第21話 もっと自由に

「行くぞー!」


 俺はりんごを落とす。その瞬間ホルスはベランダから飛び出した。少ししてりんごが湖に落ちる。3秒ほど後、ホルスは湖の上を通過した。やがてホルスはりんごを拾って上がってくる。


「はぁはぁ…やはりルートが悪い。もっと最短で飛ばなければ…」



「なぁ、一周はやっぱ無理ないか?そんな一気に伸ばす事なんて出来るのか?」


「やらなくちゃお前らを守れない。」


「んな事言ったってよ~」


 俺達の部屋(7階)のベランダからリンゴを落とし、湖に落ちる前に旅館の周りを一周しリンゴを掴む。というのがホルスの目標らしいが……正直無理そう。いや、ホルスが悪いんじゃなく単純に時間が短すぎる。かれこれもう5時間程やっている。



「今日も観光すんだからそろそろ寝た方がいいんじゃねぇか?俺は寝てたけどお前一睡もしてないだろ。」


「いや、まだやる。」


「……特訓は帰ってからでも出来る。一旦寝ろ。そもそもそんな状態じゃ出来る成長も出来ねぇよ。それにこういうのって気分転換が大事って言うだろ?」


「……そうか。分かった、寝るよ。」


「良し!んじゃ、俺も8時まで寝る!おやすzzzzzz」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「…………お前凄いな。…………もうこんな時間か。僕も寝るか……」



 外を見ると東の空が明るくなっていた。布団に入る前に、僕はベランダに出てもう一度外の景色を眺める。改めて見ると良い景色だ。


 その景色に見とれていると、北から一羽の鳥が飛んでくる。はやぶさか何かだろうか?その鳥はゆったりと飛んでいたが、湖が朝日に照らされ光った瞬間に加速する。

 隼はまるで滑るかのように空を舞い白い木々の間をすり抜けながら急降下して行く。そして湖のほとりにいたネズミを狩り、急旋回しゆったりと北の空へと飛んでいった。



 僕はその光景にただ見惚れていた。

(あの隼と僕は何が違う?あの隼はまるで空を滑っていた。明確に何かが違う。何か…何かが……。) 


 気付いたら僕はあの隼の方へと飛んでいた。


 隼は向かってくる僕に気づくやいなやスピードを上げ、空を滑りなから木々の間をすり抜けて行く。ぐんぐんと隼はスピードを上げ、距離が離れていくが何とか必死に喰らいつく。


(何故追いつけない?隼の方が体が小さいからか?

……いや違う。木々が邪魔で風の流れが滅茶苦茶だ。俺でさえ体のバランスが崩れるのだから、軽い体なら尚更の筈。

 なのにあいつはずっと崩れていない。それどころか、さっきからまるで踊るような無駄な動きまで…)



「……!」


 違う。無駄な動きじゃない。こいつは、この滅茶苦茶な風の流れに乗っているんだ。それだけじゃない。風に100%正しく乗っている。風の力を余す事無く全て利用している。


(こいつに比べると僕はせいぜい30%か?……こいつは一体どうやって風を読んでる?視覚か?聴覚か?それとも他の器官によるものか?)



 隼の動きを注視する。木をギリギリまで引き付けて避けている。何故?と思考の沼にハマっていると隼が急上昇した。僕もそれに対抗する。ある程度まで上がると隼は旋回し進路を東へと変え、飛んでいった。僕も追おうとするが、


「………綺麗だ。」



 朝日に向かって飛んでいく隼に、またも見惚れてしまった。


(…………そうか…!そういう事か!)


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「アレス!アレス!起きろ!」


「ん………?……もう8時?」


「いや、まだ6時半だ。」

「起こすなよ。寝ろよ。鶏かよお前。」


「そんな事良い。もう一回だけやろう。」


「おいおい……寝るんじゃなかったのか…?」


「これをやったら寝る。頼む。」

「…わかったよ。」






「行くぞー!よーい、ドン!」


 僕はアレスの合図で飛び出す。ここの湖側の風は比較的素直だ。突っ切れる。

 次の面も風は大丈夫。僕は加速しトップスピードまで一気に乗る。

 問題は次、湖の裏側の面は風がごちゃごちゃしている。でも………もう飛べる。風に乗れる。



 僕は風の激流に突っ込んで行く。少し進むと髪が不自然な動きをとる。僕は出来る限りすぐに体を逸らす。すると僕の体は減速するどころか、さらに加速し進み続ける。


(深く考えるな……もっと自由に!)


 簡単な話だった。あいつは、隼は風を感じた瞬間に体を動かしてずっと風に乗り続けてただけなんだ。最速で反応して最速で動く。ただこれを徹底していただけ。


(…右…左上左下……右上!)


 気づけば僕は難所の面を超えていた。

 次の面も加速し続け、最初の面に戻ってくる。湖までは後20m程。りんごは今にも湖に落ちそうだ。


「ホルス!行けるぞ!!」


(もっともっと自由に!もっと直感的に!)


 羽を広げ体を傾ける。ただひたすらに速く飛ぶ為だけの姿勢。


(……風が吹いている。間に合う!真っ直ぐに、それでいて空を舞い踊りながら!自由に!!!)





