第28話 律とイエローとカレー

 控室を後にしてからも、秋斗の話は続いている。


「とりあえず、みんな一緒にご飯食べに行くのは決定な!」

「あー、はいはい。わかったわかった」


 嬉しそうな秋斗に対して、千紘は適当に相槌あいづちを打っておく。


「でも、どこに行くんですか?」


 まだ決まってないですよね? とようやく溜飲りゅういんが下がったらしい律が、千紘と秋斗の後ろで首を傾げた。


「そうだなぁ……」


 律の言葉を受けた秋斗は、顎に手をやりながら考える素振りをみせる。

 そしてやや間を空けてから、何かを思いついたように手を叩いた。


「よし、じゃあ今日はりっちゃんのイエローってことで、カレーにするか!」


 途端に、また律の頬が膨らむ。秋斗を見上げていた視線も一気に鋭くなった。


「ちょっと秋斗さん! イエローだからカレーとか、カレー好きとか勝手に決めないでください!」

「だって、イエローはカレーって定番だろ?」

「だから勝手に決めないでくださいって言ってるじゃないですか! イエローを馬鹿にしてるんですか!?」


 先ほどまでの言い合いがまた復活する。


(やれやれ……)


 千紘は半ば呆れたように、心の中で小さく嘆息した。


 律は普段から事あるごとに「自分は子供じゃない」と言っているのだが、これでは説得力なんてものは皆無だろう。からかう秋斗も秋斗ではあるが。


「律はカレー嫌いなのか?」


 千紘が、律に向けて問うと、


「普通に好きですけど! でも毎日なんて食べないし、スパイスまでこだわって自分でカレー作ったりするわけでもないんですから、『イエローはカレー』みたいな先入観はやめてください! 色んなところで『イエローだからカレー大好きなんだろ?』って言われるんですよ! さっき子供にも言われましたし!」


 とうとう涙目になってしまった律は、身振り手振りを交えながら必死に訴えた。


 さすがにその辺りには千紘も同情せざるを得ない。


(俺も似たようなこと言われたりするもんなぁ……)


 先入観とは怖いもので、千紘だって友人たちから、『レッドだから熱血のはずなのに、千紘は全然違うよな』などと言われることがあるのだ。


 だから、律の気持ちはよくわかるし、言われる度に「どうして自分はブルーではなくレッドになってしまったのか」などと考えてしまうのだ。


「それは大変だな」

「ホントに大変なんですから!」


 ああもう! と律が頭を抱える。


「俺もわかるよ」


 そんな律の様子に、千紘は苦笑しながら同意し、顔を前に向けた。

 そろそろ階段に差し掛かるところだった。


「で、どこのカレー屋さんにする?」


 完全に空気を読んでいない秋斗が、改めて律を振り返る。千紘も同じように振り向いた。


 その時だ。


「だからカレーは……って、あっ!」


 つまずいた律が慌てた声を上げた。


「律!」

「りっちゃん!」


 千紘と秋斗は咄嗟に律を支えようとするが、それよりもわずかに早く、律の両手が二人の身体を押し出す。


「なっ……?」

「えっ?」


 千紘と秋斗が一緒になって目を丸くした時には、すでに身体は宙に投げ出されていた。ちらりと視界の端に捉えた律の身体も同様である。


 ちょうど、階段を下りようとしているところだった。


 律がつまずいて転んだ拍子に自分たちを巻き込んだのだということだけは、千紘の中でどうにか理解する。


 だが、理解できたところですでに手遅れだ。


「うわぁぁああー!」


 三人の悲鳴が辺りに響き渡り、全員が階段から転げ落ちていく。


 千紘は、「何だか似たようなことが少し前にもあったな」などと走馬灯そうまとうのように思い返しながら、ゆっくり意識を手放したのである。


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