部活も勉強も

「1年は運ぶものがあるから着替えて職員室集合だって。」


海斗から伝言があり、部活前に職員室へ1年生が全員集合した。


「おぉ、悪いな。ちょっとこれを部室まで運んでくれ」


運ぶものとは、ハードルだった。


ハードル?陸上部でもないのに・・・


同じ疑問を抱いていたのか、太一が口を開いた。


「先生、ハードルって何やるんですか?」


すると先生がニヤリとしながら答えた。


「ホッケーに必要な筋肉とは何かが痛いほどわかるからな〜」


ちょっと不安にもなったが、強くなるためなら頑張れる!


部室前に集まり、いつものアップ後に再び部室前に集合した。


相変わらずアップと言えどきつい・・・


「今日はハードルだ。山崎、ちょっとお手本見せてみろ」


「はい!」


そう言うと、3年の山崎さんがハードルの横1mくらいに立った。


本来ハードルを超える向きに立ち、そこから横に90°回った状態だ。


すると軽々とハードルを片足ジャンプで越えて、さらに着地では膝を曲げた状態、つまりスケートを滑るカッコで静止していた。


「本題はここからだ」


そう言うと、先生は山崎さんの肩を押した。


微動だにしない。


「アイスホッケーは他のスケート競技と違ってコンタクトスポーツだ。これくらいの衝撃でふらついていたら話にならんぞ」


先生はそう言うと、俺にアイコンタクトを送ってきた。


「滝澤!ちょっとやってみろ」


「はい!」


言われるがまま、見よう見まねでハードルを飛び越え、静止した。


山崎さん同様に肩を押された時だった。


「わわっ!!!」


軽く押されただけなのに、俺はふらついて倒れそうになった。


先生にかろうじて掴まれたが、山崎さんより弱い力で押されたのに簡単に倒れてしまったことだショックだった。


「ま、最初はこんなもんだろ。必要なのは重心と体感だ。滝澤!もう一度やってみろ」


言われるがままに、ハードルを飛び越えてさっきの体勢をとった。


「ここからもう少し膝を曲げて・・・腰は曲げすぎだな。」


フォームを修正されると確かに安定している。


しかし、予想以上に足が辛い。


「よし、滝澤。いいぞ。さっき俺が修正したフォームにいつでもなれるようになれ。他の1年も同様だ。」


さっきのフォームを常にキープするとなるとゾッとした。


すでに足がプルプルしている。


「ウエイト同様に1年には2、3年がついてしっかり見てやれよ?じゃ、行くぞ!」


先生が笛を吹くたびにハードルを超える。


10往復すると次の人と交代だ。


ハードルは競技で使用するのとは少し違い、バーの部分がどちらにも倒れる仕組みになっていた。


そのためハードルにはどちらから当たっても安全なのだが、後半になるとハードルを越えられない状態が続いた。


三浦さんが俺を見ながら言ってきた。


「ほら!どした!ハードル越える力もないか?あと一歩でパックに追いつこうとする時、もっと力出るだろ!」


そう言われると確かにそうだ。


あと一歩でパックに届きそうなことを想像しながらハードルを越えると、少しだけマシになった。


「はぁはぁ・・う・・・うす!」


呼吸もままならない状態で俺は三浦さんに答えるのでやっとだった。


3セット終わったところですでに1年全員が息を上げて倒れ込んでいた。


「よし、あと2セットな。そのあとは体幹!」


2セット・・・・死んでしまうのではないだろうか・・・


なんとか2セットを終え、体幹トレーニングに移った。


先輩たちに教えられながらトレーニングを行なっていたが、これもきつい。


「ミヤ!ケツあがってんぞ?お?」


坂井さんにそう言われながら、腰の部分を押されて正しいフォームに戻される。


「中学の時みたく余裕でこなしてみろよ〜ん〜???」


坂井さん、若干嫌味が入っている気がする・・・


「は・・・はいぃぃ!!!」


すでに変な声が出ているが、そんなことは気にならなかった。


「はぁはぁはぁ・・・・えっ???」


苦しい中で顔を上げると、山崎さんが足に5kgの重りを紐でぶら下げ、足を上下に動かしながら体幹を行っていた。


驚いて周囲を見ると、3年生全員、2年生の一部が同じメニューを行っている。


「え・・・あ・・・あれ・・・」


驚いてはいるものの息が上がっているので、まともな言葉が出なかった。


気づいた先生は答えてくれた。


「ある程度筋力がつくとあれくらいはやってもらう。重りは関節の負担にもなるから、ある程度できるようになったらな。」


正に異次元だった。


驚きと同時に、早く重りを持てるくらいまでに成長できるようになろうと決心した。


「よし、今日の部活はここまでだ。いつも通りウエイトで自主トレやりたいやつは45分だけ解放してやる。今日のメニューの後にそれ以上やると、逆に筋肉によくないからな」