「…ホルス!!」


 僕は湖を通り過ぎ、そのままスピードを制御出来ず地面に転がった。体中に雪が付く。雪まみれだ。


「ホルスーー!大丈夫かーー?」


 アレスがベランダから飛んでくる。何も持っていない僕の手をみたアレスは一瞬表情を変え、その後明るく話し出す。


「…いやぁ~惜しかったな!でももう少しだったぜ!すげーよ!」



 僕は口を開く。いや、まぁずっと開いてたが。


「ちゃんふぉ見てから話ふぇ」



 僕の口の中にはりんごの甘みが広がっていた。


「…え?あ、うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!やったな!ホルス!!!」


「あぁ……やっふぁな。」



 この後旅館の人とハデスさんにうるさいと怒られたのは言うまでも無い。


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 朝食を終えた俺達はホールで話し出す。


「今日はどこ行くんすか?」


「今日は旭川あさひがわ動物園に行って、その後スキーだよ。………なぁアレス。今日の夕方辺り、話があるんだ。」

「あぁ、坂東の事ですか?もう聞きました。それより昼飯はどうするんですか?」


 ハデスさんが固まった。いや、16歳組シックスティーンズ以外皆固まっていた。


(てか動物園か。随分と長い間行ってないな。)

 そんな事を思っていると那由多が近寄ってくる。


「…ねぇ勇斗、動物園一緒に見て回らない?」


「?…皆で回るんじゃね?」


「あー…そっか。そうだよね!ごめん。」



(……………あれ?俺今デートのチャンス逃した?ああああああああああああああ!!!!!やらかした!!どうしよ?俺からまた誘うか?いや、今更言うのもなんかキモいよな……。)


 俺はいつもこうだ。もう手遅れになった段階で気付くんだ。


(はぁ…最悪だ……)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「うおぉぉぉぉぉぉ!!!ライオンじゃねぇーか!!!」


(動物園って最高だな!!!あまりにもカッコいいが過ぎるだろ!!!)


「はぁ…ほんとアレスって子供だよね……ねぇ?ホル」

「おいアレス!何やってるんだ…あっちにはホワイトタイガーだぞ!時間は限られてる。最速で、行くぞ」


「おうッ!!!」



「…………那由多ちゃん。一緒に回らない?」


「………うん。そうしよっか。アフロちゃん見たい動物居る?」


「…………うさぎ?」

「ほんとは?」



「……………ワニ……」


 こうしてチームアレスホルスとチーム那由多アフロ、そしてチームその他で一旦回る事となった。


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「いや~動物園って結構でかいな。」

 

 回り始めて1時間経ったが1時間じゃ全然回りきれない。どのエリアも魅力的過ぎて出たく無くなるのが悪い。


「アレス、爬虫類エリアに行かないか?」


「ん?いいよ。なんか見たいの?」


「いや、なんとなく。」


 爬虫類エリアへと歩いている時にふと思った。


「…にしてもさ、お前とこんなに仲良くなるなんて思わなかったよ俺。まだ出会って3ヶ月も経ってないのに、今までの人生で一番仲良い友達な気がするんだよな。」


「あぁ僕もだ。まぁ僕は元々友達が多い人間では無かったけどな。」


「そうなん?高校時代の友達とかは?」

「いない。」


「マジ?でもお前の顔面なら女子無限に寄ってきたろ?仲良い女子の一人もいなかったのか?」


「いない。ま、色々あってな。」


「ふ~ん…そっか。俺と出会えてよかったな!」

「あぁ。」


 忘れていた。このイケメンは正直過ぎるんだった。そんなに素直だとこっちが恥ずかしくなる。


「…………!なぁアレス、あれ那由多ちゃんじゃないか?」

「え?どれどれ……おーほんとだ!……?何で一人?」


 俺達は何か不穏な空気を感じながら那由多に近づいていく。


「おーい那由多~」


 那由多はこちらを向く。

「あ、勇斗!ホルスくん!」


「なぁ、アフロは?逸れた?」


「それがね!私がトイレ行ってる間に居なくなっちゃったの。連絡もつかないし……何かあったのかな?」


「ん~どう思う?ホルス。ワッフル買いに行って迷子になったとかじゃない?」


「うーん……事件性は薄いと思うが…何かあった可能性も否定できない。この近辺を軽く探そう。那由多ちゃんはアレスと一緒に。」


「おう!行こう那由多。」


「うん……。」


(ナイス無自覚サポート!)


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ー10分前ー


「アレ~オカシーナー?」


 那由多ちゃんにワッフル買ってあげようと思ったは良いものの、どっちに行ってもワッフル屋に戻ってくる。この私が迷子になる事は無い筈。一体私に何が起こっているのだろうか。



「……私ってもしかしてドジ?いや、無いか!ワッハッハッ!………ほんとにどうしよう……あ、スマうっ…」


-背後からアフロは手刀を入れられる。-



「ッ…痛っ…た…………」

(あ、これ……まず……い……かも……………………)



-男は気を失ったアフロを担いで歩き出した。-

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HOPEs @akazal

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