高校で戦うために

「最初に言っておくが、現状では高校でお前たちは戦えない」


川上先生は講義を続けた。


「小学から中学へステップアップした時に選手の速さ、シュートのスピード、さらには単純なパワーの差に圧倒されたと思うが、高校はその差以上にレベルが上がる」


確かに、さっき見た2、3年生の体格は自分達と比較すると雲泥の差だった。


「そこで身体を作ることが第一優先なのだが、単純にトレーニングを行えば良いわけじゃない。アイスホッケーに特化した身体を作らなければ、全く無意味になる。」


春休み中闇雲にトレーニングしていた俺にとっては耳が痛い言葉だった。


「アイスホッケーの動きに必要な筋肉を付け、柔軟性とパワーを兼ね備えた筋肉をつけることだ。詳しいトレーニングは陸トレが始まってから説明するが、もしそれが嫌で単純に筋肉を付けたいのであればここじゃなくボディビル同好会やウエイトリフティング部にでも入ってくれ」


そんな部活があることにも驚いたが、身体作りの難しさを知る機会となった。


「例えば胸筋に関してだが、ただベンチプレスをやりまくれば良いわけじゃない。固い筋肉がついてシュートの際、腕に引っ掛かるようになる。そうなると可動域が減ってシュートの威力が落ちるからな。こういう弊害が筋トレにはたくさんある」


体格の良い選手を見ると上手そうだと思っていたが、そんな弊害があるとは衝撃を隠せなかった。


「どんな筋肉をつけていくのかはトレーニング次第ではあるが、お前たちにしかできないことは栄養の摂取だな。意識しておいてほしいことは、栄養を摂れば筋肉がつくという概念を捨てて、いかに筋肉を減らさないかを考えることだ。」


筋肉を減らさない・・・?


意味がわからなかった。


「先生、筋肉が減るのって運動していれば避けられるんじゃないですか?」


みんな恐らく浮かんだ質問だと思うが、トモが率先して質問した。


「佐賀、いい質問だ。確かに運動しなければ筋肉は減る。ただし、栄養が不足しても筋肉は減るんだ。恐らく佐賀の身体を見る限りはそれを極力避けていると思うが、1日何食食べてる?」


先生が質問すると、すかさずトモは指折り数え始めた。


「1、2、3・・・えっと、6食・・・ですかね?」


「えっ???」


周囲が6食と聞いてざわついたが、先生はにっこりしてこう喋り始めた。


「やっぱりな。俺も高校時代は朝ご飯、2時間目終わりに弁当、昼学食、部活前にパン、部活後に買い食い、家について晩御飯前に軽食、晩御飯、夜食の生活だった。」


それではずっと食べてい流生活じゃないのか・・・と思ったが、その考えを払拭するように続けた。


「最近筋トレ界の中でも3時間おきにはタンパク質を摂取する動きが見られるが、俺もそれは強く推奨する。」


3時間おきに何か食べるとは、中学校生活では考えられなかった。


「人間は生きていくために必要な栄養が体からなくなると、筋肉や骨から取ってきて消費する。つまり、飯を食べなければ食べないほど、筋肉や骨は密度が減って弱くなっていくんだ。」


そんなシステムは知らなかった。


「なにも毎食ガッツリ食べろとは言わない。プロテインを飲んでもいいし、今はウエハースのプロテインも売っているな。よくたくさん食べろとは言われるが、1食をそんな大量に摂取する必要はない。むしろ大量に摂取することで、お腹を壊して吸収率が下がる場合もあるからな。」


言われてみれば食事の数を多くすることは合理的かもしれない。


「まずはこれを意識してくれ。で、何を食べればいいかという問題は体質によって異なるので色々と試してみるといい。確かにタンパク質は筋肉を構成する上で必要だが、それをプロテインで補うのか肉で補うのか、その摂取方法は色々あるから試すといいぞ。」


何を食べれば良いのかを聞きたかったが、答えは教えてくれなかった。


「世の中には色々な『◯◯を食べた方が良い」なんて言われているが、正直万人に当てはまるわけじゃない。俺も色々試したが、昔から血液検査で低コレステロールで引っかかってな。そこで卵を多めに食べると効果が良かった。けどこれは万人に当てはまらないから、自分なりの栄養を探せ」


