第14話 不協和音

 ギウスの戦闘員たちから逃げ出した後、洞窟までの道から外れてしまった千紘と秋斗だったが、太陽の出ている方角と地図を照らし合わせ、どうにか予定通りの道に戻ることができた。


 正直、その道が本当に正しいかはわからなかったが、秋斗が「多分、大丈夫!」と元気に太鼓判を押したので、千紘はそれを信じることにした。他に判断材料になるものがなかったからだ。


 それからしばらく地図を見ながら道なりに歩いて、きちんと洞窟の前まで辿り着けたのは道が合っていたということでいいのだろう。

 秋斗の野生の勘もなかなか馬鹿にできないものである。


 幸い、戦闘員と出くわすこともなかった。洞窟まで何とか無事に来られたことといい、きっと運も良かったのだ、と千紘はほっとしながらそんなことを考えた。


 洞窟の中は暗いものだと思っていた二人だったが、実際に入ってみて驚いた。


 多分、地球でいうところのヒカリゴケみたいなものなのだろう。壁一面に生えたこけのようなものが明るく発光しているのだ。


 リリアと別れてしばらくしてから、明かりになるものを持ってきていなかったことに気づいたのだが、これなら明かりなどなくてもよく見える。どういう仕組みで発光しているのかまではわからないが、とてもありがたいことである。


 しかも中は広く、天井も高い。もし狭かったらどうやって進むか、などと相談はしていたがそんな必要も一切なかった。


 これが漫画やゲームの世界だったら魔物が出てきても何らおかしくはないが、リリアは特に注意をしろとも言っていなかった。だから、きっとここは自然にできただけの、ターパイトが採れる洞窟なのだろうと二人は判断した。


 ただ、洞窟内がどんな風になっているのかはさっぱりわからないから、慎重に進んではいる。


「ターパイトは洞窟の奥の方にあるって言ってたけど、どこまで行けばいいんだ?」


 秋斗がもの珍しそうに周りを眺めながら、千紘に問い掛けた。


「俺に聞かれてもなぁ……」


 困ったように千紘が返す。


「地図は?」

「洞窟までのしかもらってない」


 確かに地図はもらってきていた。ずっと千紘が持っていたものだ。だが、それはあくまでも『洞窟まで』の地図であって、『洞窟の中』の地図までは受け取っていない。


 リリアもきっと場所を知っているだけであって、洞窟の中に入ったことはないのだろう。それ以前にここまで来たことすらないのかもしれない、と千紘は考えていた。


「じゃあ、とりあえず奥の方にずっと進めばいいか!」


 そう言うと、秋斗は千紘の左腕を掴んでそのまま行こうとする。


「だから待てって! 勝手に決めるな!」


 またも引きずられるような形で、千紘は秋斗の後に続いた。



  ※※※



 それからどれくらい進んだだろうか。壁に生えた明るい苔は奥の方までずっと続いている。

 まだ最奥部までは距離がありそうで、千紘は心の底からげんなりしていた。


 そもそもリリアは『洞窟の奥の方』と言ったのだから、一番奥ではなくてもいいのではないかと考えた二人は、手近なところにある壁を適当に掘ってみることにした。


 しかし、確かに鉱物らしきものは出てきたのだが、秋斗が受け取っていたミロワールの欠片かけらとは色が全然違っていた。


 千紘は入口付近で採れるならばそれに越したことはないと思っていたのだが、その期待はあっさり裏切られてしまった。


 それからも少しずつ進みながら、ところどころで掘ってみたが、やはりリリアのミロワールとは色だけでなく輝きもまるで違っていた。

 何より、手に取った途端にボロボロと崩れてしまうのだ。『大きめのターパイト』と指定されていたのだから、これでは困る。


 結果、二人はこれならば最奥部までまっすぐ進んだ方が手っ取り早いのではないか、という結論に行きついたのである。


「……なあ、千紘」


 これまで遠足気分のように、明るく楽しい話ばかりをしていた秋斗が珍しく声のトーンを落とし、立ち止まる。


「何?」


 その数歩後ろを歩いていた千紘もならうように立ち止まり、疑問形で返した。

 すると、前を向いたままの秋斗は少し言いにくそうに数拍置いてから、ようやく口を開く。


「……さっきの戦闘員さ、もっと話しかけたら、ちゃんと話をすれば通じるんじゃないか?」


 その台詞に、千紘がやれやれと呆れたように、首を横に振った。


「秋斗はホントに甘いな。さっきだってまったく通じてなかっただろ。それをどうしろってんだよ」

「だから、もっと話をすれば……」


 どうにかなるんじゃないか、と秋斗が振り向く。

 次の瞬間、千紘の頭に血が上った。秋斗は薄くではあるが、笑みを浮かべていたのだ。


 目の前の男はまだこんなにも甘いことを言っている。もしかしたら自分たちは殺されていたかもしれないのに。それをあっさり忘れてしまったのか。

 その甘さがやけにかんさわった。


 洞窟内の淀んだ空気や雰囲気のせいもあったかもしれない。だが、今の千紘にはそんなことはどうでもよかった。


「どうにかって何だよ! だいたい話って何を話すつもりだ!? 中身は人間じゃないんだぞ!?」


 思わず出た大声が洞窟内に響き、それがさらに千紘を嫌な気分にさせる。


「もしかしたら人間だっているかもしれない!」


 秋斗はまだ一縷いちるの望みに縋ろうとしているように見えたが、千紘にはその気持ちがまったく理解できない。


「もしいたとしてもそれをどうやって探す!? 一人一人話しかけて回るのか!? 『あなたは人間ですか?』ってか!? その前に俺たちが殺されるのがオチだろ!」

「それは……っ」


 秋斗が言い淀む。

 呆れなんてものはとっくに通り越していた。


「アンタは甘すぎるんだよ! それにこんなことになったのは誰のせいだ!? 秋斗がミロワールを壊したせいだろ!」


 一気にまくしたてると、秋斗は何かを言いたそうにしていた口をつぐみ、うつむいた。

 しかし千紘は日頃の鬱憤うっぷんを晴らすかのように、さらに言い募る。


 今までの不満をすべて、秋斗にぶつけてやりたかった。


「だいたいアンタはいつも自分勝手で、人のことなんて何にも考えてないんだよ!」

「……」


 一方的に責められている秋斗は何かを反論するでもなく、ただ黙り込んだままだ。下ろされたままの両の拳に力が入るのが見えた。言いたいことがあるらしいのは察したが、今はそんなことを気にしている余裕などない。


「黙ったってことは認めるんだろ。俺はめんどくさいからもう降りる。これ以上付き合ってらんねーよ」


 千紘は一気にそう言い切ると、不愉快そうな表情をさらに歪め、秋斗に背を向けた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る