決意と準備

俺たちはブルーラインに整列し、塩原工業と向き合った。


練習試合、公式試合、どちらも合わせると相当の数、この挨拶を行なっている。


何度やっても気持ちが引き締まる瞬間だ。


レフェリーは塩原工業が手配してくれた連盟のレフェリーだ。


「両チーム、例」


『っしゃっす!』


レフェリーの合図の後、挨拶をして自陣ゴールへ戻っていく。


大地さんはレフェリーからの注意を聞くことと相手チームキャプテンに挨拶するためにリンク中央へ行っている。


この円陣が自分を鼓舞してくれる。


「あそこで挨拶したの、お前忘れてたろ?」


突然朝陽が話しかけてくる。


「・・・っ」


全道の試合で挨拶したことを完全に忘れてた俺は、何も返す言葉がない。


「まぁいいよ。試合前だったしな。今は同じチームだし」


同じチーム・・・


あの時手も足も出なかったチームのキャプテンが今は同じチーム。


不思議な気持ちと同時に、こんなに心強いチームメイトもそうはいない。


大地さんが帰ってきて、円陣を組もうとしたその時


「あ・・・あのっ」


龍が突然口を開いた。


「1年はCFがいないからって話ありましたけど、自分CF入ります!」


突然の申し出だった。


3セット目にCFがいないので、1、2セット目のCFが入ることになっていた。


しかしそれでは体力的にかなり厳しい。


さらに、3セット目のFWが3人いるので2人は出て1人は休むことになる。


これでは効率が悪い。


逆に龍がCFに入ると綺麗に3セット回しとなる。


チームにとって龍の申し出は願ってもないことだった。


「そのほうが全体にとってはいいけど、CFできるのか?」


キャプテンの大地さんが龍に尋ねた。


CFはDFとFWの繋ぎ目であり、攻めと守りどちらにも参加しなければならない。


動きも複雑であり、いきなりやるには難しい。


「一応小学校で少しやってたことがあるんで、やれるだけやってみます!」


龍がそう答えると大地さんは


「そうか。無理なら言ってくれ。それと、ベンチに戻ったら先生にも言っておいてくれ。CF頼むぞ!」


と龍に言った。


「は・・・はいっ!」


力強く、責任のある言葉に龍は少し戸惑ったが、覚悟を決めた氷上を見せた。


「レフェリーからは練習試合なので怪我には気をつけることと言われたよ。今日、この瞬間から新生大上高校氷球部だ!」


そう言い終わると、大地さんは氷にスティックをつけた。


すると全員がスティックを氷につける。


「大上〜〜〜1、2、3」


『パァン』


全員が氷にスティックを打ち付けた後、キーパーのレガースをスティックで順番に叩いていく。


3年の雄司さんのレガースを叩くことは少し気が引けるが、おまじないのようなものだ。


1セット目がフェイスオフのポジションに着き、2、3セット目がベンチへ戻る。


ベンチに戻ってすぐに龍は先生のところへ行き、CFで出ることを申し出た。


「おぉ!CFやってくれるか!ありがとう!よろしく頼む!」


控室で言わなかった理由は、龍の中で今ひとつ決心が固まっていなかったのか、もしくは考えている最中だったのかもしれない。


そこで俺は、ベンチで龍に聞いてみた。


「なぁ龍、CFでいいのか?FWじゃなくて?」


すると龍は何かが吹っ切れた表情で答えた。


「俺ずっと兄貴を目標にしていてFWやってたんだよ。けどそのこだわりをこれを機に捨てようってさ。俺は俺。これからCFとして一流目指すよ!」


そう言った龍は、なんだか大人びていたというか、すでに一流の選手のような顔立ちだった。


「じゃ、これから俺のカバー頼むぜ!」


俺は龍の肩を叩きながら言った。


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「亜里沙ちゃん、ホッケーの試合は初めてじゃないよね?」


ベンチ横で3年マネージャーの絵真さんが1年マネージャーの亜里沙に話しかけていた。


「はい!兄の試合を何度か見ていたので!けどリンクサイドにいるのは初めてです・・・」


アップ中もベンチ横でマネージャー2人は準備していたのだが、フェンスにパックが当たるたびに亜里沙は「ひっ!」と言う声を上げながらビビり散らしていた。


