第16話 何の変哲もない村

「静かで良い所ね。」


「あぁ。」


 娘へのいじめが原因で引っ越してきたこの村は、自然が豊かで新しい学校や商業施設へのアクセスもさほど悪くないかなり良い村だった。俺達はこの村のやや西に位置する一軒家を買った。


「ほら、明菜あきな。着いたよ。」


 明菜は俺と花梨かりんの娘で先月7歳になったばかりだ。明菜は小学校に入学して3ヶ月も経った頃にはいじめられ、それからは家族以外に心を開く事が無くなってしまった。田舎の暖かさが明菜の心を溶かしてくれる事を今はただ祈る。


「わーきれいだね~。」


「海も見えるのね。空気が凄く綺麗だわ。」


 俺の兄がこの村を教えてくれた。兄は記者で昔、この村に伝わる伝説を取材しに来たときに雰囲気の良い村だと記憶していたそうだ。

 俺達は早速新居へと向かう。この村ではかなり新しい築18年の家だ。家の中も外も綺麗で申し分無い。


「引っ越し業者さんが後で来るから、それまで挨拶回りでもしようか。」


「えー!あきなつかれた~」


「小さい村だ、きっとすぐ終わるよ。」


 俺がそう言っても明菜は乗り気では無い。


「しょうがないな。ほら、おんぶしてあげるから、な?」


「おんぶ!乗る!」



 俺達はまずは隣の家から初め、2時間程でほぼ全ての家を回りきった。残すは村長の家だけだ。俺は村長の家のインターフォンを押す。


『はーい、あ、もしかして坂東ばんどうさん?あぁ、ちょっと待っててね。』


 そう言うと家からドタバタと音が聞こえる。その後10秒もしないうちに村長の高橋たかはしさんが出てきた。


「こんにちは。この度この村に引っ越してきた坂東翔太ばんどう しょうたです。彼女が妻の花梨で、こっちが娘の明菜です。これ、つまらないものですが。」


「あらあらご丁寧にどうもね~。私はこの村で村長やってる高橋です。まぁ、村長って言っても仕事なんてほとんどないんだけどね。事情は少し聞いてるよ。この村の人達はみんな良い人だから安心しなさい。」


「ありがとうございます。これからよろしくお願いします。」


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 この村に引っ越して2ヶ月が経った。俺の仕事も順調で最近花梨は園芸を始めたらしい。元々あまり趣味らしい事が無かったからか、とても楽しそうだ。そして明菜は、


「行ってきまーす!」


「5時までには帰って来いよー。」


 学校も順調そうでクラスの子達と、休日に遊ぶ仲になった。最近では夕飯の際に明菜が話す『今日の楽しかった事ランキング』を聞くのが何よりの楽しみだ。

 

「それじゃあ、俺も行ってくる。」


「行ってらっしゃい。東京だっけ?」


「あぁ。なるべく早く終わらせて帰ってくるよ。」



 新幹線から窓の外を見ながら思う。出張で仕事だらけとはいえ久々の帰省だ。…2人には悪いが、あいつらと久々に飲むか。

 そう思うと家族と離れる出張も頑張れる気がしてきた。


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「ただいまー!」


「おかえりー。ご飯できてるよ。」


「やった!」


「手洗ってきなさーい。」

「はーい。」


 明菜は手を洗いに行く。玄関ドアを締め忘れていた。開いたドアの隙間からスルスルと何かが入ってきていた。



「きょうはなにかな~♪………ん?きゃっ!!!」


 明菜の声を聞いた花梨はキッチンを飛び出す。

「どうしたの!?」


 洗面所には明菜の他に動くものが居た。真っ白な蛇だった。蛇は明菜を見つめている。


「明菜っ!」


 花梨は咄嗟に手に持っていた包丁を蛇へ投げつける。すると蛇の頭と胴は真っ二つに割れた。



「明菜!大丈夫!?」


「う、うん……グスッ」



 花梨は安堵する。その時


「坂東さーん!だいじょーぶ?大きな声が聞こえたけどー?」


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「それでは、こういった流れで。」


「よろしくお願い致します。」



 取引を終わらせた俺は部下の小峠ことうげと話しながらホテルまで歩いて向かう。


「ふぅ、やっと終わったな。」


「でも丸一日余りましたね。明日の昼ですよね?帰るのって。坂東さんはこれからどうするんですか?」


「まぁ、こっちの友達と飲みにでも行こうかな。」


「あれ?坂東さんって奥さんと娘さんいませんでしたっけ?」


「ま、たまには自分へのご褒美って事でいいだろ。そういえば暫く自分の為に金を使うなんてしてなかったからな。」


「それじゃあ自分はホテルにいるので奥さんから電話が来たらお知らせしますね。」


「あぁ。飲んでるとは言うなよ。」


「分かってますよ。」


 小峠はいい部下だ。今回の取引が成功したのも小峠の貢献が大きい。小峠も飲みに誘おうと思ったが、付き合いの長い友達同士の飲みに知らない奴が来ても気まずいだけだろう。

 飲み会は5時から夜中まで友達の家でする予定だ。時間をもて余す俺は、あいつらに見せつける用の家族の写真を選別する。


「………本当に、良かった。」


 こんな俺に家族が出来るなんて、昔の俺からは想像も出来ない。ガキの頃は独身がいいなんて思っていたが、結局家族が出来たら独身の時とはまた違う幸せを得られている。

 花梨とは世間一般的にはあまり良くない出会い方をしたと思う。朝起きて横を見たら知らない女がいた。それが花梨だった。それからの日々は楽しかった。初めて心から愛した人間だったと思う。


