お山トレーニング
「マジかよ・・・」
「今日終わった・・・」
部活の移動中、先輩たちからそんな声が聞こえてきた。
以前までのメニューであれば淡々とこなしてきた先輩たちが、こんなことを言うのは珍しい。
「これから何があるんすか?」
移動しながら大地さんに聞いた。
「行けばわかるよ・・・」
と、暗い表情を見せながら答えてくれた。
大地さんがこんな表情になるとは、並大抵のメニューではないことは察しがついた。
先輩たちの表情が一変したのはいつも通りアップが終わって部室前に集合した時のことだった。
集合すると、そこにはいつも通り川上先生と、珍しく田島先生がいた。
その時点で「まさか・・・」といたるところで声が聞こえてきた。
そこで川上先生が「よし!移動!」
そう言った瞬間、この重苦しい雰囲気になったのだった。
部室からランニングペースで15分ほど移動すると全体が止まった。
「よし!2人1組で並べ!」
そう川上先生が指示した場所は、山のふもとだった。
「じゃあスタートラインはここだ。」
そう言って指差した先には、しっかりと整備してあるところではなく、森に囲まれたまさに獣道だった。
先頭に並んでいるのは大地さんだったが、その横に川上先生がいる。
「じゃあ田島先生!あとお願いします!」
そう言うと、川上先生は体勢を低くした。
「よーい・・・ゴー!」
そう言うと、川上先生と大地さんは、森の中へと消えていった。
「よーい・・・ゴー!」
今度は田島先生の声で、2番目に並んでいた先輩たちがスタートした。
山道をダッシュ・・・・
坂ダッシュでもキツいのに、整備されていない道を走るというのはキツいことが容易に想像がついた。
いよいよ次は自分の番だ。
「よーい・・・ゴー!」
そう言われてスタートした。
しかし、どれくらいの距離なのかがわからず、ペースに困惑した。
先輩たちを見る限り、ダッシュでスタートしていたのでそこまで長い距離ではないと言う予測を立てた。
しかも一緒にスタートしたのは今だ。
負けていられない。
しかし山道を走るのは想像以上に苦しく、足を踏み込む場所も確認しながらなので集中力も削がれがちだ。
登っていくにつれて、どんどん呼吸が苦しくなり足が重くなる。
「はぁはぁはぁ・・・・」
距離がわからないのでこれが永遠に続くのではないかとも思えてくる。
身体のいたるところで脈を打っているのを感じる。
正直、歩いて登るのと変わらないペースになり、意識して足を上げなければ倒れ込みそうになったところで光が見えた。
少し進むと先輩たちの姿も見える。
しかし、すぐそばには今がいる。
光の手前にパックがあることをイメージし、俺は最後の力を振り絞った。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
苦しいがとにかく声を出して登っていった。
なんとかゴールできたようだが、息が苦しい。
その場に倒れ込み、呼吸を整えた。
「ナイスラン!」
「大きく息吐け!」
先輩たちがそんな声を掛けてくれた。
「負けたやつはスクワット30な!」
そう言われた今はスクワットを行い始めた。
「重心前すぎだ!」
「ケツ落ちてねぇよケツ!」
このダッシュの後にスクワットはキツいが代償運動が入り腰や膝を痛めるため、正しいフォームのスクワットなのかを周りが注意するのだ。
「はぁはぁ・・・死ぬ・・・・」
「無理・・・マジで無理・・・」
そんなセリフを吐きながら、他の1年生も次々と帰ってきた。
最後に田島先生も登ってきた。
全員が帰ってきて罰ゲームのスクワットが終わったところで、川上先生が口を開く。
「よーし!東、佐賀!お前ら後ろのやつに抜かれたな。スクワットプラス30!」
なんと、後ろに抜かれるとさらにスクワットが加算されるシステムだった。
「次からは俺が一番後ろを走るからな。抜かれないように頑張れよ!」
そう言うと、全員で山を下る。
下について再び全員が並んだところで川上先生が
「とりあえず今日は10本!じゃ、2本目!よーい・・・ゴー!」
これを10本・・・?
果たして登れるのだろうか・・・
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なんとか10本を終わらせ、部室前へ戻ってきた。
戻ってくる時はかろうじてランニングを行なっていたが、20分以上かかってしまった。
ダウンのストレッチを行なったが、足の感覚がいつもと違い何かおかしかった。
最後に集合し、川上先生が説明を始めた。
「まず、今日の帰りは転ばないように注意しろ。今筋肉痛はきていないかもしれないが、感覚が麻痺しているだけで筋細胞は傷ついているからな。普段通りで動くと転ぶぞ」
そう言っている川上先生はいつも通りである。
一体どんな筋力をしているのだろう・・・
「あの山は知り合いが所有している山でな。トレーニングにはうってつけだろ?」
1年生に笑顔を見せながら問いかけてきたが、一同苦笑いだった。
「とは言え、2、3年もしっかりケアして気をつけて帰れよ?怪我は大敵だ。」
そう言うと、先生はプリントを配布し始めた。
「次の連休、2泊3日で合宿を行う。場所は塩原市だ」
合宿!?塩原ってことは遠征!?
