あまりに突然の出来事だった。


 ある日、アパートで私が1人、バラエティ番組を視聴していた時のこと。


 玄関ドアを開ける音が聞こえて、複数人が靴を脱ぐ音が聞こえた後、玄関ドアががちゃんと閉まった。


 ママが帰ってきたと判断して、テレビを直ちに消し、玄関付近に私がやってくると、上がり框に見知らぬ少年、見知らぬ男性とママの3人がいた。


『入ってちょうだい、2人共。狭くて、ごめんなさいね』と猫撫で声で話すママ。


 胸元の開いたワインレッド色のドレスを着用し、黒色のレザーコートを羽織るママは、化粧がいつも以上に濃い。


 ベルベット色のグロスが私の目を引く。


『詩子』


 ママは、玄関付近で立ち竦む私を流し目で見て、ぞっとするほど優しい声で私の名を呼んだ。


『あっ……ま、ママ……』


 その艶かしいほほ笑みと、優しい声――。彼女は普段、素っ気ないだけにリアクションに困り、ぎこちなく笑う。


 視線を泳がせると、ママの右隣に立つ、眼鏡をかけた、背広をばっちりと着こなす男性が目に留まる。目鼻立ちがはっきりしており、かなりの長駆だ。


 男性は私にほほ笑みかける。


『こんにちは、僕は月雪つきゆき誠士せいじと申します』


『わっ、私は花牟禮詩子です』


『あなたが詩子さんですね。あなたのことは瑞己から聞いています。これからよろしくお願いしますね。中へ入ろうか、2人共』


 と、男性の隣に立つ少年が目に飛び込む。


 射抜くような目つき、血色の悪い薄い唇、末広二重瞼の目、すっと通った鼻梁、長い睫毛や、すらりとした体躯――。


 少年と目が合った瞬間、その眸子にぞっとする。憂いを帯びた瞳――光がない双眸に映るのは、絶望。


『雅久、詩子さんにあいさつしろ』


 男性は、少年に私へのあいさつを強要する。物腰が柔らかな彼の豹変ぶりに驚く。


 少年は男性を睨め上げる。


 間を置いて、『……月雪雅久です』と渋々口を開いた。


『雅久君は緊張しているのよ。この環境に慣れたら、自分から喋るようになるわよ』


『そうだな、瑞己。今、雅久は、慣れない環境で緊張しているのかもしれないな』と、男性――誠士さんは、表情をさっと変え、にこやかに話した。


 誠士さんを相変わらず睨む雅久君は、彼に、絶望と憎しみが交錯する視線を向ける。


 2人の間にある何か――確執?


 否、2人の間には、確執の一言では片づけられない何かがある。


 きっと、きっと……誠士さんの声色と表情は“ペルソナ”だ。


 ぞっとする。ママはこのような男性に引っかかり、雅久君はこのような男性に育てられた。表面を繕う誠士さんに気づいているのは、雅久君と私だけだ。


 上がり框からリビングルームへ移動した3人は、そこの卓を囲む。私も員に加わる。


『さてと』


 誠士さんは、テーブルに肘をつき、両手を重ねて、その上に顎を置く。


『――詩子さん、あなたに伝えなければならないことがあるんだ』


 気を引き締める、誠士さんは私に何を言うつもりなのだろうか?


『婚姻届と養子縁組届を役所に提出すれば、僕らは本当の親子になるんだ。詩子さんと雅久は未成年者だけれども、詩子さんは瑞己の連れ子だから、家庭裁判所の認可を得る必要はないんだ。雅久はこの話に同意している。詩子さん――あなたの気持ちを聞きたい。ところで、瑞己と詩子さんは僕らの暮らすマンションでこれから暮らすんだよ』


