新たなる挑戦

北海道立大上高校に合格できた俺は、それから自主トレに励んだ。


毎日10kmのランニングと市民体育館でのウエイトトレーニング、さらには家に帰ってきて体幹トレーニング。


そんなある日、蒼にぃちゃんからメールが届いた。


「入学式テストの勉強進んでるか?大上はテストの点が悪いと試合に出れないから気をつけるんだぞ」


なん・・・だって・・・?


先日入学説明会に出席した時に、『入学式テスト』なるものの存在を知った。


科目は国語と数学と英語。


国語の出題は漢検であり、問題集を配布されたので少しずつ覚えればなんとかなる。


英語も英単語の出題らしく、事前に出題範囲は提示済み。(とはいえ300単語・・・)


国語と英語は中学の知識がかなり入っているのでそこまで問題はないが、問題は数学だ。


入学説明会で配布された問題集からの出題なのだが、そこに記載されているのは「数Ⅰ・A」


高校で学習する内容がどうやらテスト範囲らしい。


「習ってませ〜ん」を連呼しながら、なんとか学習を進めていたものの、あっけなく挫折していたところだった。


ただし、試合に出られるかどうかを左右するテストとなっては話は別だ。


当然大上合格を勝ち取った樹にメッセージを送った。


『入学式試験の準備どう?数学全然わかんねぇよ」


すぐさま返信が来る。


『俺も最近忙しいから自分のことでいっぱいいっぱい・・・スマン!」


マジか・・・


絶望を味わい、ドン底にいる気分だった。


勉強をしなければならない。


しかしトレーニングもしたい。


蒼にぃちゃんはこんな時、どうしていたのだろう・・・


すると知らない相手からメッセージが来た。


『ハロ〜!はじめまして〜!!!迷える子羊さんはあなたで間違い無いですか〜?』


また迷惑メールかと思い削除しようとした時、一枚の写真が送られてきた。


「これ・・・え・・・?は・・?なんで???」


そこには蒼にぃちゃんが写っていた。


さらにその横には、何度か見たことのある女性とのツーショット。


『蒼が勉強見てやれってさ〜。どうせできないのは数学だろうからって。迷惑だったらブロックでもなんでもしてね。入学式テストどうなっても知らないけど〜』


これは藁をもすがる思いだった。


全然わからない数学をどう乗り切ろうかと必死だったからだ。


しかし率直な疑問として、この人は誰なんだろう・・・


『ありがとうございます!めっちゃお願いしたいです!ちなみに、どなたなんですか?蒼にぃちゃんと関係のある人ってのは分かりましたが・・・』


いくら勉強を教えてもらえると言っても、一体何者なのかという疑問のほうが大きくなってしまう。


するとすぐに返信が来た。


『マジか・・・覚えてないかぁ・・・。あんた小学生だったもんね。高校からの蒼の彼女だし、何度か会ってるよ?その様子じゃ名前も覚えてないね。宮崎紅音(ミヤザキアカネ)ね。覚えた?』


何度か見たことがあった理由はそれか・・・


綺麗だとは小学生ながらに思っていたけど、それ以上に勢いがあって怖いイメージがあった。


蒼にぃちゃんも彼女だとは紹介してなかったけど・・・


ただ一つ思い出すことがあった。


おばさんがスタジャンをくれた時、彼女に着せたこともないって言ってたっけ・・・。


すると通話のコールが鳴った。


茜さんからだ。


咄嗟に出てしまった。


「あ、あの!はい!もしもし!」


気が動転しているのがバレバレだ。


「ちょっと!!!全然返信ないから電話しちゃったよ!全部蒼から聞いてるし、とっととやらないと手遅れになるよ!」


「あっ、すいません!ごめんなさい!!!」


その場で何度も頭を下げたが、茜さんには見えるはずもない。


「いいから早く!ほら、ビデオに切り替える!机に向かう!問題見せる!とっとと動く!」


マシンガンのように指示が飛ぶ。


「は、はいっ!」


何も考えずに指示通りビデオ通話にする。


「ちょいまち!」


紅音さんがストップのサインを出して叫んだ。


画面で見て高校時代の紅音さんをやっと思い出したが、待てと言われて言葉を発することはできない。


しばらく沈黙が続く。


「それ、こないだケンカした原因になったんだぞ?心して大切にするように。」


紅音さんが画面の中で指を差す。


後ろを見ると、蒼にぃちゃんからもらったスタジャンが写っていた。


「あ、あの・・・すいません!おばさんから聞きました・・・紅音さんも着たことないって・・・」


「あん!?」


しまった・・・ついうっかりもらった時のことを思い出して口を滑らせてしまった。


「あんたね、私のことどんだけ小さい女だと思ってんの!高校時代は着たくなかったの!なんかチャラついているように見えるし、蒼が試合期間ゲン担ぎしてたから私が着てたせいで負けたなんて思われたらたまんないし!」


え・・・?


