第26話 秋斗からの誘い・1

 ヒーローとしての任務も無事に終わり、千紘と秋斗、律の三人がのんびりと控室で着替えをしていた時だ。


「千紘もりっちゃんも、今日はもう次の仕事ないんだろ? だったら一緒に昼ご飯食べて帰らないか?」


 秋斗がシャツの袖に腕を通しながら、笑顔でそんなことを言い出した。


「昼ご飯?」

「お昼ご飯ですか?」


 千紘と律が同時に着替えていた手を止め、声のした方へと顔を向ける。

 二人の視線を集めた秋斗は大きく頷くと、今度は一転して、残念そうな声音で続けた。


「ホントはスターレンジャーの五人で行きたかったんだけどさ……」


 ブラック役とグリーン役の二人は次の仕事があるとのことで、そそくさと着替えを済ませると、その勢いのままに慌ただしく次の現場へ向かったのである。


 どうやら、秋斗はそのせいで五人全員が揃わないことが寂しいらしい。


「まあ、あの二人はまだ仕事あるって言ってたからな」


 仕方ないだろ、と千紘が秋斗に言い聞かせると、


「そうですよね」


 律も千紘に同意するように頷く。癖のない、サラサラの黒髪が一緒に揺れた。


「だーかーらー、せめて三人で行きたいなーって思って」


 しかし、秋斗は駄々をこねる子供のように口を尖らせながら、千紘と律に迫ってくる。

 思わず、千紘と律の身体が揃ってのけった。


「あ、秋斗、そんなに近づかなくていいから。スタッフは? いつもみたいに声掛けなかったのか?」

「今日はスターレンジャーのみんなで行きたかったんだよ! だから声掛けてない!」

「あー、そういうことな」


 うんうんと納得するように頷いた千紘は、わずかに考える素振りをみせた後、小さく息を吐く。


「……食事くらいなら別にいいけど」

「やったー!」


 途端に秋斗が両手を突き上げて歓喜した。


「でも秋斗、せっかくの遊園地なのに遊んでいかなくていいのか?」


 まだ迫ってきていたままの秋斗を懸命に押し返しながら、千紘が「珍しい」と言わんばかりに問い掛ける。律も隣で頷いていた。


 念のための確認だ。


 そうしておかないと、秋斗のことだから後になって「昼ご飯食べ終わったら、みんな一緒に遊園地で遊ぼうな!」などと、突拍子もないことを平気で言い出しかねないのである。


 もしそうなったら、遊園地にこれっぽっちも興味のない千紘からすれば、めんどくさいことこのうえない。だいたい、男三人で遊園地など一体どこが楽しいのか。


 今日は特に用事があるわけでもないから、秋斗と一緒に食事をするのは構わないが、さすがに遊園地まで付き合わされるのはごめんだ、と千紘は考えたのだ。


 こういった自衛のようなものも、秋斗と付き合っていくうえで必要不可欠なことだと、千紘にもようやくわかってきたので、最近はなるべく秋斗の言動を先読みしようとしている。


 だがその成功率は正直なところかなり微妙で、千紘は相変わらず面倒ごとに巻き込まれることも多いのだが。


「ああ、それは昨日いっぱい楽しんだから今日は大丈夫!」


 そんな千紘の心中をまったく察していないらしい秋斗は、嬉しそうにぐっと親指を立てた。


「そういや、アンタだけは自前でホテル取って前日入りしてたんだったか」


 またも納得したように、千紘が頷く。秋斗だけは昨日この現場近くのホテルを取っていて、千紘や他のメンバーは当日、つまり今朝、現地集合だったことを思い返した。


(てことは、昨日は秋斗一人で遊園地を満喫してたんだろうな……)


 千紘は小さく苦笑する。


 脳裏では、ソフトクリームか何かを持って楽しそうに遊園地を回る秋斗の姿が、ありありと想像できた。


 まだ秋斗と知り合って半年ほどしか経っていない千紘でも、その程度のことは容易たやすくわかるのだ。同じく、律もきっとすぐに想像できただろう。


(まあ、それなら満足してて当然か)


 そんなことを考えた千紘は、ほっと胸を撫で下ろす。


 秋斗の場合、二日連続で遊んでも何らおかしくはないような気がしないでもないが、一日で満足してくれているのは、千紘にとってとてもありがたいことだ。


「ちょうどオフだったからな! で、遊園地は昨日遊んだから、今日は三人で昼ご飯を食べる日にした!」

「アンタはまた勝手なことを……」


 千紘は額に手を当てると、思わず天井を仰いだ。


 食事だけで済みそうなことには安心するが、こうも勝手に決められているのは困る。もし千紘が断ったらどうするつもりだったのかは、あまり聞きたくない。


 それに、千紘はすでに了承したから別にいいのだが、今度は律が秋斗のペースに巻き込まれるのではないかと、ハラハラする。

 千紘としては何とかしてやりたいところではあるが、多分無理だろう。


 相変わらず、秋斗は良い意味で明るくマイペース、悪い意味でうるさく自分勝手なのだ。


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