 あまりに急な話だ。


 ママに視線を向けると、そこには会心の笑みを浮かべる彼女がいる。彼女が誠士さんという偽善者に騙されているのならば、この話を反対せねばならない。


 視線をふっと感じて、辺りを見回すと、雅久君と目が合う。


 雅久君の双眼――私に助けを求める彼を見ていると、逃げ場がない袋小路に入った鼠を想像してしまう。


 私は、私は、どうするべきなのか。


 誠士さんという偽善者に縋ることが正解なのか、彼が偽善者と知りながらも素知らぬふりをすることが正解なのか。


 正解は分からない、正解は分からないが、確実に言えることは、雅久君が私に助けを求めているということだ。


 ――私たちは、もしかしたら分かり合えるかもしれない。


 ――私たちは、もしかしたら痛みを分かち合えるかもしれない。


 雅久君を救えるのは、もしかすると、私だけかもしれない。


 私を救えるのは、もしかすると、雅久君だけかもしれない。


 決心する。雅久君を救うために、彼を救うために、この話を承諾することを。


『分かりました。ママを、ママを幸せにしてください』


『もちろんですとも』


 ……ああ、誠士さんの笑顔が嫌いだ。


『詩子』と、ママが私に話しかける。


『あんたにこれまで散々ふびんな思いをさせたわね。もう大丈夫よ。4人で幸せになりましょう』


『……』


“4人で幸せになりましょう”


 私は、雅久君を救うためにママを偽善者の生贄とした。誠士さんは、性格を偽り、ママの弱みにつけ込んで、彼女の心を手に入れた。


 雅久君の目が物を言う。


『虐げられた末、生きる希望を失った』


 雅久君は私と同じ目をしている。


『おまえみたいな蛆虫は死ねっ!!』とママに罵倒されて、生きる希望を失った私と同じ目をしている。


 雅久君を見捨てる、できないよ、そんなこと、私にはできないよ。


『よし、話がまとまったな。後は、婚姻届、転居届と養子縁組届を役所に提出するだけだね』


『2人共、よろしくね』


『ああ』


 一方、雅久君は、探りを入れるような目つきで――鵜の目鷹の目でママを見ている。彼女は彼の目にどう映っているのだろうか?


 ママは、ママは……純粋さ故に、善人にも悪人にもなり得る。彼女だけではない、環境次第で誰しもが善人にも悪人にもなり得る。


 ゆらりと揺れた雅久君の目が私を捉える。


 恐怖心が胸底でどきんどきんと蠕動する。


 と、にこりと笑った雅久君の、そのぎこちない笑顔に私も笑みをこぼす。


『雅久、帰るぞ。瑞己と詩子さん、僕らはこれから家族なんだ。1カ月後にここは引き払う予定だからね』


“家族”


 幸福に満ちる、笑いの絶えない家族。


 休日は、遠出して、写真をたくさん撮り、さまざまな思い出を作り、食卓を囲み、談笑する。


 孤独からの解放が“家族”なのだろうか?


 誠士さんは、ママと私に会釈し、玄関に雅久君と共に引き返す。私たちは彼らを玄関まで見送る。


 光沢を放つ革靴を履く誠士さんとは対照的に、草臥れた運動靴を履く雅久君。彼の運動靴を目にした瞬間、涙が込み上げる。


 雅久君は誠士さんからどのような扱いを受けているのだろうか? もしかすると、雅久君の運動靴が草臥れていることに気がつかないほど誠士さんは彼に無関心なのかもしれない。


 思い出す。


『あんた、箸の持ち方を正しなさい』


 ママが私に箸の持ち方を注意したあの日を。


 ママは私に無関心ではない。彼女は私に関心がある。だから、私に正しい箸の持ち方を教えた。


『――それでは』


 誠士さんは、玄関ドアを開けて、アパートの通路に雅久君と共に出る。


 心做しか、雅久君は安らいだ表情を浮かべている。


 雅久君の表情に胸を撫で下ろす。


 一方、複雑な心境――雅久君は、誠士さんを、人を警戒して、生きているのだろう。心を開くことは全てを曝け出すことを意味する。


 雅久君は、自分の弱さを見せられる相手をきっと、きっと探していたに違いない。


 がちゃん。


 誠士さんが玄関ドアを閉めた瞬間、柔らかく、暖かな風が私の頬を撫でた。


『あんた』


 いきなり話しかけられて、反射的に振り向く。


『外食に行くよ。ぼーっとしていないで、準備しな』


『外食?』


『あんたに美味しい食べ物を食べさせてやりたいんだよ。とにかくさっさと着替えな。部屋着で見窄らしい』


“あんたに美味しい食べ物を食べさせてやりたいんだよ”