身体作りの難しさを痛感させられた。


「ただし、血糖値には気をつけた方がいい。これも体質として低血糖な人もいるが、血糖値の上げ方は砂糖ではなく他の糖分に頼った方がいいな。一番避けたいのは、ドリンク類の砂糖だ。」


砂糖が入っていないドリンクとは難しい。


「何も全ての砂糖が入っているドリンクを避けろってわけじゃないし、砂糖は水分補給の補助的な役割もしてくれる。ただ、日常的に飲む飲み物で砂糖を排除した方が筋肉がつきやすくなるのは不思議な話だ。」


普段飲むもので砂糖・・。


今まで気にせずに飲んでいた。


「諸説あるし詳しいことを話すと栄養学的な話になるのでここでは端折るが、試してみるといいかもな。」


気をつけなければならない。


「まぁこれ以外の身体作りは追々話していく。いっぺんに話しても混乱すると思うしな。今話したことを注意しながら過ごすだけで、お前たちは強くなれる。」


『強くなれる』


その言葉に気持ちが引き締まった。


「それからうちの部活についてだが、今のようなオフシーズン中は基本土日休みだ。オフシーズンの土日くらい俺に仕事をさせんな」


土日が休みと聞き、全員が拍子抜けした。


それを見た先生はすかさず言った。


「ただの休みだと思うなよ?足りない筋力を補ったり土曜日にやってる整骨院で身体を診てもらったり、勉強に充てても良い。少しは俺を見習えよ・・・」


さっきの話だと休んでいると思っていたのだが・・・


「俺の土日は基本的に授業を行うための勉強会に出席しているかオフロードバイクに乗ってるかバイクをいじってるかだ。まぁ、趣味だな。そのため、基本土日は連絡がつかないと思ってくれ」


なんと・・・


先生の趣味というのは初めて聞いた。


部活ばかりかと思っていたのだがそうではないらしい。


「ただオフシーズン中にも月に一度か二度、あとは連休があれば遠征を行う。」


『遠征』という言葉にみんなの顔が引き締まる。


「これは地方の空いているリンクを借りて練習ができればやるか、あとは練習試合だな。オフシーズンに全く氷に乗らないのは痛手すぎる。」


ついこないだ厚条市の弱点だと思っていたオフシーズン中の練習が克服されるのはありがたいと心から思った。


「移動は部活で持っているバスと俺のトラックだ。あとは宿泊費だが、今は協賛を得ているのでそこまで多くの負担を掛ける必要はない」


そう言うと、先生は一枚のジャージを出した。


背中には「大上高等学校」と書かれた黒いウインドブレーカーだ。


腕には企業の名前が入っている。


「OB会の方々が協賛してくださっている。ユニフォームに協賛企業を入れるのは高体連的にアウトらしいのでこれにプリントしたわけだ。あとは防具バックとスティックケースにも入っている。申し訳ないが、防具バックとスティックケースは部で用意したものを使ってくれ。」


なんだかプロのような気分になった。


「それから・・・」


先生が突然表情をこわばらせた。


「成績不振なものに関しては部での対応も考えさせてもらう」


わかってはいたがキツい一言だ。


「お前達は勉強においてはある一定の力がある。その可能性を部活で潰したくないんだ。入学式テストと入試である程度の力は見せてもらうが、勉強にも手を抜くな」


一同、顔がこわばる。


「やってほしいこととしては、まずは授業を真剣に聞け。そして暇があれば今日学習したことを頭で繰り返せ。机に向かう時間がなくてもこれならできる。」


そう言うと続けて


「勉強でも困ったことがあれば相談しろ。俺も勉強ができたわけではないがこうして教員をやれているわけだから、アドバイスはできるはずだ。」


そう言うと一同声を揃えて


「はい!」


と返事をした。


「じゃあ今日はこれで終わりだ。今日話したこと、もし忘れたら聞きにこい。それ暗大事なことだ。じゃ、解散!」


そう言うと先生はそそくさと教室を出て行った。

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