過去の壁

「よし!じゃあ行きますよ!」


遠征1日目


田島先生の運転するバスで俺たちは塩原へと向かった。


以前、塩原工業という名前を聞いて様子が変わった朝陽がずっと気になっていた。


今日もなんだかいつもより暗い感じがする。


いつも明るい方ではないが・・・


気になった俺は、バスで隣の座席に座った。


「なぁ、塩原工業に知ってるやつでもいるのか?」


俺は朝陽に何気ない感じで聞いてみた。


「ん?なんで?」


今が素気なく答えたが、突然聞かれるとそう答えざるを得ない。


「いや、塩原工業って名前を見た瞬間お前の様子が変わったからさ。知り合いでもいるのかなって」


「あぁ、様子が変わってたか。いるよ?中学時代の先輩が」


中学の先輩?


今は東豊市出身であり、位置関係は東豊市と塩原市の間に厚条市がある感じだ。


つまり、その先輩というのは東豊市と厚条市のさらに倍の距離を移動して進学したということだ。


距離にして150km×2くらいだ。


「東豊市から塩原市ってめちゃくちゃ遠くね?そんなに塩原工業に行きたかったのかな?」


俺は単純に疑問に思ったことを言った。


「塩原市ってインターハイ優勝常連の高宮学園があるだろ?そこと一番試合ができるのは塩原市の高校だから決めたらしい。あとは顧問の先生も理由だったかな?」


一番試合ができる?


だったら高宮学園に入ればよかったのに。


「なんで高宮学園に入らなかったんだろ?」


朝陽にそう聞くと、ため息混じりに答えた。


「試合で勝ちたいらしい。ほんと、変人だよな。高宮学園から推薦も来てたのに」


そう答えると、今は面白くない顔をした。


しかし、先輩がいるくらいであんなに表情が変わるとも思えない。


「その先輩と朝陽はなんかあったのか?先輩がいるだけであんなに表情変わることもないだろ?」


この話をするのはもう疲れたという具合に、朝日は答えてくれた。


「俺の一つ上のチームキャプテンだったんだよ。西ヶ峰中の。」


チームキャプテン?


「キャプテンじゃなくチームキャプテンてどういうことだ?」


俺がそう聞くと、『ヤレヤレ』と言いたげな雰囲気で朝陽は答えた。


「おまえ何年ホッケーやってんだよ?ホッケーでキーパーはキャプテンになれない。けどまとめる力がすごければゲームキャプテンとチームキャプテンを分けて立てるんだよ。」


あ、確かに聞いたことがある。


「ってことは、その先輩はキーパーなのか?しかもまとめる力がすごいんだ?」


まとめる力というのにピンと来ていなかった俺は、何も考えずに質問責めにしていた。


「あぁ、そうだよ。周囲からの信頼も絶大だった。俺はその先輩にキャプテンを託された。けど、何一つあの人には勝ってない。越えなきゃいけない壁だったのに、越えられなかったんだよ。」


少し興奮気味に朝陽が答えてきた。


「そんなことないじゃん!全国優勝してんだから!」


すると朝陽は天を仰ぎながら言った。


「あの代は全道・全国ダブル優勝だ。俺の代はチームがまとまってたとも言えないしな・・・」


そんなこと少しも知らなかった。


「け・・・けど、今回試合して朝陽が活躍してる姿でも見れば、成長してんなって思えるんじゃね?どうせならその先輩から点取っちゃえよ!」


フォローの言葉が思いつかず、焦りながらのセリフだった。


「できたらいいな・・・その先輩は今3年のキーパーを差し置いて聖ゴールキーパーになって、新人戦は高宮学園に勝ってんだぞ?」


インターハイ優勝校に勝っただって・・・?


朝陽はさらに続けた。


「新人戦の結果で夏にある全国選抜出場も決まってるな。『新人戦の塩原工業1年のキーパーはやばかった』って噂になりまくってたんだ。」


そんなにすごいのか・・・


大上高校は新人戦では結果振るわず、今年の全国選抜には出ることができない。


暗い雰囲気になってしまったが、なんとか話題を逸らそうと話を振ってみた。


「そういえば俺たちの代の西ヶ峰中のキーパーもうまかったよな?マジでぜんっぜんシュートコース空いてなかったぜ?」


俺がそう言うと、朝陽は『あぁ・・・』と言いながら続けた。


「あいつ、北海道から出たぞ?中学の2年間はその先輩がいて試合にあまり出れなかったんだ。だから、試合に出れる高校でインターハイの出れる高校を選んでそっちに行った。」


まずい・・・


結局話題を逸らすことに失敗した。


「そっか・・・」


なんとなく気まずい雰囲気になってしまい、俺たちはそれから会話という会話ができなかった。

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