10.分からないところ

 誰も、誰にも分らないところまで。ただ、俺が生きたいと思えるところまで。俺は必死に歩く。知らない田んぼの風景、知らない川の堤防、知らない、まだつぼみの桜並木。何かから逃げるみたいに、不器用に、呪縛から逃れるように、俺は歩く。


 反抗としては、あまりに下手で。

 行動としては、あまりに無知で。

 やろうとしていることは、あまりに無茶苦茶で。


 それでも、山や川や田んぼの景色が、俺に判断をゆだねるように、ただ地球の表面に寝そべっている。


 遠く、とにかく、遠くへと。

 とにかく、前へ。




「痛って!」


 気の抜けた叫び声がして布団が剥がされ、俺は目を覚ました。空気の澄んだ青白い、見慣れない空間。そうか、俺は翔太の家に泊まっていたのかと、宿泊あるあるみたいな感覚と同時に、寒気が脚を包んだ。


「さむい……」


 俺は目をこすって上半身を上げてベッドから床を見下ろすと、布団を引き摺って落下した晴君がいた。カードゲームやボードゲームが散乱した中で、晴は顔をしかめる。そうだ、俺は昨日、晴くんと旅を始めて……。と、俺は昨日の奇天烈ファンタジーを思い返す。


 なんか、奇妙な感覚だ。


「晴君、だいじょぶ?」


 宿題でもしていたのだろうか、机に向き合っていた翔太が振り返って晴君を見下ろした。

 後頭部に手を当てて、晴君は起き上がった。


「ベッドで寝たの久しぶりだから……」


 と、晴君は恥ずかしそうな顔をする。それからぶつぶつと、人との生活とか久しぶりだな的なことをつぶやいていた。そんな堂々と言うんだ。


「晴君、それどういう?」

 翔太が突っ込む。

「あーこっちの話。まだ頭寝ぼけてるっぽい、ごめんね~」

 晴君が笑ってごまかす。晴君、普段は一体どんな生活してるんだ?


 +++


 背の高い木々に挟まれた、一本の整備された坂道。木漏れ日が落ちる歩道を、僕達三人は歩いている。昨日と違って、りゅうくんと翔太は打ち解けていて、やっぱり人との関係続けてる人間は違うな~なんてことを思う。僕は傍観者やり始めて人との関係を全部断ち切ってきたから、友情パワーには勝てないな。


 仙台の都会の景色から離れていくように、僕達は森の中を進む。この先の道は大学の理学部のキャンパスに続いていて、りゅうくんや翔太が昔に、その博物館の展示を見たりイベントに行ったりしていたらしい。


「懐かしいね、翔太くん。初めて来たのは小学生くらいの頃だったっけ?」

「あ~そんくらいだったかも。りゅうくんが図書室で恐竜の図鑑借りてるの見て、りゅうくんなら絶対ここ好きだろうなって思ったんだよね!」


 何やらノスタルジックな会話をし始めた。僕は二人の背中を見守るように歩く。りゅうくんが翔太に向ける目は、なんだか明るくて、それでいて愁いを帯びていた。僕はふと、りゅうくんがどんな人生を歩んできたのかが気になった。


「おーい晴くん」


 色々考えていると、気づいたらりゅうくんが僕の方を振り返っていた。つられて翔太も僕の方を見た。


「あ~ごめん、晴くん置いてけぼりにしちゃった」

「なんか晴くん、さっきからぼーっとしてるし」


 りゅうくんは面白そうにそう言った。


「いや~、お二人が思い出話してるところに割って入れないよ」


 そう言い放つと、二人が確かにと笑った。涼しい向かい風が吹いて、僕と二人が少しだけ距離が遠くなったように感じた。僕はそのことをなんとも思っていないし、居心地悪いとも思っていない。ただ、この二人を見ていたいと思った。僕は人とあんまり関わることがないから、人との関係を俯瞰して見てしまうところがあるんだろう。こういう感じも、僕にとっては悪くなかった。

 


 

 

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