第17話 その言葉

「貴方が俺の家族に何かしたんですか?」



 俺の左ポケットには録音中のスマホが入っている。これで証拠を掴み高橋たかはしさんを強請る。


「家族…?あぁ、まだその話をしてたのね。失踪したご家族の話を。」



 は?この人は何を言っているんだ。

「失踪?いえ違います。昨日は供物に捧げたとハッキリ言っていたじゃないですか。」


「…坂東ばんどうさん、貴方また妄想に呑まれているわよ。」


「は?」


(どういう事だ?何言ってるんだ高橋さんは。何だこれは?俺がおかしいのか?なんで、だって昨日は蛇神様がどうとか言ってたのに…)


「診療所の佐藤さとうさんに電話するから、ちょっと待っててね。」


「い、いや、俺は正常です。それより、明菜あきな花梨かりんはどこなんです!?」

 俺は声を荒らげる。


「まぁまぁ、少し落ち着いて。リラックスするのよ。深呼吸。深呼吸。」


 高橋さんは落ち着いた様子だった。まるで赤子をあやすようだった。…もしかして、全部妄想?とっくに花梨と明菜は死んでいて、俺が生きていると勘違いしていたのか?

 俺が思考の海に溺れていると、1台の車が高橋さんの家の前に止まる。


「高橋さん、坂東さんまたですか?」

 診療所の佐藤さんが俺の背後から高橋さんに語りかける。


「えぇ、でも今は落ち着いてるから、今のうちに済ませちゃって。」


「分かりました。坂東さん、こんにちは。突然ですが貴方は重度の統合失調症です。貴方のご家族は1ヶ月前に失踪したきり情報はありません。貴方はそれからというもの、時々まだ家族が生きているかの様な幻覚を見てしまうのです。どうです?思い出しましたか?」


「は?……え…?」


 統合失調症?そんなわけ無い。俺がそんな病気にかかる訳がない。患者はみんなそう言うらしい。最初は信じる気なんて毛頭無かった。

 だが、もし俺が統合失調症なら全てに説明が行く。あの生活感の感じない家ももしかしたら俺は施設か何処かに住んでいるのかも。だとしたら仕事は?それも妄想かも知れない。 


(……もしかしたら俺は本当に幻覚を見ていただけ…?)





 その時、二人の笑顔が脳裏によぎる。



(…………幻覚?あれが?あの笑う明菜の顔が?趣味を見つけた花梨の笑顔が?久しぶりに見た、2人の心からの笑顔が?)

 


「…そんな筈ねぇだろうが。………あの2人の笑顔が偽物なはずが無い。…あの笑顔は俺の想像の何倍も美しいものだった!俺がその笑顔を!たかだか妄想で作り出せる訳無いだろ!」


 佐藤と高橋は顔を見合わせ高橋さんがため息をつく。


「坂東さん。つらい気持ちは十分に分かります。でもね、いつか乗り越えなきゃならないんです。」


「だったら言ってみろ。俺は脳のどこにどんな障害がある?俺は前回いつ症状を発症した?俺は出勤をしているか?俺はどこで生活しているか?」


 高橋と佐藤はまた見つめ合う。さっきより長い。2人はニィっと不気味に笑う。


「まぁまぁ坂東さん。一旦家に帰って休みましょう。」


 そう言った佐藤は優しい医者とは真逆の様な顔をしていた。奴の手刀が一瞬で首元まで飛んで来る。俺は回避しきれず眠りに落ちた。






 その後、俺が起きた時からは明菜達は『蛇神様への供物』では無く『謎の失踪』でいなくなった、と村人全員が語るようになり、俺は統合失調症患者というでっち上げの事実が共通認識となっていた。理由は想像に容易い。俺の発言力を弱める為だろう。


 もう確信している。俺の家族は、この村の人間全員に殺されたのだと。

 あの日以来何とか2人の無念を晴らす為、そしてなぜ殺されたのかを探る為、その証拠を掴もうとカメラを設置し反応を煽るが、カメラは破壊され残った映像は俺が異常者で村民が健常者と取れるような映像ばかりだった。


 調査を続けていて、俺は本当に統合失調症患者で、明菜達は本当に謎の失踪をしたのでは?と考える事は何度かあった。が、その度家族の笑顔を思い浮かべる。妄想な訳がない。俺の意識は正常で本物だ。

 それにあの日見せた佐藤の笑顔。あれが全てを物語っている。



 奴らから聞き出すのは難しいと判断した俺は、この村に関する情報を片っ端から集める事にした。蛇神様とやらも気になる。だが書物庫に入れてくれるとも考えられない。そこである人物を思い出した。



「もしもし?アニキ?」


「おう翔太。久々だな電話なんて。この前の集まりどうしてこなかったんだ。」


 この村を俺に紹介したのは俺の兄だ。兄はとある記事の取材でこの村に訪れた際に、この村の雰囲気の良さを感じ、悩む俺に村を紹介してくれた。

 今回聞くのは『とある記事』の方。もしかしたら兄はこの村についての重大な秘密を知っている可能性がある。


「まぁ、色々あってさ。それで昔アニキがこの村の記事を書いたんだよな?一体何を取材したんだ?」


「あーはいはい懐かしいな。確か5年位前になるかなぁ、多分お前も話位聞いたろ?大蛇神話とかなんとかいう伝説。」



 大蛇神話?あぁ、蛇神伝説か。あの日以来、村人から唯一聞き出せた情報。かつてこの村を襲った津波を巨大な白い大蛇が打ち消したという伝説。

 伝説の影響でこの村では大きな祠に白い蛇の像が祀られている。引っ越して来てすぐに高橋さんに教えられた。


「蛇神伝説の事か?」


「そう、それ!なんかその村ではよ蛇が本物の神のように扱われてたんだよな~。んで村の人達は特に言及してなかったんだけど、村に伝わる伝承にはなんか戒律?みたいなのが載っててさ。まぁ~それがやべぇのよ。いかにも昔の過激な宗教みたいでさ。そんときはあんまホラー展開にしたくなかったからさ、ボツになったんだよ。」