 その言葉に温かくなる胸、ママがやけに優しい理由は上機嫌だから? それはさておき、着替えろと指示された私は、寝室まで小走りする。


 寝室に入り、桐たんすの引き出しを開けて、フリルがたくさんついた黒色のワンピースと、白色のレースソックスを取り出し、部屋着からワンピースに着替えて、コートを羽織り、ソックスを履く。


 ……似合うかな? 自信がない。


 私は部屋着で過ごす日が多い。留守番ばかりで、どこかに出かける機会が少ないからだ。


 ワンピースとコートがしっくりこない。


 それはそうと、ママが待っている。


 桐たんすの引き出しをばたんと閉めて、ママの下に小走りする。彼女の下に行くと、彼女は壁に凭れかかり、腕組みしていた。


『服装はよし、問題は髪形ね。ちょっと待ちな』


 そう言って、ママは、ドレッサーまでヘアブラシとヘアゴムを取りに向かった。


『お待たせ』


 その言葉と共に戻ってきたママは、豚毛のヘアブラシと、ラインストーンがぎっしり詰まった、高級感の漂うヘアゴムを手に持っている。それらは見るからにブランド物だ。


『こっちにきな』


 ママにおどおどと近寄ると、彼女は、私の髪を触り、豚毛のヘアブラシでこれを梳る。


『……よし』


 ブラッシングを終えたママは、ヘアゴムで私の髪を束ね、これをポニーテールにする。その手際のよさに驚く。


『あんた、一気に垢抜けたわよ』


 意味ありげな微笑を浮かべるママは、『あんたは相も変わらず見窄らしい子ね。けれども、私のおかげで少しはマシになったわ』と言いたげだ。


 鮮やかな西日に照らされる、ベルベッド色のグロス――蠱惑的なママから目が離せない。


『……何よ』


『ごっ、ごめんなさい……』


『……そう』


 それから、豚毛のヘアブラシをドレッサーに片づけに行ったママは、私の下に戻ってきてから『行くよ』と言った。


 玄関で私たちは靴を履く。

 

 と、ママが私の靴を一瞥して、『あんた……。こんな見苦しい靴で外を歩くつもり?』と苛立った声で尋ねる。


 舌打ちするママと、あたふたする私。


 げた箱を開けたママは、中から高級感の漂う黒色のエナメルのバレーシューズを取り出し、それを玄関床に置いた。


 黒色のエナメルのバレーシューズ――これも恐らくブランド物で、目が眩む。私にブランド物ばかりを与えるママは、娘の体裁を気にしているのだろうか?


