11.自分なりの戦い方
昔からずっと展示されているのであろうステゴザウルスの標本は、小さい頃の思い出の一部の輪郭を、くっきりと俺の目に映しだしてくれた。背骨の上に綺麗に並んだいくつもの板や、首をひねらせ、何かを見つめるような小さな頭蓋骨。何から何まで昔通りで、大昔に生きた証が、沢山の資料や暖かいスポットライトの中に存在しているのだと思うと、何だか不思議な気持ちになった。
俺はステゴザウルスの前にある資料の文に目を通す。小さい頃から、こういうのはちゃんと読み込むタイプだった。
昔の俺は、この恐竜が好きだった。ティラノサウルスとかギガノトサウルスとかアロサウルスなんかの肉食恐竜とは違って、こいつは草食で、頭のわりに図体がでかくて、それでも尻尾の棘や背中の板で身を守っていて、自分なりの戦い方がある感じが俺は好きだった。
そんなことを思い出していると、翔太が隣にやって来た。
「りゅうくんは相変わらず恐竜見てる時間より文章呼んでる時間の方が長いよね~」
俺なんかとは違う、ここにある光を全部集約させたようなきらっとした目で、翔太はからかう。
「あれ、晴君は?」
さっきまで俺達と一緒にいたはずの晴君が、いつの間にかいない。それに気づいて翔太にそう訊くと、微妙な顔をして翔太は言った。
「なんかあいつ、想像以上に理系オタクというか……」
「へ?」
「博物館というか、ここのキャンパス見て『こんな実験室あるの⁉ 忍び込もう!』とか目輝かせて騒ぎ出して、どっか行っちゃった……。晴君ってあんな感じなんだね……」
「いや、俺も知らなかった……」
そりゃあ、友達歴はめっちゃ短いわけだから、晴君のことを何も知らなくて当たり前なのだが。なんとなくそれは翔太には言いづらい。
「ていうか、りゅうくんは昔からこいつ好きだよな」
「うん、まあ……」
俺達はステゴザウルスの標本を見上げる。心なしか、「久しぶりだね」と語りかけられているような気がした。
「りゅうくんはさ、進路とか考えてる?」
急にそう問われて、心がドクッと音を立てた。
「あんまり……」
そう答えるしかないこの状況に、少しだけ嫌気がさす。もっと、翔太とは楽しい話がしたい。それでも、時間は容赦なく進んでいく。翔太だって、いつまでも昔のままじゃない。
「俺さ、ここの大学、行こうと思ってるんだよね。工学とか勉強して、技術者になってさ」
「そうなんだ……すごいじゃん」
心がぎゅっと、締め付けられる気がした。翔太が、俺の知っている翔太じゃなくなっていくような気がした。きっと、心から喜ぶべきなんだろう。昔の翔太が今言ったことをそのまま話したら、昔の俺は、きっと心から喜んでいた。
少しだけ、俺の行き先が分からなくなるような感覚がした。
+++
まじか~まじか~最高かよ!
図書館はなかなかお目にかかれない専門書の宝庫だったし、あんな先行研究を間近でお目にかかれるなんて~!
……じゃねえりゅうくんと翔太くんどこだ⁉
僕は慌てて博物館に戻って色んな場所を探しまくり、結局見つからず焦って出ようとして、灯台下暗しというのかなんなのか、まさかの出口で二人を見つけた。僕は二人の元に駆け寄りながら言った。
「ごめん二人とも! 大学の研究室とかに忍び込んでたら遅れちゃった!」
「いやなに言ってんのこの人」
りゅうくんがジト目でツッコむ。
「晴くん探してたんだからね!」
「ごめんごめん、一人ではしゃいじゃった……」
「まあ、全員そろったことだし、都会の方出てなんか食べに行こうよ」
翔太がそう言うと、僕達はそれに賛同した。そして、翔太はりゅうくんの方を見て、笑顔で言った。
「その後にさ、小中のときの先生に挨拶してかない?」
僕はりゅうくんの方を見た。
僕は、空気が少しだけ重くなるのを感じた。
りゅうくんが、暗い顔をして俯いていたからだ。こぶしをぎゅっと握りしめ、りゅうくんはこう言った。
「ごめん、学校には、行きたくない……」
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