7
その日本チャンピオン藤本忍の前に、より大柄な選手が立ちはだかった。
その選手のサイズは、身長175センチ、体重80キロ。体格は、藤本忍を上回っている。空手着を着ている。短髪で、その目つきは鋭い。
二人の闘いが始まった。
お互いに、フェイントをかけあっている。
見合ったまま、数分が過ぎた。
藤本忍は、相手を、なかなかの強敵だと感じていた。
その大柄な空手家は、まったく隙を見せない。
タックルにいって、寝かせてしまえば、藤本忍のものである。しかし、なかなかタックルにいけない。
忍は、相手の膝に前蹴りを当て、空手家の体勢を崩そうとする。
関節蹴りである。
空手家はそれを、嫌がる素振りをみせた。
(ふふ、いただき……)
空手家に隙ができ、忍はタックルに入った。
しかしそれは、〝罠〟だった。
がつんっ!
大きな音が鳴った。
カウンターで、忍の顔面に、空手家の膝が入った。
(うそ……)
忍の体は、ぐらりと崩れた。
しかし倒れず、そのまま空手家に、体を浴びせかける。そして強引に、相手を地面に倒すことに成功した。
空手家は、すぐに起きあがろうとする。寝技に付き合うつもりはないようだ。
寝技で勝負したい忍は、相手を起き上がらせまいとする。足を取り、空手家を、さらに転がそうとする。
しかし空手家に、まんまと立たれてしまう。
忍は寝転がり、立ち上がった空手家に、足の裏を向ける。
その体勢で、空手家を、寝技に誘う。
しかし空手家は、それに応じない。仰向けに寝転がっている忍の足に、鋭い蹴りを、数発見舞う。
しかしその蹴りは効かない。いくらもらっても、問題ない蹴りである。
空手家は、忍が立ち上がろうとする瞬間を狙っているようだ。だから忍は、不用意に立ち上がることはできない。
その体勢のまま、数分が経過した。
見て、面白い闘いではない。忍と空手家との、根くらべである。見ているほうは、退屈だ。
しかしこれは、人に見せるための試合ではなかった。
先に焦れたのは、空手家のほうだった。
空手家は距離をあけて、忍を立たせようとする。
忍は立つ。
さきほど、タックルに行こうとして、強烈な膝蹴りを顔面に食らった忍は、不用意には、タックルにいけなくなっていた。
お互いに見合ったまま、牽制しあう。
空手家の、カーフキックが放たれる。ふくらはぎを狙った蹴りである。
忍は、それをカットする。
藤本忍に隙はない。彼女には弱点はない。なんでもできる選手である。
空手家の名は、大森華純。
十歳の時、強盗から母を殺され、強盗からレイプされた、大森華純である。
藤本忍に、大森華純は、突進した。
大森が狙ったのは、頭突きである。
ゴツンッ!
大きな音が鳴った。両者の頭と頭が、激しくぶつかり合った。お互いの体が、ぐらつく。
シュッ!
先に体勢を整えた大森華純が、鋭く呼気を発し、膝蹴りを、忍のボディーに見舞う。さらに肘を、忍の顔面に当てる。
寝技を警戒して、至近距離からの攻撃を避けていた大森が、積極的に、至近距離からの攻撃を始めていた。
打撃勝負では不利と見た忍は、足をかけ、空手家を地面に倒す。
寝技の、ポジション争いが繰り広げられる。
意外にも空手家は、寝技もできていた。総合格闘技のチャンピオンを相手にして、なかなか一本を取らせない。
「わっ!」
ふいに忍の口から、悲鳴があがった。
彼女は右目を瞑っていた。その目尻から、血の筋が一本流れた。
「ちょっ、ちょっと……」
忍は動転した。
空手家から、目に、指を入れられたのである。
目つき攻撃を食らった。それは総合格闘技の試合では、反則行為である。
形勢は、一気に動いた。
忍は、防戦一方となる。
寝技から、大森の、怒涛の乱打が続く。
肘、拳、拳、頭突き、肘、肘、サッカーボールキック……。
たまらず忍は、地面をバンバンと叩いた。〝参った〟の意思表示である。
大森は立ち上がり、両手を上げる。そして満面の笑顔を、審査席で試合を見ている、松岡菜々緒に向けた。
(菜々緒お姉様! 僕の強さ、見てくれた? 僕、絶対テストに受かってみせるからね!)
彼女は心中で、熱烈に叫んだ。
この日、大森華純は、とうとう憧れの松岡菜々緒に会えた。そしてその見てる前で、戦った。
彼女は、大興奮していた。そして、猛烈に張り切っていた。
「目を突くなんて、酷いじゃない! 失明したらどうするのよ!」
忍が大森に、そう抗議する。
「ふん、なんでもありの戦いなんだから、食らうほうが悪いんだよ!」
華純は胸をそらし、昂然と、そう言い返す。
「あなた、覚えてらっしゃい……。今におんなじ目に遭わせてやるから……」
忍はそう言い残し、悔しそうに去っていく。
大森華純は強敵、藤本忍を下した。
無名の空手家が、女子総合格闘技、無差別級の、現役日本チャンピオンを倒したのである。これには誰もが驚いた。
それからも華純は、ぶっちぎりの強さを見せつけた。ゲージに入ってくるテスト生たちを、次々に倒していく。
そして華純は、十七人抜きを果たした。
彼女のスタミナは、まだたっぷり残っている。誰も彼女には勝てそうになかった。
「あんたは、もういいわ。お疲れ……」
アンジェラから、そう声がかかる。
そして無敗のままゲージを出た大森華純は、格闘テストに合格した。
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