16.りゅうくんの心
船内のレストランで、僕たちは朝食をとっていた。俺の目の前で、あんまウキウキしてなさそうな、といってもシリアスでもなさそうな顔をしたりゅうくんが、クロワッサンを頬張っている。
——俺の、初恋の人だよ。
仙台を去る時の、あの言葉が頭を過ぎる。
翔太が初恋の人だったこと、てか、りゅうくんが男を好きになっていたこと。冷静になってみると、りゅうくんは物凄いカミングアウトをしていたな、なんて思う。
まさか、もしかしてりゅうくん僕のこと……。
いやいや、なわけないよね。そんな都合のいいこと……。
「ん? どしたの、晴くん」
そんなこと考えていると、りゅうくんがそう言った。僕、なんか変な顔してたかな。
まあ、りゅうくんとは一回ちゃんと話したほうがいいのかもしれない。
「いや、なんか、りゅうくんって男の子好きになるタイプだったんだな〜って」
後頭部をカリカリしながら、僕は訊いた。りゅうくんにとっては、それは言われ飽きてることなのかもしれないとは思ったけど。
りゅうくんはクロワッサンを飲み込む。窓から朝日が覗き、りゅうくんの焼けた頬が白く照る。りゅうくんはまた何でもないことのように言う。
「俺、小さい頃にそういうの自覚し始めてさ、最初は自覚するだけで、片想いとかまでにはならなかったけど、仙台の方に転校してきて、初めて人のことを好きになったんだよね」
翔太の、明るい顔が浮かぶ。りゅうくんが今、どういう気持ちなのか、全く分からない。苦しいのか、寂しいのか、それとも本当に何とも思っていないのか。
「それを自覚し始めたのは、小学三年くらいの頃でね、今日は、その学校に行くつもり。その小学校、東京にあるから」
「東京のどこにあるの?」
りゅうくんが何を思ってるのかわからないまま、僕は訊いた。りゅうくんの心に、簡単に触れちゃいけない気がした。
「結構田舎の方だよ。あきる野市。俺が在校生の時、校庭にタイムカプセルを埋めたから、回収しに行きたいんだ」
「そうなんだ」
そこでピタッと会話が止まる。窓を覗くと、ずっと向こうに見える、金属片をばら撒いたような陸地があるのがわかる。
「まぁ、今思うと、翔太に告白とかしなくて良かったなって」
りゅうくんのほうを向くと、とても優しい顔でりゅうくんはそんな事を言っていた。少しだけ、りゅうくんがどんな気持ちなのか分かった気がした。
+++
俺達は東京港から歩き、潮の匂いを運ぶ海やコミケでよく見る建物を眺めながらしばらくして、国際展示場駅に着いた。この世のオタクたちはこのルートを辿って戦場を赴くのだと思うと、何だか胸を打たれてしまう。
「秋川駅に着いてる頃には九時か……。早めにタイムカプセル回収出来たらいいんだけど」
「もしかして、結構急ぐ感じ?」
「うん。泊る場所は名古屋の予定だからね。最悪ネカフェで夜を過ごすことも考えてるけど、正直怖いしな……」
俺は国際展示場駅の通路の壁に寄りかかって、スマホで乗換案内を眺める。東京の路線図はマジで意味不明だからな。乗り場とか間違えないようにしないと。
「しっかし、せっかく東京来たのに田舎の方行くなんてね。もっといろんなとこ巡りたかったな~」
晴が眠たそうに背伸びして、あくびしながらそう言った。
「アキバとか?」
「ほら、大学の研究所とか!」
「置いてくよ?」
晴の謎の理系オタクは置いておいて、俺は駅前の日よけから見える青空を見上げた。まだ海が近いから、空を遮るような建物はほとんどない。都会の人ごみに揉まれる前に、涼しい空気を吸っておこう。
深呼吸が終わると、俺は切符売り場に向かって歩き始めた。
「ぜえ、ぜえ……」
俺は新宿駅のホームで膝をつき、電車の酔いや人の多さに撃沈していた。さすが大都会。人の乗り降りの数が全然違う。人の数だけ人の臭いがあり、車内が揺れれば乗ってる人全員が揺れる。そのたびに俺の三半規管がダメージを受け、身体が平衡感覚を失った。下車する頃にはこんな有様だ。俺、なんか最近疲れやすくなってないか……?
「だ、だいじょぶ?」
「み、みずのむ……」
俺はペットボトルの水を一気飲みし、上着のポケットに入れた。
「と、とりまこっから十二番ホームまでいこうか……」
俺達はホームから構内へと入り、いったん立ち止まってスマホで駅の構内図を確認していた。その時だった。
「えっ、え……」
晴がそんな声を出して急に、全然別方向に歩き出したのだ。まるで、何か見えない糸に引っ張られていくように。
「ちょ、ちょっと待って、晴くん!」
俺もそれに早足でついて行く。
俺と晴の距離が人の流れで遮られ、縮まらないまま晴はなんと駆け足で三番ホームへと入っていく。う、うそでしょ晴くん? なんでこんなところで俺を一人にしていくの?
駅のアナウンスが、俺の体に冷や汗をかかせる。
「は、晴くん!」
俺は必死に人ごみをかき分け、晴くんを追い、三番ホームへと階段を下りる。そこに泊まっていた電車に、晴は乗ろうとしていた。晴の目は、一つのものしか見えていないようで、なんだか少しだけ必死そうに見えた。俺もなんとかその電車に駆け込み、満員の中、人の間を縫って晴の元へとたどり着いた。
「晴くん、何してんの⁉」
壁ドンするみたいに、俺は晴の寄りかかったドアの窓に肘を突き、小声で訊いた。
晴は、今までにないくらい真剣そうな目で、こう言った。
「ごめん……。さっき、僕のお父さんがいて、つい追っかけてしまって……」
「え……?」
お父さん。確かに晴は、そう言ったのだ。
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