ、大森さん……、またお喋りしましょうね」
菜々緒はそう言って、気まずそうに去っていく。
SH部隊に入隊して以来、華純はずっと、こんな調子である。
(こんなに好きなのに、こんなに大好きなのに……)
しかし全然話せなくて、華純は、悔しくて仕方がない。
松岡菜々緒は、とても気さくであった。
体も小柄だし、隊員たちから、「菜々緒ちゃん」とか「ナナちゃん」とか、気安く呼ばれることもある。
菜々緒も気軽に「マリちゃん」とか「カナエちゃん」とか、ほとんどの隊員を、「ちゃん」付けで呼んでいる。
その和気藹々とした輪の中に、華純は全然入れない。
そればかりか、菜々緒を気安く「ちゃん」付けで呼んだ隊員に腹を立て、後でスパーリングで、半殺しにしてしまう。
(あんた、二度と松岡さんに舐めた口利くんじゃないよ)
と、無言で隊員を脅してしまう。
華純は、菜々緒が失礼な態度を取られたと感じたら、みるみる顔を青ざめさせ、その無礼者を、憎々しげに睨むのである。そして後からスパーリングを申し込み、半殺しにする。
だからみんな、だんだんと、菜々緒に気安く口が利けなくなる。
SH部隊の第一期生の大森華純は、他の隊員たちにとっては、怖い先輩であり、怖い同期であった。それはまさに、SH部隊の、お局様のようなポジションであった。
そんな自分の訳のわからない行動が、華純は、歯がゆくて仕方がない。
誰よりも菜々緒のことが大好きである自信があるのに、菜々緒と、満足に話ができない。そればかりか、菜々緒が他の隊員たちと仲良くなるのに嫉妬して、その邪魔までしてしまう。
そんな自分の難しい性格が、華純は心底嫌になる。
こうなったらもう、稽古しかなかった。
死ぬほど稽古して、誰よりも強くなる。そして一日も早く、スーパーヒロインになる。
そうなれば菜々緒は、自分を必要としてくれる。自分は菜々緒の一番近くで、一緒に戦うことができる。
菜々緒を守ることができる。助けることができる。菜々緒と、パートナーみたいになれる。
そうなったら、もう、断固として自分は、「菜々緒お姉様」と呼ばせてもらう。そして、「かすみ」と、呼び捨てで呼んでもらう。
年齢が上とか下とか、関係ない。彼女にとって菜々緒はあくまでも、「菜々緒お姉様」であった。
ミニスカサイクロン @etsuya1973
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