第15話 修羅

 シシガミの加入から2ヶ月程が経った11月。俺は電車に乗り、次の任務へと向かっていた。今回の任務は神獣調査出だそうで、山梨にバカデカいパンダがいるらしい。




(大丈夫だとは思うけど、暴れたら危ないしな〜……行かなきゃだよなぁ……パンダは大丈夫だと思うけどなぁ……)



 そんな事を思いつつ那由多とメールのやり取りをしていると、電話が鳴る。



(やべ……電車ってマナーモードの方が良かったっけ……)



 スマホをみるとハデスさんからの着信だった。俺は席を立ち車両間の通路で電話を取る。




「もしもし? アレスです」


『アレス! 今どこだ!?』


 ハデスさんは声を荒らげていた。



「え、えと山梨入ったあたりですかね……」


『分かった、任務変更だ。すぐに電車を降りメールで送った場所まで至急向かってくれ!』


 ハデスさんがそう言うとちょうど駅に着いたので、急いで列車を降りホームを走りながら事情を聞く。



「どうしたんですか?」


『その場所は小さな集落でな、そこで神力者災害が発生した。すでに死者が出ている』


「!?」


 神力者犯罪!? 死者!? 神獣調査とはまるで訳が違う新しい任務が俺に課せられた。死人がすでに出てる。急がなきゃ。俺はスピードを更に上げる。



『その神力者はどうやらその村の村民らしい。もしかしたら操られているかもしれん』


「ってかなんでそんな事分かるんですか?」


『被害を受けた村民からの直接の救助要請だ。その他の情報も現在聞いている。分かり次第連絡するしホルスとスサノヲもそっちに向かっている。

 アレスの任務は村民の救助だ。くれぐれも無理はするなよ、それじゃあ頼んだ!』


「押忍!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 


(メールだとこの辺りか?)


 俺は例の村に到着しようとしていた。が、なにか違和感を感じる。



「村が襲われてたんだよな……それなのに」


 あまりにも静か過ぎる。鳥のさえずりや夜風の音、揺られる葉の音しか聞こえない。まるで生きている人間がいるとは思えなかった。



(……そんな縁起悪い事考えてても仕方ないか)


 少し走っていると最後のカーブが見えてくる。



「ここ曲がれば……良し! 着い……た…………」





 俺の目には、あまりも不自然に隆起した土のトゲが家屋を突き刺し屋根を貫く様や、瓦礫に潰された死んだ人間、横に曲がった木に突き刺され死んだ人間等の、まるで現世とは思えない景色が飛び込んで来た。



「……うっ」


 俺はその場で嘔吐する。初めて人の死体を見た。さっきまで生きていた人間の、死ぬはずでは無かったであろう人間の死体を見ると、吐き気が押し寄せてきた。




「ゲホッ、ゴホゴホっ…………っはぁはぁ……」



 口の中が気持ち悪い。身体に力が入らない。入れたくも無い。



「…………生き残りを助けなきゃ……電話してきた人が、まだ生きてるかもしれない……」



 俺は立ち上がり小走りで村を見て回る。






「……酷いな……」


 死者は確認出来ただけでも16名。生存者は未だ無し。不自然に変形した地面や木に突き刺されている者がほとんどだった。



(間違いなく神力者だ……ん?)


 村を半周ほどした辺りで、右手側から女性の悲鳴が聞こえた。


 俺は全速力で走り出す。1分程走って村の端まで来た俺は足を止める。



 そこには土に突き刺された女性と、その前に立ち尽くす上裸の男がいた。

 俺が来たことに気づいた男は口を開く。


「お前……誰だ?」



「……これ、お前がやったのか?」


 気付けば俺も口を開いていた。



「お前は誰かと聞いてるんだ。お前、この村の人間じゃないだろう。悪い事は言わない。早く去れ」


「これはお前がやったのか?」



 男の表情は変わらない。怒りに満ちた顔をしている。きっと俺もそうなのだろう。



「……あぁ、俺が殺した。家も壊した」



「……そうか」



 俺は今、強い怒りを感じている。



「…………なんでお前らは、そうやって人を簡単に殺せるんだ?」



 俺がそう言うと男は少し声を荒らげ話し出す。


「簡単? 簡単だと? いいか? 何も簡単なんかじゃない。俺は盲目に人を殺す下衆とは違う」



 男はそう言い放つ。それを聞いた俺はもう我慢が出来なかった。



「ふざけんな! じゃあ崇高な目的で殺したのか? 目的があれば殺していいのか? 復讐か? 復讐だったら人を殺しても美談になんのか?」




「……自分がした事の罪は理解している。だが、それでも俺が殺らなきゃいけない」


「んな事てめぇが決めんなよ!」


 俺は男に殴りかかる。直後男の立っていた地面が盛り上がり、男は勢いに乗って高く飛んだ。



「それじゃあ誰が決めるんだ!?」



 男は木の上に着地したかと思えば、その木が意思を持ったかのように俺を襲い出した。だが所詮は木。全て打ち砕く。



「法に裁いてもらえってか? そんな事無理なんだよ! 気づいた時にはもう全て遅かった!! 全てが手遅れだった! だから……だから俺の殺しは、ただの手向けだ」



(手向け? やはり復讐か?)