「……正直に言うか。」


 俺は花梨に電話を掛ける。応答が無かった。園芸でもしてるのかな。そんな事を思いながら再度電話を掛けていると友人達が現れる。俺はそのまま友人宅へと足を運んだ。



 


「お疲れ様でした。僕は報告に一度会社に戻りますけど、坂東さんはどうするんですか?」


「家に帰るよ。それじゃ、気をつけて帰れよ。」


「はーい。また会社で!」


 小峠と別れ新幹線に乗る。次にまぶたを開いた時にはもう外は薄暗くなっていた。疲れで寝てしまっていたらしい。 後30分もすれば駅に着く所まで来ていた。


 新幹線が駅に着きホームを出て時計塔を見上げると、ふとデパートが目に入る。


「お土産でも買って帰るか。」



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 俺はちょっといいメロンを助手席に載せ車を走らせる。ここが村への最後のカーブだ。


「うん、やっぱり田舎は落ち着くな。」


 どうやら俺はすっかり田舎に染まってしまったらしい。この時間になると電気が消えた家もちらほら見受けられる。外を出歩く人はほとんど居ない。なんというか、落ち着く。


 自宅に着いたが電気が消えている。寝てしまったのだろうか。

(うーむ…まぁ、メロンはいつでも食えるしな。)

「ただいまー。」


 俺は小声で呟く。人の気配がない。やはり寝ているのだろう。俺は階段を登り寝室へと向かう。


「ただいまー………?」


 俺は困惑する。何故誰もいない?それどころか布団すらも敷かれていない。どうして?外泊するような予定は無かった筈だ。もしかして明菜の友達の家でお泊りでもしてるのか?いや、それならメールを送る筈。となるとドッキリの類だろうか?


 俺は家の中を探し回る。しかしどこにも2人の姿は無い。それどころか生活感を感じない。家具もあるし洗い物だって残っている。それなのに何故か人が暮らしている気がしないのだ。


 俺は焦って高橋さんの家に押しかける。電気は付いているようだし起きているだろう。躊躇なくインターフォンを押す。


「高橋さん!すいません!聞きたい事があるんです!」


 中からドタバタと音が聞こえて10秒も経たないうちに高橋さんは玄関の扉を開ける。


「どうしたの坂東さんこんな時間に。」


「それが、妻と子供がどこにもいないんです!何か、何か心当たりはありませんか!?」


「ん?奥さん?あ~花梨さん達ね?実はね、」


 高橋さんは何か知っているようだ。良かった。無事なようだ。


「蛇神様の供物になったのよ。翔太さんはいなかったから知らなかったのね。いや~ねぇあの二人ったら…」


「待って下さい。供物…?なんですかそれ。花梨は、花梨と明菜は無事なんですか!?」


 高橋さんはポカンとした顔をする。


「供物よ?生きてる訳無いでしょう。あの二人ったら蛇神様のご子息を殺したのよ?全くもうほんと何やってるのかしらね?」


 

 

(は?何を言ってるんだこのババァは。生きてる訳無い?死んだってのか?いや、そんな筈は無い。何かのドッキリか。そうだ、カメラ。カメラが何処かにあるはず。きっと村単位の大きなドッキリだろう。)


「た、高橋さん、これドッキリですよね?ごめんなさい。ちょっと今疲れててリアクション取れないんです。ほんと申し訳ないんですけどネタバラシしてもらって良いですか?」


「ドッキリ?何がよ。翔太さんさっきから変よ?供物を忘れてたり、相当疲れてるのよ。今日は家に帰って、しっかり寝なさい。」


(疲れてる?……あぁ、そうか。多分俺は重大な何かを見逃しているんだ。………今日は一度家に帰って寝よう。それがいい。)


 自分にそう言い聞かせ家に戻る。布団を敷き中に入って目を瞑るが眠れるわけなどなく色々な可能性を考え続ける。



(ドッキリか?だとしたらやりすぎだろう。もしくは本当に蛇神とかいう生き物がいるのか?ならもっと警告されるはず。それじゃあ、犯罪に巻き込まれた…?

その場合犯人は村長という事になる。いや、ありえないだろう。第一、犯罪に巻き込んでもなにもメリットなどないし、村はいつも通り過ぎる。でも…)



 なぜかは分からないが俺は村長が家族を犯罪に巻き込んだと半ば確信していた。もしかしたら監禁しているかもしれない。だとしたら一刻も早く助けなきゃ。でも…何処に?それを聞き出すためには……




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「すいませーん!高橋さーん!!」

 チャイムを押して名前を叫ぶ。高橋さんはすぐに出てくる。


「ちょっと坂東さん、まだ朝の5時ですよ。……それで?疲れは取れました?」


「貴方が俺の家族に何かしたんですか?」



 俺の左ポケットには録音中のスマホが入っている。これで証拠を掴み高橋さんを強請る。


「家族…?あぁ、まだその話をしてたのね。失踪したご家族の話を。」

 

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