「塩原は年中リンクがオープンしているからな。日程表にも書いたが、午前中は一般滑走で氷に慣れて夕方練習。最終日に塩原工業と練習試合を行う。」
練習試合という言葉に興奮せざるを得なかった。
しかも相手は塩原工業・・・!
インターハイ常連校で、全国ベスト8にも入る高校だ。
「2、3年生は知っているかもしれないが、塩原工業の顧問の先生は元大上にいらした先生だ。1年生は高校全国区のレベルを味わってくるつもりでな」
インターハイレベル・・・
ほんの数ヶ月前まで中学の全国レベルも知らなかったが、ついに高校全国レベルを知ることになると考えると、ドキドキしてきた。
「よし!じゃあ解散!」
そう言われてヘトヘトな身体をなんとか動かして帰路につこうとした時、ふと今が目に止まった。
「塩原工業・・・」
今は塩原工業の文字を見つめながら、じっと動かなかった。
「朝陽?どうした?帰ろうせ?」
珍しく自分の世界に入っていた今に話しかけた。
「お・・・おぉ・・・」
なんだかいつもとは様子が違った。
「お前、塩原工業になんか関係あんの?」
そう聞くと今は
「ちょっとな」
そう答えて、先に帰ってしまった。
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帰宅後、早速グループに遠征のことを話すことにした。
都『今度の連休遠征決まったよ!塩原工業と練習試合付き!』
蒼『塩原工業か。懐かしいなぁ。俺らもよく練習試合したから思い出いっぱいあるよ』
紅音『確か全道でも当たったことあったよね?そこまで強くない印象だけど?』
蒼『俺らの時はそうでもなかったけど、今は全国の強豪だよ。大上を強くした先生が顧問だからね。』
大上を強くした・・・
その言葉に興味を惹かれた。
都『大上って蒼にぃちゃんが入ってから強くなった印象だけど、そうでもないの?』
蒼『いや、あの先生が顧問だった時に少しづつ強くなり始めて人が集まり始めたんだ。川上先生の指導も土台は今の塩原工業の顧問の先生が作ったようなもんだから』
都『ってことは大上ホッケー部の起源みたいな人なんだね。』
蒼『だから大上が弱くなったなんて思われるわけにはいかないんだよ。』
蒼にぃちゃんの言葉に気持ちが引き締まった。
紅音『連休最終日かぁ・・・私も実家帰るからなぁ。見に行こっかな?綾愛?行かない?』
綾愛からの返信がない
紅音『綾愛?あれ?いない・・・?あ・や・め〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!』
・・・・数分の時が流れた
綾愛『あ〜もう!いつでもスマホ近くにあるわけじゃないんだから!個人にも送ってこないでよ!』
あ・・・怒ってる・・・
紅音『だって連休の予定決めたかったんだもん。遠征になるけど私の車でどう?ドライブ?行かない?』
綾愛『ん〜、いいけど・・・あ!塩原の味噌ラーメン食べたい!それなら行く!』
ラーメン目当てか・・・
恐らくそこまでホッケーが好きなわけではないだろうし、紅音さんについていって試合を見るのは中学全道で慣れているからだろう。
紅音『それならって・・・まぁいっか。じゃあ見に行くね〜!』
突然来ることになった紅音さんと綾愛。
紅音さんとは直接話したことはないし、普段話している綾愛に試合を見られるのは少々緊張する。
綾愛『ミヤ、緊張して変なことしないようにね!』
綾愛は心が読めるのか・・・
都『しないし!高校で初のリンクだし、初の全国レベルだからやるだけやってみるつもり!』
練習試合があると聞いた時から、その気持ちだった。
蒼『川上先生は1年生でも練習試合はどんどん使うしセットも組み替えまくるからな。できることをやるといいね!』
蒼にぃちゃんの言葉、心に刻まなければ。
紅音さんから『fight!』というスタンプが送られてきて、その日のグループでの会話は終わった。
しばらくしてスマホが鳴った。
綾愛からの通話だった。
「もしもし?」
俺が受けると開口一番に
「誰が来てるとか遠征とか考えずに、練習試合は思いっきりプレーしてよね?中学最後の試合みたいに!」
そう力強く言われた。
「お・・・おぅ・・・」
恒例の勢いに負けてしっかり返事ができなかった。
「じゃ、おやすみ!」
『ピロリンッ』
切れてしまった・・・・・
「今の電話はなんだったんだ・・・・」
不思議そうにスマホを見ていると、ねこのエットが不思議そうにこちらを見ている。
「ま、やるだけやるだよな!」
エットにそう話しかけると、『さぁ?』と言いたげな顔を見せて部屋を出ていった。
ほんと、ねこは気まぐれだ・・・・
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