 男は地面に降り距離を詰めてくる。そして鋭い打撃がいくつも飛んでくるがなんとか防いだ。


「手向けに人を殺したのか? 殺人鬼なら殺してもいいのか?」


「逆にダメだと思うのか!?」



 またもや地面が隆起する。が今度は俺に向けてブロック状に伸びてきた。ガードするが俺は数m吹き飛ばされ、それを見た男は興奮した様子で叫ぶ。


「遺族の気持ちを考えた事があるのか? 自分の大切な人を殺した人間はたかだか十年くせぇ飯食えばまたのうのうと人生を歩み出すんだぞ!? 大切な人は、もう帰ってこないのに!!!」




 またも地面が伸びてくる。今度は避けたが、形を変えながらどこまでも追ってくる。



「それに殺した証拠がなければそれすらもできない!!!……だったらもう、殺すしかないだろう!!」



 俺は振り返り、追ってくる地面を全力で殴る。さっきの一撃で分かってはいたがここの地面は硬い。

 だが拳に痛みは走るものの、地面を砕く事は出来た。



 そしてあいつの表情はどんどんと苦しそうになり、感情はどんどんと浮き出てきていた。俺は対照に自分の怒りの感情が落ち着いていくのを感じる。



 落ち着いてきたのと同時に、男が酷く痩せ細っている事に気が付いた。頬は痩せこけ、上半身は老人のようだ。




「……なぁ! お前に何があったんだ!」




「……聞いたら大人しく帰ってくれるか?」


「それは無理だ。どんな理由があろうと俺は殺しを肯定しない」


「じゃあ話す必要はない」



「話さねぇならここでお前を捕らえる」


「話してもだろ?」



 男は再び距離を詰めてくる。真っすぐの突き。右に躱したが、男の手から何かが伸びてきて俺の頬を掠める。どうやら男は握っていた石を伸ばして攻撃したようだ。


 俺と男は互いに攻めつつ会話を続ける。




「家族が殺されたんだろ? 怒るのは分かる。だが村民全員に殺された訳じゃないんだろ? だからもうこれ以上……」


「うるせぇ! お前は何も分かっちゃいない。俺の苦しみを!」




「…………頼む。話してくれ」



 俺は男と距離を取り、頭を下げる。



「……なんでそんなに聞きてぇんだ?」


「お前が苦しそうな顔をしているからだ」




 男はしばらく黙った後口を開く。


「付いて来い」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 男に付いて行くと、大きな祠に辿り着いた。



「ここは?」


「この村にとって大事な場所だ」


 男は中に入る。俺も追って入ると、そこには大きな白い蛇の像が祀られていた。男の顔は先程よりも大分落ち着いていた。



「俺の家族はこいつに殺された」


「!……この蛇にか?」


「あぁ。いや、正確にはこいつの存在に、だな」



 男は黙って数秒像を見つめる。そして俺の方へ振り向いた時には、再び男は修羅に戻っていた。



「話すつもりだったが……怒りが煮えてきてならない。まずは皆殺しだ。その後話そう」



「……まだ村には生き残りがいるんだな」 



「あぁ。だから面倒になる前に確実に全員を殺す必要がある。皆殺しにしたら俺は勝手に死んでやる。だから、邪魔をしないでくれ」


「お前が死んでもなんにもなんねぇよ」



 男の表情は変わらない。


「俺は人を助けたいんだ。お前が死んだ所で誰も救われない」



「俺は救われる」


 男はぶっきらぼうに言い放つ。




「……お前、さっきからなんなんだよ」


「?」



「勝手に自分の世界で語りやがって! お前が苦しむ理由も、ここに連れて来た理由も、何も話さねぇまま勝手に殺して死のうとするなんて……そんなの見過ごせる訳ねぇだろ! 俺に助けさせろ!!!」



 男は少しキョトンとした顔をした後、深くため息をつき小さく呟く。



「……お前みたいなのが居たらな……」


「…………」




「…………お前のようなタイプには敵わないな。…………俺とお前は戦わなければならない。

 もしお前が勝ったら、俺の家族の事を覚えていてほしい。同じ様な思いをする奴が世界の何処かにまだ必ずいる。……きっとお前なら、救える」

 


 そう言って男は蛇の祀られる祭壇に腰掛け、白い蛇を眺めた後話し出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る