そうだったのか・・・


「け・・・けどこないだケンカしたって・・・」


恐れ多くも突っ込んでみた。


すると


「それはね、蒼が少し迷ってたの。私が着たことないのにミヤに渡していいものだろうかって。高校の頃からミヤが大上受けるなら渡すってずっと言ってたのにだよ?」


そうだったんだ・・・


そんな前から決めていたことに驚いたことと、迷っていたことのダブルで言葉を失った。


「だから今更何言ってんのってブチギレたの。なんなら今のスタジャン私によこせってw。ジャーン」


そう言うと、茜さんは一枚のスタジャンを持ってきて着て見せた。


「いいでしょ?」


そのスタジャンは蒼にぃちゃんが留学している大学のスタジャンだった。


「けど勘違いしないでよ?ミヤにスタジャンをあげることで迷ってたんじゃなくて、あげたら私が嫉妬すると思ったみたい。ほんと、勘違いも甚だしいよね!」


そうは言うが、蒼にぃちゃんはそういう考え方をする人だってことはわかっていた。


「た〜だ〜し!蒼の真似してスタジャン彼女に着せないとかしないでよ?着たい女子だってたくさんいるんだから」


言い方からするに、恐らく高校時代紅音さんも少しは着たかったんだろうと感じることができた。


「え、けど俺彼女なんて・・・」


そう言いかけるとすぐさま打ち切られた。


「これからこれから〜。さ、無駄話はここまで。数学やるよ!入学試験は2次方程式、3次方程式よね?」


「あ、はい!そうです。」


なぜこの人は試験範囲がわかっているのだろうか。


「最初は計算問題しか出ないはずだから、まず公式を見ながら値を当てはめて解いてみて!」


やけに教え方が慣れている。


「あ・・・あの、教え方がすごく的確ですね?」


そう聞くと


「蒼の成績は私が教えた賜物なの。数学だけじゃなく英語も。卒業してすぐ向こうの大学に入れたのも、全部私のおかげ」


随分と自分の功績を讃える人だ・・・と思っていたら・・・


「あ、ちなみに私今、東国大学理Ⅲなんでお忘れなく〜」


東国大・・・


日本トップの偏差値で、さらに理Ⅲ・・・医学部・・・。


そういえば大上から東国大理Ⅲ合格者が出たと大騒ぎしていたことがあった。


すると続けて茜さんが


「ただ英語は受験英語じゃないよ?小学校5年までずっとアメリカにいたの。で、日本に来た時日本語ロクに喋れない私を蒼が助けてくれたわけ・・・って、ちょっと話しすぎたかぁ。」


時折見せる表情が、なんともあどけない。


「そうだ!条件があったんだ!絶対にうちの妹には負けないこと。妹より点数低かったら家庭教師の報酬なしって蒼から言われてるんだから。」


「え?妹?どういうことですか?妹さんも大上なんですか?」


色々と考えてみたものの、点数勝負ということは同じ試験を受けることであり、同じ試験は大上新1年しか受けないはずだ。


「あれ?知らなかった?なんだ、あいつも大したことないなぁ・・・」


待てよ・・・


宮崎・・・宮崎・・・


あっ!


「待ってください!それってもしかして新入生代表で挨拶する宮崎綾愛(ミヤザキアヤメ)ですか!?」


入学説明会で1人呼ばれて挨拶の打ち合わせをしていたのを見た。


入学式で新入生代表は学年1位である。


「お〜知ってるねぇ。ま、全国優勝したチームにも向かってったんでしょ?なんてことないでしょ?」


なんてこった・・・


「けどなんで大上に?もっと上行けたろうに・・・」


そう、大上はあくまでも2位。


そもそも、紅音さんだってなんで大上だったんだろう。


「姉妹揃って理由は同じようなものだよ〜。さ、負けないように頑張れ〜」


「にゃ〜」


教えてもらっている矢先、家の猫がスマホを塞ぐ


「え?ちょっと何?猫いるの???」


紅音さんの迷惑にならないよう必死で家の猫をずらしていると妙なテンションで紅音さんが訪ねてきた。


「は・・・はぁ・・・うちに2匹ほど・・・」


キジトラのエットとニオだ。


「へぇ。いいじゃんいいじゃん」


ただの猫好きとはちょっと違った言い方が気になった。


「さ、綾愛に負けないように勉強勉強〜」


そうして、トレーニングに加えて勉強漬けの毎日が始まった。

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