「ホラー?どんな決まりだったんだ?」


「それがよ、蛇には逆らうな。とか蛇には血を与えろ。とかさ。それから、一番のヤバいのがさ



蛇を殺した奴は殺して供物にすべしってのがあってさ~。そんで………」



 兄はそのまま話し続ける。だが何も入ってこない。蛇を殺したら殺して供物にすべし。そのフレーズが頭を離れない。何度も何度も考えた『供物』の意味。一体何への供物なのかずっと考えていた。が、今分かった。

 

 明菜と花梨は、伝説とやらに殺されたのだ。そこには正当性など微塵も無かった。何も無い。理不尽そのものに、蛇を一匹殺した程度で、殺されたのだ。そして奴らはのうのうと生きている。

 愛する家族だった。……心の底からこれまでも、これからもずっと、俺は2人の事を








「……愛してた……………」



「え?なんて?…おーい。……………なんだ?寝ちまったのか?たっく仕方無いな。よく寝ろよ~。」

トゥルルン

 

 


 その後も調査を続けていたがまるで情報は得られなかった。事件と関連する情報を徹底的に消し去られていた。多分こういう事が起きたのは今回が初めてではないのだろう。

 村人達は証拠を絶対に漏らさなかったしこんな事件は聞いた事もない。きっと毎度こんな風に残った家族は戒律上、殺す事が出来ないから病人として扱い、自殺にでも追い込んでいたのだろう。


 佐藤により資料は偽造された俺は統合性失調症患者という事になり会社を辞めた。そんな状態で警察に駆け込んでも異常者扱いされておわりだった。


 そしてあの日から3ヶ月経った日、目が覚めると強い吐き気からトイレに駆け込み、吐瀉物と共に気力まで吐き出してしまったかのように体が動かなくなっていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「そんなある日の事だ。俺は朝起きると真っ暗な空間にいた。そこで男に力を与えられた。…俺は奴らを殺すために力を得たんだ。」



 俺は言葉に詰まる。その様子を見かねた坂東が話しかけて来る。


「お前はこんな事経験してないだろう。……俺だって人を殺すか助けるかなら助けたいさ。だがな、結局人は越えられない壁を前にした時、凶暴になるんだ。」



(俺は一体どうしたら良い?俺は一体何をするのが正解だ?こいつを拘束すべきか?それとも…?)


 その時心の奥から声が聞こえた。その言葉で疑問が生まれる。



「…本当に、殺すしか無かったのか?」


「何が言いたい?」


「この村の異常さも、お前の動機も理解できるし共感だって出来る。だが殺す以外の選択肢は無かったのか?」


「あぁ、限界だった。もう証拠なんて無かった。」


「証拠を探したのは3ヶ月だ。お前の精神状況からすれば永劫にも感じる時間だっただろう。辛かっただろ。だから殺していいのか?違うだろ。」


 坂東は黙って話を聞いている。


「この村では蛇神伝説は常識であり強力な掟だった。そんな環境で生まれ育った人間にとっては、法律よりもそっちの方が大事だと思いこんじまう。それ位想像できるだろ?」


「じゃあ何だ?奴らは悪いと思ってやってないから仕方無いってか?」


「そうじゃねぇよ!殺す必要があったのかって聞いてんだよ!悪とわからない村民達を殺すまで必要だったのかって聞いてるんだ!」


「…だって、警察にも裁判所にも、友人にまで相手にされなかったんだ。もう、誰も俺の言葉を信じてはくれない…」


「【神力】で拘束して拷問し自白させれば良かった。それで証拠になる。お前がこんな簡単な考えを思い付く筈がねぇ。俺だって拷問を肯定する気は無いが殺すよりよっぽどマシだ。それじゃダメだったのか?」


 坂東は少し言い淀むが口を開く。


「…どうせそんな状態で警察に突き出しても…きっと病人の神力者が暴れて村民に言わせたとなるのがオチだ…」


「どうせだと……?お前はそんな憶測で、殺さない選択肢を切ったのか?お前はそんな理由で"殺す側"に堕ちたのか?」


「…」



「…お前は全部分かってたんだろ。村人達は完全な悪では無く、歴史が産んだ怪物だと。それに完全悪じゃないなら時間をかければ罪を理解させられると!時間をかければ殺さずに済んだと!全部分かってたんだろ!」


「…」


「お前は…戦う事から逃げたんだろ。これ以上苦しみたく無いから、他者を傷つけるだけで良い復讐という楽な道に逃げた。」



 坂東はうつむくとそのまま話し出す。


「………………あぁ……。お前の言う通りだ……。俺は苦しみから逃げただけだ。だが、それの何が悪い?お前も俺の立場になればこうなる。愛する人を殺された人間の気持ちがお前に分かるか!?」




 揺れていた俺の心は、その言葉を聞いて決心がついた。


「それを言うにはお前は殺しすぎた。…お前はもうそっち側なんだよ。……その言葉は、もうお前が使って良い言葉じゃない。…お前を拘束する。」

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