背番号
まだ1年生のみ下校が早い期間、会議室に1年生のみ集められた。
見ると大上高校アイスホッケー部のジャージ、ハーフパンツ、ポロシャツが並べられていた。
そこに川上先生が現れ、口を開いた。
「お、1年生集まってるな。一応サイズ確認をしてくれ。在庫はすでにあるから来週には届くはずだ。」
大上高校のジャージは紺で、ユニフォームもそれに合わせて紺だった。
そのジャージを見て、藤澤が先生に尋ねた。
「先生、ミーティングの時は黒のジャージじゃなかったですか?」
そう聞くと、先生はハッと気づいて答えた。
「そうだったな。藤澤はうちのチームを見たことがなかったもんな。スマン!俺と田島先生は黒なんだよ。黒の方がカッコよかったか!?」
冗談混じりに聞くと、藤澤は気まずそうに
「いえ・・・。通りでみんな疑問に思わないわけですね・・・」
ちょっとテンションが下がっているように見える。
恐らく自分だけ大上高校をあまり見てこなかったという点で、負い目を感じているのだろう。
俺が近づいて行って声をかけた。
「大上のことは俺らもよく見てきたから知ってるけど、今は同じ1年部員じゃん!」
「う・・・うん!」
藤澤は戸惑った感じもあったが、いつもの明るい表情に戻った。
慣れない土地、友人もいない状態であればどうしても疎外感が生まれてしまう。
それを一番カバーできるのは、先生でも先輩でもなく、同じ立場の1年生だ。
その流れでサイズを確認し、紙に記入しようとした時、サイズとローマ字表記の名前以外に欄があることに気づいた。
「背番号・・・」
アイスホッケーのユニフォームはオーダーであり、背番号も好きに選べる。
一部ではエースナンバーやキーパーナンバーなどもあるが、あまり気にされていないのが現状だ。
憧れている選手や、自分の好きな番号にすることが多い。
現状の部員の番号が横に記載されていたが、2番はいなかった。
俺は迷わず『2』を書き込んだ。
紙を提出すると、先生は少し困った表情をしながら俺に尋ねてきた。
「2番か。俺がどうこう言うわけではないが、直近で背番号2をつけてたのは白峰だ。白峰が卒業して入れ替わりで今の3年が入ってきた。なぜ2が空いていたかわかるか?」
そう言われると、背番号の2が特別視されていたことに気づいた。
「いえ・・・今まであまり考えていませんでしたが、皆さん避けていたということですか?」
俺は先生に思い付いたまま尋ねてみた。
すると先生はこう答えてくれた。
「別に高校の部活だからプロのように永久欠番にする制度なんてない。ただ、人によっては『大上の2番』というだけで期待する。最低でも白峰レベルのプレーをな。背番号とはそういうものだ。」
今まで何も考えずに、蒼にぃちゃんに憧れるがまま背番号2を選択してきた。
しかし、大上の背番号2にはそれほど背負うものが大きいことに気付かされた。
「あの・・・先生・・・俺・・・」
言葉に詰まってしまった。
『最低でも白峰レベル』
今まで憧れてきた蒼にぃちゃんと同じパフォーマンスができるのか自問自答を繰り返してしまった。
「なんだよ。迷ってんなら俺が2番もらうぞ?」
そう後ろから声がした。
声の主は今だった。
「ま・・・迷ってるわけねぇじゃんか!2番にできるって喜びを噛み締めてたとこだっつーの!」
慌てて強がっていた俺に対し、今が言った。
「お前なら白峰さんも超えられるだろ」
そう言い残して紙を提出し、後ろへ下がって行った。
悔しいけど、今に背中を押されたことは事実であり、蒼にぃちゃんを憧れではなく追い抜く対象にすると心に誓った。
「先生!お願いします!」
俺はそう言って、紙を再提出した。
「おう!大上の2番、よろしく頼むぞ!」
先生はそう言って肩をバシバシ叩かれた。
全員が紙を提出した後、川上先生が話を始めた。
「これで全員分だな。ユニフォームは防具を着てじゃないと寸法を測れないので、最初の遠征でサイズ合わせをする。」
そう言うと、青い練習着に番号が刻まれたものを出してきた。
こっちもプロのようにスポンサー名が入っている。
「これが練習試合用のユニフォームだ。ちなみに、なぜこんなに協賛が集まって部活動をやっていけるのか、分かるやついるか?」
全員が答えられない。
協賛と言っても、どう集めるのかすらわかっていないので答えようがない。
すると龍が口を開いた。
「大上のOBの方々・・・とかですか?」
それを聞くと先生は満面の笑顔で龍にサムズアップして答えた。
「よくわかったな山口!そうだ!大上のOBの方々が主に協賛してくれている。大上はできてからすでに80年くらい経っている。色々な卒業生がいて、企業のお偉いさん方もいるんでこれくらい協賛を得られているんだ。」
先生は続けて言った。
「アイスホッケー部はリンク代もかかるし、遠征費だって相当だ。協賛なしでやっていくのはとても難しい。これがなければみんなに負担してもらうことになってしまうからな。この環境で部活ができる感謝の気持ちを忘れずに部活を行ってくれ」
「はいっ!」
一年生全員の声が揃った返事だった。
「それから先日身体作りの話をしたが、すでにトレーニングをしているやつはいるか?」
先生がそう聞くと、1年生全員が手を挙げた。