 ママの言う見苦しい靴から用意された靴に履き替えて、準備が整う。彼女は、玄関ドアを開けて、アパートの通路に出る。そこに私も出る。


 そうして、黒色のキルティングミニショルダーバッグから鍵を取り出し、玄関ドアの鍵を閉めて、私の手を握り、すたすたと歩き始めた。


 心臓が早鐘を打つ。


 ママが、ママが――私と手を繋ぐなんて、夢にも思わなかった。


『ど、どこに行くの?』


『寿司店』と、ママは答えた。

 以降、住宅街から商店街にやってきた。


 錆びたアーチ、シャッター通り、退色した店舗テント、電球が切れた街路灯、罅割れたアスファルトや、まばらな人通り。


 ゴーストタウンさながらな商店街を歩いている時、自転車が私たちの隣を通過し、枯れ葉を巻き上げる。


 自転車が私たちの隣を通過する矢先、運転手が私たちを横目で見て、瞠目する。私ではなく、ママを見て、驚いたに違いない。


 ママは麗しい、その麗しさを何かに例えるならば、芸術家が丹精を込めて作った、世界に1つだけの芸術品――宝石の如き光輝を放つ芸術品だ。


 運転手は目を逸らし、自転車で走り去った。


『あんた、どこを見てんのよ。危ないから前を向きな』


『はあい』


 商店街を抜け、人通りの多い場所へやってきた。


『もうすぐで着くわよ』


 ママと手を繋ぎ、歩く。


 この手を放したくない、彼女とずっと、ずっと――手を繋いでいたいと思った。


 道行く人々の視線を釘付けにするママ、堂々とした佇まいのママ、何よりも自分に自信があるママ。


『奇麗』


『美女』


 こうした称賛は女性のビタミンだ。


『お美しいですね』『お奇麗ですね』と、顧客はママを称賛しているに違いない。称賛を浴びる彼女は自分の美しさを自覚している。


 ママは美人――圧倒的な美人だからこそ、近寄り難い。


 上目遣いにママを見る。畏怖の念を起こさせる、息を呑むその美しさに見惚れる。


『着いたわよ』と、ママは、ぱったりと立ち止まり、とある飲食店の方へ面を向ける。つられて、私もそこを見る。


 木製引き戸から漏れる柔らかな明かり、年季が入った外観と、藍色の布に白色の毛筆行書で「麗寶れいほう」と大きくプリントされたのれんがかかっている飲食店だ。


 店内に入ることを躊躇う私に構わず、木製引き戸をがらっと開けたママは、私を連れて、そこに入店する。


『いらっしゃい』


『こんばんは、数日前に予約した花牟禮です』


『はいよ。カウンターの奥から2番目、3番目の座席ね』


 木製引き戸を閉めたママは、私を伴い、寿司職人が指定するカウンター席に向かった。

 カウンター席に私たちはやってきた。


 ママは上着を脱ぎ、それを椅子にかけて、カウンター席に座る。


『あんたも上着を脱ぎな』


 指示されて、上着を私も脱ぐ。これを椅子にかけて、カウンター席に座った。


『日本酒を1杯とおつまみを1つ、この子には茶を1杯』と、ママは寿司職人に注文した。


 暫しあって、ママのカウンター席には日本酒の入った徳利、お猪口や、小皿に盛られたおつまみなどが置かれ、私のカウンター席には緑茶の入った湯飲み茶碗が置かれた。


『はい、日本酒、つまみとおでばなね』


『ありがとうございます』


 ママは、礼を言い、おてもとを使って、おつまみを口に運ぶ。


 私は湯気が立つ緑茶を見つめる。緑茶の芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。


 これを一口飲もうと、両手で湯飲み茶碗を包み込み、息を吹きかけて、これを口に含む。抹茶本来の濃厚な味わいが素晴らしい。


『詩子』


『……ん?』


 おてもとを箸置きに置いて、ママは、『こういう場所には礼儀作法があるの。服装に気を使い、来店前は煙草を吸わず、香水をつけない。上着を脱ぐ。礼儀作法とは、モラル――社会のルールに通ずるのよ。私の言葉の意味がいずれ分かるわ』と私に教えた。


 それに頷く。


 来店前、ママが身だしなみを注意した理由が判明し、腑に落ちる。彼女は、私に礼儀作法とは何たるかを教えるために、学ばせるために、私をここに連れてきたのだろう。


 母親と躾の2つが結びつく。私が求めるものは、彼女が私という子供を教育すること、躾けることだ。


 教育と躾は違うようで同じだ。教育を通して、躾を通して、母親が子供を正しい方向へと導く。私はこれらを求めていた。


 ママから正しい箸の持ち方を教わったことを嬉しいと感じたのは、こういうことだ。


 だが、『おまえみたいな蛆虫は死ねっ!!』と私を罵倒したママは、モラルを、社会のルールを守っているのだろうか?


 そもそも、モラルとは何なのだろうか? 社会のルールとは何なのだろうか?