「あの音、怖いよね〜。私も慣れるまでは時間かかった。けど大丈夫!ボードの後ろにいる限りはパック当たらないから!」


ベンチ横のフェンスにはハイボードが設置されており、パックが来ることのない安全地帯だ。


しかしベンチはハイボードがないため、胸の辺りまでしかないフェンスだけ。


デンジャラスゾーンなのだ。


「べ・・・ベンチの後ろのドリンクを取りに行くときは・・・」


何かを想像してさらにビビり散らかしている亜里沙。


「ん〜、できるだけ素早くってことと、試合中じゃなく合間に確認しに行ったほうが良いかも?」


アイスホッケーの試合はよく止まる。


その試合が止まる時を目掛けてドリンク補充の確認に行くということだ。


「なるほど!」


「ちなみに亜里沙ちゃん、ホッケーのルールは知ってる?」


突然亜里沙の顔が暗くなる。


「あの・・・兄がやってて何度も試合はみているのですが・・・全くわからず・・・」


そんな亜里沙を見て、絵真はフォローを入れた。


「大丈夫!私もホッケー見るの初めてなのにマネージャやって、今はルールだいたいはわかるから!スコアも付けてるから、少しずつ覚えれば問題ないよ!」


そう言われた亜里沙は、安心しきっていた。


「絵真さ〜ん!色々おしえてください〜」


すでにその時はすがりり付いていた。


「と・・・とりあえず最初はドリンク補充はいらないから、横にいて?ルール教えるから」


そう言われると、亜里沙は絵真にぴったりくっついていた。


「あ、それから」


何かに気づき、絵真は亜里沙に何かを差し出した。


「はいこれ、貼るカイロ。厚着してるけどそれでも寒いから。内側に貼っておいたほうがいいよ」


それを言われた亜里沙は涙目になりながら


「はいぃぃぃ・・・もうすでに寒かったんです・・・」


と言いまたすがりついた。


「いやいや、亜里沙ちゃん、大袈裟だって・・・・」


そこには少し引いている絵真がいた。



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「おぉぉ!ギリギリフェイスオフに間に合った〜!」


アリーナの観客席から顔を出したのは、宮崎紅音だった。


「紅音がラーメン替え玉するからでしょ!食いしん坊!」


妹の宮崎綾愛が続いて入ってくる。


「仕方ないじゃん!大学生は食に飢えてるんだぞ!」


そう言いながら怒るそぶりを見せる。


「ってかそもそもここまで連れてきてあげたんだから文句言わないでよね〜」


紅音の言葉に、綾愛は顔が赤くなる。


「それは・・・その・・・えっと・・・」


綾愛は黙ってしまった。


「はいはい。ほんと来る途中の車でもずーっとミヤの話ばっかり。とっとと告白でもなんでもすりゃいいのに。綾愛らしくもない」


さらに顔が赤くなる綾愛。


「それは言った通り、好きかどうかわかんないって言ってんじゃん!なんでわかんないの!F×××'in sister!」


「あんた何その日本人が雰囲気で使いそうなエセ英語www。もう英語喋れなくなったんじゃない?ま、姉は見守るし相談も受けますよ〜」


そう言うと観客席に座りリンクを眺めた。


「えっと・・・あれ・・・ミヤ何番?出てる?」


紅音がリンクを隅々まで見るも、ヘルメットを被っていて見つけることができない。


「2番!目、悪いんじゃないの?」


すかさず綾愛が答える。


「ほぇぇ。練習試合なのに蒼と同じ番号かぁ。ってか綾愛〜、あんたやっぱりすぐわかるんだね〜。私も蒼見つけるのは誰よりも早かったからなぁ〜」


そう言って高校時代の自分と重ね合わせて、紅音は昔に浸っていた。


「いいから!そんな昔思い出してたらすぐ老けるよ!」


綾愛にそう言われ、紅音は落ち込んでしまった。


しかしすぐに我に返る。


「ま、好きでも憧れでもどっちでもいいけどさ?とりあえず私が見たいって程にしてわざわざここまで連れてきたんだから感謝してよね〜」


そう言う紅音に対し、『うん、ありがとうありがとう!』と膝を叩きながらとりあえずお礼はしたものの、目線はミヤに注がれていた。


「我が妹がこうなるとはねぇ・・・。ま、昔の自分を考えると人のことは言えないか」


そう言って、現在の大上ホッケー部の試合を見る紅音であった。

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