第二章 新たなメンバーは黄

第25話 スターレンジャーと握手会

 正義のヒーローである『星空戦隊スターレンジャー』の仕事は、テレビの中で悪の組織から地球の平和を守ることだけではない。


 のちの未来をになう者――子供たちを笑顔にすることも重要な任務の一つなのだ。



 澄み切った青空がどこまでも広がっている。その下の空間は、子供たちの賑やかな声と笑顔で満ち溢れていた。


「わぁ! スターレンジャーがいるー!」

「かっこいいー!」


 子供たちの可愛らしい声が遊園地に響く。


 スターレンジャーのヒーローショーが終わった後の握手会である。


 戦隊ヒーローにショーは付き物ではあるが、ただそれだけでなく、握手会を兼ねている場合も多い。アイドルに限らず、ヒーローだって握手をするのだ。


 ヒーローショーや握手会などは、ファンサービスの一環であるとても大切なイベントで、ファンの大多数を占める子供たちとの交流を主な目的としている。


 実際には、チケットやグッズの売り上げなどの収入を狙った大人の事情の部分も大きいが、その辺りについては夢を壊してしまうことになるので、子供たちには絶対に秘密にしておかなければならない。


「ほんものだー!」

「ほんとうにスターレンジャーとあくしゅできるのー?」

「すごーい!」


 つい数時間前にテレビで見ていたヒーローが、今、自分の目の前にいるのである。子供たちが興奮を隠せないのも頷けるというものだ。


 その熱気はテレビ放映時から冷めきってはおらず、むしろより一層増していると言っても過言ではなかった。


 それに子供たちだけではない。連れ添っている母親の大半は、スターレンジャーの中身のイケメンに目を奪われていたりもするのである。


「よく来たな」


 スターレンジャーのリーダー、スターレッド役である相馬そうま千紘ちひろが、まだ幼い男の子と目線を合わせるようにしゃがみ込む。


 そして頭を優しく撫でながら、とても小さな手を握ると、男の子のこれまで緊張していた表情がぱっと華やいだ。そのまま、隣で手を繋いでいた母親にしがみつく。


「ママー、レッドにあたまなでてもらったー!」

「レッド大好きだもんね、よかったわね」


 その微笑ましい様子に、千紘も思わず顔を綻ばせた。


 普段、身近に幼い子供がいない千紘には、正直なところ子供の扱いというものがよくわからない。

 別に子供が苦手だとか嫌いというわけではない。ただどう接していいのか、距離感がいまいち掴めないだけなのだ。


 初めての握手会を前に、思い切って周りの人間に相談してみたところ、「とにかく笑顔でいればいい」と、とてもシンプルなアドバイスをもらった。


 それを聞いた時の千紘は、「本当にそんな簡単なことでいいのだろうか」などと疑問に思ったのだが、実際にやってみて納得した。


 笑顔で接しているだけで、相手の子供も同じように笑ってくれる。そしてこちらにもまた笑顔が伝染する。好循環というものが生まれるのだ。


(こうやって見てるとみんな笑顔で楽しそうだな)


 しゃがみ込んだままの千紘が目を細めていると、不意に頭上から少し上ずった声が降ってきた。


「あ、あの、私も握手して頂いてもいいでしょうか……?」


 先ほどの若い母親の声だ。


 反射的に千紘が顔を上げると、頬をほんのり赤く染めた母親と目が合う。


「もちろんいいですよ」


 何の躊躇ためらいもなく立ち上がり、快く頷いてみせると、母親はほっとしたような表情になった。断られるのではないかと思っていたのだろう。


 今回のヒーローショーの入場は有料だが、握手会も入場料に含まれている。子供だけでなく母親だって入場料を払っているのだ。千紘にとって断る理由はどこにもない。


(握手くらい、別に減るもんでもないからな)


 もし母親が入場料を払っておらず、握手をする権利がなかったとしても、千紘はそれくらいならこっそりしたって全然構わないと考えたのである。


 千紘がにっこりと笑みを浮かべ、右手を差し出すと、


「あ、ありがとうございます!」


 母親は即座に子供の手を離し、両手で力強く握り返してきた。男性顔負けの握力だ。


(これは結構痛いな……)


 がっしりと強く手を握られたままの千紘はそんなことを思いつつも、営業用の爽やかな笑顔を崩すことはしない。これも子供たちを笑顔にするヒーローとして大事なことである。


 そんな千紘の両隣ではスターブルーの深見ふかみ秋斗あきと、スターイエローの成海なるみりつが和やかな雰囲気で、それぞれ子供たちと触れ合っていた。


 こうしてスターレンジャー初のヒーローショーと握手会は、終始穏やかに過ぎていったのである。


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