 すっきりしない気持ちを流し込むように緑茶を飲む。


『大将。おまかせを2つ。この子のシャリには、なみだ抜きで』


 ママはおつまみを食べ終え、日本酒を飲み、寿司職人は2人前の寿司を手際よく握る。


 ほどなくして、寿司職人が握りたての寿司を寿司下駄に並べる。色鮮やかなネタと、艶やかで透明感のあるシャリに私は目を輝かす。


『はいよ。お待たせ』


『ありがとうございます』


『お嬢さんのはこっちね』


『は、はい、ありがとうございます』


 寿司職人は私に笑顔を向ける。緊張がおかげでほぐれた。


 ママを一顧すると、おてもとを使わず、手で寿司を食べている。


 汚い……。手で寿司を食べることに抵抗感があるものの、ママのまねをして、手で寿司を食べることにした。


 その後、私たちは黙々と寿司を食べ、みそ汁を飲み、締めに緑茶を飲んだ。どれも絶品で、口の中でとろけるうまみに感動した。


 寿司を食べるママの姿、背筋をピンと伸ばして、よそ見をせず、咀嚼音を立てず、寿司を食べる彼女の姿。


 彼女は自分の美しさを引き立たせる方法を知っている。


『ご馳走様です』


 腰掛けからママは立ち上がり、上着を羽織って、バッグから二つ折り財布を取り出す。


『はい、お愛想ね。合計で1万5千円だよ』


 ママは2万円札をトレーに置き、寿司職人はお釣りをそれに置く。彼女は、財布にそれを入れて、バッグに財布を入れた。


 腰掛けから私も立ち上がり、上着を羽織って、寿司職人に頭を下げる。そうして、私たちは店を出た。


『おおきに』


 まるで暗夜の淀んだ空気を切り裂くような威勢のいい声と、「麗寶」から漏れる柔らかな明かりが密度の濃い闇に一条の光をもたらす。


 あの日――。


 この世界には、こんなにも美味しい食べ物があることをママが私に教えてくれた。


『あんたに美味しい食べ物を食べさせてやりたいんだよ』


 ママのこの言葉を思い出すと、涙腺が緩む――涙が頬を濡らす。


『……あんた、何泣いてんのよ』


『……ううん、何もない』


『……そう』


 ママと手を繋ぎ、アパートに帰ったあの日。


 ママの手の温もり――ママの手が温かいように人の心も温かい。


 きっとそうだ、信じたい、信じよう。


 商店街に私たちは戻ってきた。真っ暗闇に覆われた、まるで廃虚のような商店街を通り過ぎ、閑静な住宅街を抜けて、アパートに帰ってきた。


 帰宅して、玄関で私たちは靴を脱ぎ、ここに明かりを灯す。


『ねえ、ママ』


『何』


『私……ママの傍で眠りたいの』


 直後、振り向き、私をまじまじと見るその眼差しに気圧される。


『いいわよ』


『えっ?……』


『あんた、ちゃんと聞いていたの? 私の傍で寝てもいいと言ってるの』


 あからさまに溜め息を零すママは『いつまでたってもあんたは物分かりが悪い子ね』と言いたげだ。


『さてと、私は風呂に入るからね。後であんたも入りな』


 そう言って、ママはバスルームに向かった。


 思い出の詰まった部屋、香水の香りや、2人で過ごす時間。


 その後、私も風呂に入り、ママと同じ布団で眠った。


 ママは知らないだろう。


 あの日、ママに背を向けていた間、声を殺して、私が泣いていたことを――。


 引越し当日、誠士さんと雅久君がママと私を迎えにきた。


 エレガンスなファッションに身を包むママは、フルメイクではなく、ナチュラルメイクだ。


 私は、黒色のセーターを着用し、ベージュ色のプリーツスカートを履いている。


『瑞己、詩子さん。行こうか』


 虫唾が走る誠士さんの笑顔と、相変わらず憂鬱な表情の雅久君。こんな調子で果たして大丈夫なのだろうか?

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