自分としてはすでに上半身の筋肉痛が取れていたためウエイトに参加することにした。


ウエイトを行なった後に帰ろうとすると、周囲はすでに暗くなっていた。


俺は自転車がある場所へと向かったが、その道が暗く目が慣れるまで全く前が見えなかった。


「っっってぇ!」


突然何かにぶつかった。


「ご・・・ごめんなさい!!!!」


女子の声がした。


暗がりだが、転んだようだ。


「こっちこそごめん!前が暗くて見えなくて・・・」


そう言って手を差し伸べた。


相手が俺の手を掴んだ頃に、やっと目が慣れてきて相手の顔を確認することができた。


「あ・・・綾愛?」


そう、ぶつかった相手はよりにもよって綾愛だった。


「え?ミヤ?ちょっとどこ見て・・・イタっ・・・」


「ちょ・・・大丈夫か?」


どうやら手を擦りむいたらしい。


「ん・・・ヒリヒリするけど大丈夫。あと帰るだけだし。暗くても気をつけてよね」


そう言って自転車置き場のほうへ歩き出そうとしている綾愛の手を咄嗟に引っ張った。


「けど切れてんじゃん。今職員室行けばまだ誰か先生がいるはずだから軽い手当てしてもらえよ」


「ちょ・・・ミヤ?ほんと、大丈夫だって。面倒だし」


そう言ってはいたが、応急処置をするに越したことはない。


少し無理矢理ではあったが、綾愛を職員室まで連れて行った。


知っている先生はあまりいなかったが、川上先生はまだいたので綾愛の応急処置をお願いした。


一通り手当が済み、綾愛が戻ってきた。


「お、滝澤も一緒だったのか。ちょうどいいから送ってやれ。暗い道は危ないからな」


「え?俺が・・・?」


返事を聞く前に、川上先生は「お疲れ〜」と言って職員室に戻っていった。


「別に送らなくてもいいからね?ほんと、大丈夫だから!」


とはいえ、直前に『暗い道は危ない』なんて言われると心配になる。


「いいよ、送ってくよ。」


そう言って綾愛についていった。


綾愛は自転車には乗らず、押していた。


「やっぱり手・・・」


俺がそう言いかけると綾愛は


「ほんと大丈夫!ちょっと手首も痛くてさ。念の為」


と答えた。


歩いて帰ると慣れば尚更心配になる。


ついてきて良かったと思った。


「先生もほんと大事にしすぎなんだよね。なんかごめんね?あんなこと言われて送る責任感じたよね?」


「直前に『危ないから』なんて言われたら心配にはなるけど、いいよ。俺にぶつかって怪我したんだし」


そう答えて横を見ると、少し恥ずかしそうにしている綾愛の顔が街灯に照らされた。


顔を見られていたことに気付いたのか、少し焦ったように綾愛は口を開いた。


「そ・・・そう言えば高校生活大丈夫そ?部活も大変だろうし、勉強だって簡単じゃないし・・・」


勉強・・・


授業が始まってすぐではあるが、すでに苦しくもなっていた。


「部活は毎日大変だけど力がついてるって感じして楽しいけど、勉強はなぁ・・・」


すると綾愛が厳しい表情になってこう言った。


「大上に入った以上勉強もやるってことでしょ?しかも勉強だって毎日やれば力がついてるって感じするし。甘えてんじゃない?」


『甘えてんじゃない?』が引っかかった。


「んなことないし!ただ学力の低さを痛感してるのは事実だから・・・」


言い返したかったが、うまく言葉が浮かばなかった。


「学力が足りない?入学式テストで数学満点とったのに?やればやっただけ結果出るのに、そんなの甘えじゃん」


追い討ちをかけられてしまった。


「・・・・」


返す言葉がなく黙ってしまった俺に対して、綾愛はまた少し焦りながら言った。


「それならさ?私が勉強教えてあげよっか?どうせわからないところそのままにしてんでしょ?」


それもまた図星だった。


しかし入学式トップの実力を誇る綾愛に教えてもらえるのは願ってもないことだった。


「いいのか?そもそもそんな時間なんてあるか?」


事実、今ですら部活終わりですでに外は暗くなっている。


リンクがオープンしたらもっと時間がなくなることは目に見えていた。


「別にいいよ?蒼もミヤの勉強は気にしてたし。時間ないならリモートでも教えられるし。それとも何?前みたいに紅音に教えてもらわなきゃ嫌なの?」


綾愛の表情が般若のように険しくなる。


「全然そんなことないよ!!!マジで!!!」


俺は立ち止まって綾愛のほうを向き、頭を下げながらお願いした。


「ほほぉ・・・よかろう。そこまでお願いされるなら教えてあげなくもないか」


突然の上から・・・・


さらに綾愛は言葉を発した。


「ま、ミヤなら問題ないでしょ。中学最後の試合でも最後まで諦めなかったもんね?」


中学最後?