今時期にトレーニングしているのは自分だけかと思っていたが、案外全員がトレーニング中だった。
「今年の1年は意識が高いな。わかった。ありがとう。で、来週からフルの授業が始まり陸トレも始まるが、覚えておいてほしいことがある。」
そう言うと先生はポケットに手を入れて何かを探していた。
「身体作りは『減らさないこと』と言ったが、プロテインやそれに特化したものは高い。どうしてもという時は、これを食え」
見るとそこにはせんべいが握られていた。
「せんべいの原料は、東?」
すると海斗は答えた。
「米・・・ですか?」
「そうだ!米だ!米は必要なエネルギーを補うのに優等生中の優等生だ。ちなみに、この写真を見たことはあるか?」
先生が写真を一枚取り出すと、そこにはマゲを結ってふんどし姿の男性が写っていた。
写真はとても古く、色はついているものの後からつけたような色合いだった。
しかし、男性の身体はとても引き締まっており、筋肉の量もえげつない。
「この写真は江戸後期に撮影されたものだが、江戸の人々のほとんどは肉を食べる文化がなく、たまに魚を食べる程度。あとは野菜ばかりだな。」
今の食生活を考えると、タンパク質が圧倒的に足りないのではないだろうか・・・
「ただし、1日に食べる米の量はなんと5合だ!1合がだいたいどんぶり飯くらいだから、それを5杯食べてたってことだな」
一同がざわつく。
そこで先生が続けた。
「身体はエネルギー不足になると筋肉や骨から必要な栄養素を摂取すると言ったが、江戸の人々はそれを極端に減らしたんだな。だから、減らさないということは大切なんだ。」
米がそれだけすごいだなんて、今初めて知った事実だった。
「じゃ、今日はここまでだ。来週はインナーと運動靴さえ用意しておけば陸トレはできる。あとはウエイトグローブもしてるやつはしてるので、持ってきてもいいぞ。」
そう言うと先生は「解散!」と一言言って帰宅することになった。
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帰宅後、グループに背番号2にしたことを報告するメッセージを打った。
都『背番号、2にすることになった。正直プレッシャーあるけど・・・」
するとすぐに返信が来た。
蒼『ミヤなら大丈夫だって!俺の2番を引き継ぐ者として、がんばれよ!』
2番の重みが蒼にぃちゃんの一言でさらに重くのしかかる。
都『今日川上先生に言われてめちゃくちゃ重みに感じてたのに・・・さらに追い打ちかけないでもらっていい?』
紅音『ホッケー部顧問たっくんだもんね!かっこいんだよねぇたっくん。』
確かに川上先生は一瞬ハーフかと思うほど堀が深く鼻が高い。
身長も高く、モデルでも通じそうな顔立ちをしていた。
都『やっぱり人気なんですね』
紅音『人気なんてもんじゃないよ?ファンクラブもあったからね。今どうなのか知らないけど。たっくんもう40越えてたっけ?」
都『え?見た目で30代前半だと思ってました・・・』
衝撃の事実だった。
蒼『しかも熱心だからな。OBの企業にも回ってるし、新入生の部活希望聞きに中学の顧問のところに足運んでるし、土日は勉強会とか出てて、さらに自分の趣味のバイクだろ?何人分の仕事してんだよって感じだよな』
新入生の部活希望・・・
だからミーティングの時に全員集まったことがわかったし、元々ホッケー部だった樹をカウントしてなかったんだ。
紅音『だから結婚できないんだろうね〜。彼女とかいてもデートの暇すらなさそう』
確かにそうだ。
そこまでしてくれる顧問もなかなかいない。
蒼『けど正直大上ホッケー部はプロみたいだろ?色々支援受けられるし。頑張れよ!』
本当にここまでの部活だとは思っていなかったし、さらに2番を受け継いだことで大きな重圧がのしかっていた。
綾愛『蒼追い越しなさいよね』
ここでいきなりの綾愛からのメッセージ・・・
どこまでもこの人たちはプレッシャーをかけてくる。
紅音『蒼は抜けるかな〜?今の蒼があるのはこの私のサポートあってからこそだから!ね?蒼?』
蒼『か・・・感謝してます・・・』
とてつもなく言わされている感が伺える・・・
しかし、それでもうまくいっているのは、本当に紅音さんが蒼にぃちゃんを支えているからなのだろう。
綾愛『ミヤにだってできるもん!ね?ミヤ?』
え・・・
綾愛も俺にゴリ押ししてくるのか・・・
都『お・・・おう!蒼にぃちゃんに負けない!』
蒼『ミヤならできる。大丈夫だ!』
蒼にぃちゃんからのメッセージ、今日の今から言われた言葉も重なり、勇気が湧いてきた。
紅音『ふ〜ん。綾愛、ずいぶんミヤのこと推すんだね〜』
綾愛『な・・・ちがっ・・・クソ紅音め・・・』
この姉妹のやり取りが始まると、どうメッセージを送るのか毎回困ってしまう。
蒼にぃちゃんからも返信がないところを見ると、紅音さんと付き合ってからずっとこんな感じで入れない状態なのだろう。
窓際に目を向けると、猫のニオが気持ちよさそうに日向ぼっこをしながら寝ていた。
それを見ているとなんだかこっちも眠くなってきてしまい、そのまま夕飯まで寝てしまった。
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