初陸トレ!

いよいよ初陸トレだと言うのに、なんと俺は掃除当番だった。


「くそぉ!早く部活に・・・」


そう愚痴をこぼしそうになった瞬間


「こら滝澤!口動かさずに手動かせ!」


間髪入れずに担任の先生に怒られてしまった・・・


なんとか掃除を終わらせ、もらったばかりのジャージを手に部室へ急いだ。


見るとすでにジャージ姿の他の1年生、そして先輩たちがいる。


「オラ!1年だというのに重役出勤か?あぁ?」


部室に着くや否や、1人の先輩が目の前に現れて凄まれてしまった。


しかも身長は俺より大きい。


180後半か?


「す・・・すいません!」


即座に俺が謝るとその先輩の後ろからキャプテンの大地さんが低い声で凄んできた。


「三浦ぁ・・・お前はクラスの掃除をやり遂げてきた滝澤にそんなことを言える立場なのか?」


そう言うと、その先輩がジャージの首根っこを掴まれて、猫のように隅に連れて行かれた。


「いきなりびっくりしたろ?ごめんな?三浦はあんな感じのやつなんだよ。ふざけてるだけだから気にしないでね?さ、早く着替えといで?あ、ちなみに俺は3年の山崎、で、あいつが2年の三浦だよ」


「あ・・・はい。すいません。着替えてきます。」


山崎さんはとても優しい感じではあるものの、特に下半身が異常なくらいしっかりしていた。


急いで着替え、集まりに加わった。


するとちょうど川上先生が現れた。


先生が来ると、大地さんの「集合!」という掛け声が発せられた。


後に続いて周囲が『集合お願いします!』と声を揃えて言った。


「よし、1年生も揃ったな。いよいよ今年度の大上ホッケー部始動って感じだな。1年生はまず陸トレのメニューを覚えてくれ。何をやるかじゃなく、どうやるかを覚えるんだ。」


どうやるか・・・


その言葉の意味を考えてみたものの、よく理解できなかった。


「じゃあまずはアップからな。体操の後校舎周り3週!1年生は上級生のペースに合わせること!」


そう言うと先生は手を一つ打って


「レッツゴー!」


掛け声と同時に、先輩たちは列を作り見慣れない動きをしながら歩き始めた。


見よう見まねで行ってみる。


「関節の可動域を意識しろ!大きく動かせ!」


サッカーのブラジル体操のような感じだ。


「もしわからない動きがあれば、先輩に教えてもらえ!」


今まではトレーニング前に柔軟体操を行っていたが、全くやることが違った。


「よし!ランに行け!」


そう言うと、先輩たちは道路に出てランニングを始めた。


なんとも遅いペースだった。


こんな遅いペースで走って何か意味があるものだろうか・・・


一応ペースを合わせると言われたので付いては行っているが、正直トレーニングになりそうにもなかった。


練習がこんな感じで続いていくのかと少し不安になっていると


「おい!」


後ろから声がした。


振り向くとさっきの三浦さんだった。


「さっきはごめんな?ほんのパフォーマンスだったんだ。あんな感じの部活じゃないからな?」


さっき大地さんに怒られたことで言っているのかとも思えたが、様子を見る限り本心で言っているようだ。


「全然大丈夫っす!ありがとうございます!」


俺がそう言うと、三浦さんが


「そっか。ならよかった。さ、2周目入るぞ?」


三浦さんがそう言うと、「2周目お願いします!」という掛け声と共に突然ペースアップした。


三浦さんだけじゃない。


周りの先輩全員がペースアップしている。


なんとかついていけるペースではあるものの、かなりキツい。


後もう一周あることを心配した。


少し周囲を見ると、ついてこれているのは今、龍、そして俺だった。


やっと2週目が終わり、「3周目お願いします!」という掛け声が聞こえると先輩たちはさらにペースアップした。


「マジかよ・・・」


途中まで付いていったが、少しすると苦しくなりペースが大幅にダウンしてしまった。


10mほど前に今が見える。


こいつには負けたくない・・・!


そう思い、今には必死で食らいついていった。


俺を確認するや否や、今もペースを上げる。


ただし2人とも体力の限界がきてしまい、ゴールする頃にはヘトヘトになっていた。


「おう1年、お疲れ!」


先輩たちはもう一息ついていた。


少し遅れて龍、大幅に遅れてトモ、海斗、太一がゴールした。


息が上がっているのも束の間だった。


今度はグラウンドの隅に移動すると


「インターバルダッシュお願いします!」


という掛け声がかかった。


部員が2組に分かれたと思うと、笛が鳴る。


「ピーーーーーッ」


すると最初のグループがダッシュを始める。


フェンスまで行くと折り返してくる。


「ピーーーーーッ」


今度は俺たちのグループだ。


さっきの外周の疲れがまだ残っている状態だったが、渾身の力を振り絞ってダッシュに参加した。


息が苦しい・・・


全身で脈を打っているのがわかる・・・


足が重くなり、一歩を出すのさえ辛い・・・


「ピーーーーーーーーーッ」


やっと終わった・・・


そう思っていると、自分の横を先輩が走り去る。


「え・・・?」


自分達の前にスタートしたグループがもう走り出している。


「ピーーーーーーーッ」


まさか自分達がまた走るのかとも思ったが、その通りだった。


最低でも今には負けないと必死に追いかけたが、自分がどこにいるかもわからなくなってくる。


このダッシュを6セット繰り返し、やっと終わった。


「お、1年生!いい感じでやられてるなぁ」


ダッシュでへばっていた俺たちを見て、川上先生が言った。


「今年の1年生はまだ優秀だ。な?伊藤?」


先生が3年の伊藤さんに話を振った。


伊藤さんは息が上がっているものの、表情は平然としている。


「まさか俺が1年の頃の話してます?もう忘れてくださいよ・・・。酸欠で倒れたんですから」


酸欠で倒れた?


