試合前の緊張
練習試合直前
控室では各自着替えや準備を進めていた。
誰かに話す人、1人黙々と準備をする人、音楽を聴く人。
この時間は最も個性が出る時間帯だ。
1人、音楽を聴きながら異常なまでにノリノリな人がいる。
2年の坂下響(サカシタヒビキ)さんだ。
横にいた光さんに小さな声で響さんについてどんな人なのか尋ねてみた。
「見ての通り、身長も体格も申し分ない才能に溢れたやつなんだけど、軽音部にも入っててなぁ・・・」
軽音部?
音楽をやっている人なのか。
「ホッケーもできて音楽もできるなんてすごいっすね。」
俺は率直な感想を言った。
するとその印象とは逆に、光さんの表情が少し曇った。
「まぁそうなんだけど、もう少しホッケーに集中すりゃいい選手になると思うんだけどなぁ・・・」
今まで大上の先輩たちはホッケーに情熱を注いでいる人ばかりという印象を受けていたが、そうでもないらしい。
「あ、けどなぜか不思議とうまいんだよ。今日わかるよ。」
そう言うと、光さんは準備に戻った。
今まで陸トレや基礎練習しか見ていなかったので、初めて大上ホッケー部の実力がわかる。
確かに響さんは、陸トレでも遅れをとっているところを見たことがないし、基礎もできている印象だった。
兼部しているとは意外だった。
全員の準備が終わった段階で、川上先生がみんなの前で話し始めた。
「よし、じゃあ今日のセットを発表する。1、2セット目はいつも通りだ。2、3年が入り構成する。1年生は1年生でセットを組め。CFがいないから1、2セット目のCFが順番に入ってやれ。ただし、CFの体力を考えると途中で2セット回しにすることを頭に置いておけ。」
『はい』
最初の練習試合から試合に出られるとは喜ばしいことだ。
「それから1年、これ持って行け」
そう言うと、川上先生はダンボールから練習試合用のユニフォームを出した。
「ユニフォームのサイズと同じだからな。手に取った背番号とサイズを杉浦に伝えてくれ」
1年生は各自ユニフォームを取り出す。
そこで見つけたのは、背番号2だった。
即座に取り出し、着てみるとちょうど良い。
「やっぱり2番か!?よかったな!サイズ合って」
同じ中学だった斗真さんが少しからかうように言ってきた。
「は、はい!」
照れながら俺は答えた。
「舞い上がってんじゃねぇよ。背番号で上手くなるなら誰も苦労しねぇよ」
そう言ってきたのは朝陽だった。
「わかってるよ!けどずっと2番だったから落ち着くじゃん」
そう言うと、朝陽は『そうか・・・』と言いながら自分が元いた場所に戻って行った。
その姿を見ながら、朝陽にとってこれがただの練習試合ではないことを思い出した。
背負うものが違うんだ。
「それから、キーパーの先発は白井!今日は練習試合だから2Pで佐賀、3Pは時間で区切るからそのつもりで」
『はい!』
川上先生の声に雄司さんとトモが同時に返事をする。
「で、今日は練習試合だし、うちはまともな氷上練習もしばらくしていないから試合感を取り戻すために思いっきりやってこい!」
思いっきり・・・・
その言葉を心で繰り返すたび、緊張が込み上げてきた。
「知っての通り、塩原工業は攻めというより守りが半端じゃない。極め付けはU18候補の井口だ。まともにやったんじゃ点数は取れない。数的優位をとれだけ作れるかが鍵になるからな!」
『はいっ!』
全員声を揃えて答える。
「よし!じゃあ行ってこい!」
川上先生の一言で、全員が立ち上がりリンクへと向かう。
控室横に立てかけてある自分のスティックを手に取り、列になって歩いていく。
このシーンが最も気が引き締まる。
リンクサイドに到着すると、ちょうど製氷のザンボニーがリンクから出るところだった。
ベンチにタオルと予備のスティックを置き、リンクへ出ていく。
リンク反面をぐるぐる回り、リンクの感触を確かめている時、キャプテンの大地さんが氷にスティックを3度打ち付ける。
『パン!パン!パン!』
アップ開始、ダッシュ開始の合図だ。
「ウイ!」
『ウイ!』
「ハッ!」
『ハッ!』
独特の掛け声を出しながら、リンクをぐるぐる回る。
『パン!パン!パン!』
次に大地さんがスティックを氷に打ち付けた音を聞き、パックを使ったアップに入る。
列に並んでいるとき、太一が相手側を見ながら話しかけてきた。
「おい・・・あれ・・・」
目線の先を見ると、朝陽の先輩である井口翼がいた。
しかし何か違和感がある。
普通のキーパーとは違う何かが・・・
悩んでいると、それを見かねた陸斗さんが教えてくれた。
「違和感感じたんだろ?よーく見ろ?井口はサウスポーなんだよ。」
「あっ!」
言われて違和感の正体に気づいた。
右利きのキーパーは右手にブロッカーをつけてスティックを持ち、左手はミット、つまり野球グローブのような防具をつける。
しかし井口翼はそれが左右反対なのだ。
「初めて見ました・・・」
すると陸斗さんは加えて教えてくれた。
「特殊ってそういうことなんだよ。ブロッカーとミットなら基本的にブロッカー側の肩口のほうが防ぎにくいのでみんな狙うだろ?それに慣れちゃってどうしても向かって左を狙いがちだ。多くのキーパーが右利きだからプレーヤーもそれに慣れてるが、いつもの癖で井口にシュートを打つとミットの餌食ってわけだな」
なるほど・・・
サウスポーというだけでアドバンテージがあるのか・・・
超高校生級キーパーはとてつもない壁かもしれない。
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