第15話 独りの戦い

 いくら責めてもどうにもならないことは千紘にもわかっていた。それでも言いたくなってしまった。

 秋斗は一切反論してこなかったから、『喧嘩』ではなかったし、ただの八つ当たりみたいなものだ。


「俺はもう関係ないからな」


 千紘がブツブツと自分に言い聞かせるように、ひとりごちる。


 不機嫌を隠すことなく、大股で歩く。足元の危険だとか、そんなことすらどうでもよかった。

 自分が背を向けた後、秋斗はどうしただろう、とはちらりと頭の片隅をよぎったが、すぐにその考えを払うように頭を振った。


(秋斗なんか、もうどうだっていい。仲間だなんて俺は認めてない)


 いつも秋斗は自分を振り回してばかりで、『仲間』だって勝手に思われて、迷惑だった。

 だからこれでいいんだ、とまだ血が上ったままの頭でそんなことを考えた。


 二人で来た道を、今は一人で引き返す。別に寂しいとは思わない。


 洞窟内の広い場所に出た。広間、と言ってもいいくらいだ。そこをさっさと通り抜けようとした時だった。

 正面から何かの気配を感じて、足を止める。


「……またかよ」


 現れたその姿に、思わず千紘の口元が歪んだ。


 黒い全身スーツ姿の戦闘員だった。またも無言でぞろぞろとやって来る。正確に数えたわけではないが、少なくとも十人以上はいるだろうと思われた。


「ちっ、めんどくせーな……」


 舌打ちももう何度目かわからない。


 戦うか、それとも逃げるか。人数では圧倒的にこちらが不利だが、そんなことは考えるまでもなかった。


 相手は人間ではない。こんな無機質な奴らの集団に人間なんているはずがない。

 斬ったところで、どうせ霧になって消えるだけだ。だったらいくらでも斬ってやる、そう思った。


「……らしにちょうどいい」


 言うが早いか、千紘は何の迷いもなく腰の長剣を抜くと、まっすぐ戦闘員に向かって駆け出す。

 一番手近なところにいた戦闘員をぎ払うと、思った通り、斬ったところから黒い霧が噴き出した。後は放っておいても勝手に消えてなくなる。そう判断して、次から次へと斬りつけていった。


 むしゃくしゃした真っ黒な自分の気持ちと戦闘員の黒い姿が重なって、それを晴らすために、ただひたすらに斬り、蹴散らしていく。


 息が切れるのも構わない。流れた汗が目に入ろうとも一切気にしない。

 敵の拳や刃物が自分に届く前に斬れば、怪我をすることはない。体力はそれなりに持っていかれるだろうが、そんなものはすべて斬ってから休んで回復すればいい。


 時折、敵の投げてきた石が身体に当たるが、それを避けることもしなかった。そんなのは些末さまつなものだと思った。

 だから、石以外のものが飛んできたことに気づけなかった。油断、だったのかもしれない。


「——っ!」


 突然の鋭い痛みに動きが一瞬止まる。そのたった一瞬の隙を狙われた。

 横殴りに来た拳を避けることができず、頬に受ける。そのまま勢いよく地面に倒れ込んだ。


 かろうじて長剣を手放すことはなかったが、これ以上攻撃を受けるわけにはいかない、とすぐに起き上がろうとした時、左腕に激痛が走った。

 慌てて見れば、二の腕から血が流れていて、近くには自分を傷つけたらしい血のついたナイフが転がっていた。


 どうやら石ではなくナイフを投げた奴がいたらしいことはすぐに理解できた。


 殴られた頬も痛い。倒れ込んだ時に身体のあちこちに擦り傷だってできている。満身創痍まんしんそういとはこういうことをいうのか、と千紘は頭のどこかで自分を嘲笑あざわらった。


 足はやられていないから、まだ大丈夫だ。そう言い聞かせながら、右手に長剣をぶら下げたまま立ち上がる。

 敵の数を数えると、すでにかなりの人数を倒したはずだったが、それでもまだ数人残っていた。


「……まだいんのかよ」


 呆れたように、大きな溜息をつく。


 左腕はあまり使い物にならないな、と長剣を右手で構え直した。左手はできるだけ使わないように、添えるだけにしておく。

 構え直すのを待ってくれていたわけではないだろうが、戦闘員の一人が殴りかかってきたので、それをその場で斬り捨てた。


 残りは二人だった。

 数メートル離れた場所でこちらの様子をうかがっているようだが、そんなのはお構いなしに地面を蹴る。

 一気に距離を詰めて、そのまま二人連続で斬りつけると、揃って黒い霧が噴き出した。


 霧が蒸発していくのをぼんやり眺めながら、千紘はようやく力が抜けたようにその場にずるずると座り込んだ。


(……少しだけ、休んでいくか……。ああ、止血……はいいか。きっとすぐに止まるだろ……)


 近くの壁にもたれ、天井を仰ぐ。苦しそうに深呼吸を二つほどした時だった。


 乾いた拍手の音。


 この場には明らかに似つかわしくないそれに、千紘の身体が一瞬で強張った。息を呑む。全身から一気に血の気が引いていくのがはっきりとわかった。


 音のした方へと、恐る恐る顔を向ける。


 双眸そうぼうに映ったのは、またも見知った姿だった。


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