全道か?


ってか、なんで綾愛が最後の試合を知ってんだ?


「・・・・見てたのか?」


すると綾愛は『しまった』という表情を見せたが、開き直って答えた。


「見たよ。紅音が帰ってきてて一緒に遊ぶ予定入れてたのにいきなり蒼が帰ってくるって言うから紅音は飛んでって、暇だから私はついていったの。」


見られていたのは知らなかった。


そこで一本の線がつながった。


「だから入学式の挨拶が終わった後、こっち見たのか?」


すると綾愛は顔を真っ赤にして怒り出した。


「は・・・はぁ?何言ってんの?じ・・・自意識過剰なんじゃないの???ミヤのことなんて見てないし!ってか、あの大人数の中でミヤだってわかるはずないじゃん!」


なぜここまで焦るのだろうか・・・?


「そ・・・そうだよな?俺も勝負の相手だって思って見てたから、自意識過剰になってたのかもな?」


そう言うと綾愛はホッとした顔になったが、急に喋らなくなってしまった。


これは気まずい・・・


「あ、そう言えば蒼にぃちゃんのことは昔から知ってるんだよね?一緒に遊んだりした?」


俺は咄嗟に綾愛に話題を振った。


「え?あ、うん。紅音が蒼と付き合い始めて少ししたら蒼が家に遊びにきたの。そこからたまに遊んでたよ!」


そう言いながら、過去にあったエピソードなどを話しつつ帰った。


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「じゃあうちすぐそこだから!ありがとね!」


そう言うと、綾愛は自転車に乗った。


「お・・・おぉ、手、大丈夫か?」


「なんとか大丈夫そう!お互いに蒼の過去エピソード知れたね!楽しかった!」


俺が持ってるエピソードと綾愛の持っているエピソードを話し合って、より蒼にぃちゃんのことが知れた。


「俺も楽しかったよ!じゃあまた学校でな!」


俺がそう言いながら手を振ると、綾愛は表情を曇らせて言った。


「『明日学校で』って何?昭和の高校生なの?帰ったらメッセージの一つでも入れなさいよ!どうせすでに勉強もわからないところあるんでしょ?」


「お・・・・おぉ・・・じゃあ帰ったら連絡します・・・というか、わからないところ教えてください・・・」


この勢いが出ると勝てない・・・


「よろしい。じゃあ家に着いたら連絡してね!」


そう言うと綾愛は勢いよく帰っていった。


帰宅後、まずは綾愛に『家に着いたよ!今日楽しかった!』と送った後、ご飯を食べてお風呂に入った。


落ち着いた頃には綾愛からのメッセージが届いていた。


綾愛『私もめちゃくちゃ楽しかったよ!手も大丈夫そう!わからないところ写真撮って送っといてね』


言われた通りわからない部分の教科書を写真に取り送ると、軽い説明が書かれたノートが送られてきた。


綾愛『これでどう?わかる?』


見るとめちゃくちゃわかりやすく、すぐに問題を解くことができた。


都『ありがとう!わかった!すげぇな!こんなにすぐわかったなんて天才かよ!』


綾愛『安心しない!同じような問題解いて定着させて!』


そう言うと、問題が送られてきた。


姉妹揃って教える才能がずば抜けている。


一通りの問題を解いた後、今日は終わりにすることになった。


綾愛『じゃあおやすみ!また明日ね!』


都『マジでありがと!おやすみ〜!また明日』


寝ようとした時に、一つの疑問が残った。


綾愛は部活に所属してないはずだが、なぜあの時間まで学校にいたんだろう。


調べ物でもしていたのか?


すると一通のメッセージが届いた。


紅音『今日はうちのアホ妹が当たり屋やったあげく送っていただいたなんてありがとね!』


当たり屋・・・笑


都『いえいえ。暗い中でしたが俺も注意に欠けてたんで!当たり屋って・・・笑」


紅音『なんか用事あったみたいで残ってたみたいなんだ。これからも綾愛のことよろしくね?』


というか、すでに綾愛は紅音さんに今日の出来事を話してたのか・・・


都『もちろんです!というか、姉妹で仲良いんですね!』


紅音『あ、今日の話すでに私が知ってるから?綾愛が報告してくることってあまりないんだけどね?よっぽど楽しかったみたいだよ?』


それだけ楽しいと思ってくれて良かった。


都『俺のせいで怪我しちゃったんで、その帰りに楽しい気持ちになってくれたならマジで良かったです!』


そうすると、紅音さんから感謝を示すスタンプが送られてきた。


しかしすでに今日の部活と帰りに歩いたことで足が全く動かない。


「あぁ、明日学校行けるだけ足は回復するだろうか・・・」


足の回復を願いながら、眠りについた。

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