今こんなにも平然とした顔をしているのに?


さらに先生は続けた。


「佐賀!お前ちょっと来い」


トモが突然呼ばれ、ふらふらな状態で先生に近づいていった。


「ちょっとそこに横になってみろ?」


そう言われて横になったトモの太もも内側を押すと、トモが聞いたことのない叫び声を上げた。


「いぎゃぁぁあぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁ!!!!!」


そんなトモを気にせず、先生はさらにぐりぐりと押す。


「んぐぁぁぁああぁぁうあぁぁぁぁ・・・・あ・・・・」


しばらくすると先生は手を離し、その瞬間叫び声が途絶えた。


すると再び


「あぁぁぎいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」


今度は反対側の同じ場所をグリグリ始めた。


先生は手を離してトモに「ちょっと歩いてみろ?」と言った。


「はぁはぁはぁ・・・ん?あれ・・・?お・・・?おぉぉ!!!!」


叫び疲れたトモが歩き始めると、なんだか様子がおかしい。


「トモ?どした?」


海斗が気でも狂ったかという表情でトモに訪ねた。


「軽い!軽いんだよ!足が軽い!なんだこれ???」


トモははしゃぎながら言った。


すると先生が説明を始めた。


「佐賀は歩き方が少し歪だからな。誰でもこうなるわけじゃないが、佐賀の場合はそこに疲労が溜まりやすいんだ。しっかり体のメンテナンスすれば、こんな感じでパフォーマンスが上がるんだよ。」


正直嘘みたいな本当が目の前で起こった。


体のメンテナンスをすれば、パフォーマンスは上がるのか・・・


全員の呼吸が整い始めた頃、先生が全員に向けた離し始めた。


「諸説あるものの、近年の研究では肺活量、つまり体力の個人差はそこまでないと言われている。パフォーマンスに差が出る原因は筋力や身体の使い方、重さが大きいとされているんだよ。そのことを頭に置いて走るようにな」


なんだか今までの常識が覆された。


「さ、じゃあそのままで聞いてくれ。今日はこの後ウエイトを行って解散でいい。大切なのはフォームとオールアウトだ。ターゲットの筋肉を意識してフォームに気をつけ、力が全く入らなくなるまでやれ!」


フォームとオールアウト・・・


「じゃあ先輩がみっちり指導してやれよ?」


その言葉通り、重りは軽いながら手の感覚がなくなるまで追い込まれたのだった・・・


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帰宅後、グループにメッセージを送った。


都『今日から陸トレ始まったよ!正直めちゃくちゃきつかった・・・』


蒼『いよいよ始まったんだな!肉体改造させられるぞぉ?』


あながち間違いじゃないと思った。


実際に蒼にぃちゃんは高校に入ってから体が激変しているのを目の当たりにしたこともあり、あのトレーニングあってこそだと思った。


都『あのトレーニングじゃそうなるよね・・・あ、それから!じゃーん!』


その後に今日もらったジャージを着た写真を送った。


蒼『似合ってるじゃん!懐かしい!協賛増えてんじゃないか?いよいよ大上ホッケー部員って感じだな。』


蒼にぃちゃんもこれを着てたのかと思うと、妙に嬉しくなった。


しかし、スタジャンはもらったがこのジャージは今一体どこにあるのだろう・・・?


紅音『じゃーん』


見ると紅音さんがそのジャージを着ていた。


蒼『あ!紅音が持ってんのか!?なくしたとばっかり思ってた・・・』


あれ?蒼にぃちゃんがあげたんじゃないんだ。


紅音『いいじゃん!押入れの奥にしまったままだったし全然着てなかったし!しかも持ってるの1枚じゃないじゃん!』


そう、常に着用することと、部活で汚れるので複数枚支給される。


蒼『まぁそうだけど・・・今度から一言言えよ?』


紅音『はぁい。ミヤは使わなくなったらちゃんと欲しい人にあげるんだよ?蒼みたくもったいぶってないで』


蒼『もったいぶってねぇし!一言言ってください!』


珍しく蒼にぃちゃんがムキになっている


紅音『ミヤのこのジャージも隠れたところで女子に見られてるかもよ?』


そう言われると、恥ずかしくもありそんなわけないとも思いつつ、中学卒業式の「好きでした」を思い出していた。


都『いや、そんなわけ・・・ないない!』


紅音さんからその後にやついているスタンプが送られてきた。


正直、彼女だとかなんだとかはわからないが・・・・


綾愛『ミヤはまだそのジャージに着られてる感満載だもんね!似合うようになるまで何年かかるの?』


綾愛の心に突き刺さって塩を塗ってくる発言・・・


紅音『すぐだって!すぐ!蒼だって1年の間でめっちゃ成長してたもん。」


蒼『大上の練習がんばってれば絶対に身体は激変するから安心しろ!今でも似合ってるぞ!」


都『マジで?ありがと!』


蒼にぃちゃんにそう言われると自信とやる気がみなぎってくる。


紅音『気づいたら女子の人気爆上がりしてるかも?ファンまでいたりして?』


綾愛『ミヤにファン?想像できないなぁ』


綾愛は本当に嫌味がすぎる。


紅音『綾愛今時間あるよね?ちょっと通話する〜』


なんだろ?この話の流れで通話?


いや・・・何か家の用事だろうか?


なんだかモヤモヤしながらも、陸トレの疲れがあり眠りに落ちてしまった。

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