キーパーとして

2日目の氷上練習が始まった。


午前中は相変わらずスケーティング練習だったが、午後の練習はパックを触れるという点で全員のテンションが上がる。


「じゃあ今日はシュート練習だな」


川上先生がリンクに上がり、全員に言った。


プレイヤーがアップ中、キーパーは基本の復習を行なった。


コーチは田島先生だ。


大上のキーパーは2人。


1年のトモと3年の白井雄司(シライユウジ)。


現在のキーパーの基本は、バタフライスタイルと言って足を両側に開いて座ったままシュートを受ける。


低いシュートはレガースに当てて弾けるので、上半身の動きに集中できることが利点だ。


「じゃあいつものルーティーンから。雄司、頼むよ」


田島先生が雄司さんにそう声をかけた。


「多分中学でもやってたから見たらわかるよね?トモは俺の正面に立って同じことをやってみて?」


そう雄司さんが言うと、トモは言われた通り正面に立ってキーパーの基本であるアップルーティンを始めた。


単純な横の移動、スケーティング、バタフライスタイルからの横移動・・・・


全てにおいて、雄司さんが1度漕ぐとトモの倍は進んでいた。


さらにトモが息が上がっているのに対し、雄司さんは呼吸の乱れはなく、アップ完了という感じだった。


身体が大きいことと、中学まではある程度うまいほうのキーパーだったトモのプライドが音を立てて崩れ去った。


「よし、じゃあ今度はスタンディングからバタフライの繰り返しで立つ、座るを繰り返す!まず20回!」


田島先生にそう言われ、笛とともに2人は立つ、座るの繰り返しを始めた。


「9・・・10・・・11・・・」


トモが心で数えながら練習を行っていると、雄司さんはもう終わっていた。


プライドはおろか、キーパーとしての自信がなくなった瞬間だった。


さらにトモは呼吸を荒くしながら動けずにいると、雄司さんは声をかけた。


「おい、何暗くなってんだよ!そんなんで大上のゴール守れると思ってんのか?」


厳しい言葉をかけられた。


「す・・・すいません・・・!」


心がズタズタになっている時にきつい言葉をかけられると立ち上がれないほどに落ち込んでしまうものだ。


トモに関しても例外ではなく、この時すでにリンクから出たい気持ちでいっぱいだった。


しかしせっかく塩原市まで来て、合宿に参加し、ここでリンクを離れるわけにはいかない。


落ち込んだ気持ちを奮い立たせようとして、なんとか次の練習に移ろうとした。


「落ち込んで立ち直れないんならリンクから出ろよ。邪魔だ。」


雄司さんが行動を始めたトモに対し、キレ気味で言った。


トモが『ハッ』とした次の瞬間、田島先生が見かねて口を開いた。


「白井君は言葉が足りなさすぎます。それではただの後輩いじめですよ?」


「えっ?だって・・・・」


雄司さんが田島先生の言葉にショックを受けている。


「まぁ最初は仕方ないですよ。とりあえず白井くんはゴールを使ってポジションの確認練習をしていてください」


そう言われ白井さんはゴールに立ち、ゴールポストから中央前、逆のゴールポストと順番に移動しながら、スタンディングでポジション確認とバタフライの練習を始めた。


田島先生とトモはベンチ前に移動し少し話を始めた。


「白井くんね、気合いが入っているんですよ。来年にはもう自分は大上にいないから、佐賀くんにゴールを託そうって」


トモは驚いた顔をして田島先生を見た。


「親でもそう、教員もそう、期待すればするほど気持ちばかりが焦ってしまい、言葉が足りなくて伝えたいことが伝わらないものなんですよ」


田島先生はトモに笑いかけながら話した。


「僕もキーパーだったからわかりますが、何点取られても控えのキーパーがいなければ自分が立たなければならないし、どんなに強いシュート、もしくは相手が何人でシュートを打ちに来ても、自分さえセーブすれば得点にはなりません」


このことはトモも考えたことがあった。


「逆に、プレイヤーがシュートコースを絞ってくれたにも関わらず、自分が止められなければ1失点です。」


これはキーパーが最も落ち込む失点だ。


「どちらにせよ、キーパーはチームの一員でありながら、失点するかしないかという問題には必ず関わるポジションなんです。とても責任がありますね?」


そう。


キーパーが悪くない場面の失点でも、最後にシュートを止められなかったことで落ち込むケースが多々ある。


「けどいちいち落ち込んでいては、キーパーは務まりません」


トモはハッとした。


「例え20点取られても30点取られても、失点後のフェイスオフの瞬間までに気持ちを戻さなければならないんです。」


トモは今までに、失点で落ち込んでいる間にさらに失点を重ねてしまうというミスを何度も繰り返していた。


「もっと言うと、キーパーは一番後ろでプレイヤー全員を見ます。そこで指示も出します。そんな人が落ち込んでたら、チームはどうなりますか?」


想像するまでもなく、すでに経験があった。


「チーム全体が暗くなります・・・」


思い当たる節がある分、図星すぎて答えるのもやっとだった。


「そうですよね。その結果、勝てる試合も勝てなくなります。今練習で自分自身の実力に対して落ち込んでいる佐賀くんを見て、キーパーならそんなことで落ち込んでいる場合じゃないってことを白井くんは伝えたかったんですよ。」


全て話が理解できた。


「それと、一応大上のキーパーはできるだけ全員使うスタイルなんです。佐賀くんにも経験してほしいから。白井くんが出てない間も、きっと安心して佐賀くんにゴールを任せたいと思ったからああ言ったんでしょう。」


トモは小声で「俺にゴールを・・・」と呟いた。


「さ、できるだけ多くを白井くんに教えてもらいましょう!」


「はい!」


そう言うと、トモは雄司さんのところへ走っていった。


「雄司さん!すいません落ち込んで!


すると雄司さんもそれに応えて


「お・・・おぉ・・・俺も言葉少なくてすまん」


と、少し照れながら言った。


「俺はポジション確認したからよ、トモもしっかり確認しろよ?今日はバカみたいにシュート飛んでくるからな?」


そう言いながら、ポジションで気になる点を田島先生と共に指摘するのだった。

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