5.放っといたらやばいやつ

「ば、バケモノって……」


 にやりと口角を上げた晴に、俺は訊き返した。えっと、バケモノ? 緊急事態?


「言葉通りバケモノさ。僕のことが見えてるんだとしたら、もしかしたら君にも見えてるんじゃないかな?」


 そう晴が言った直後だった。仙台市の建物全体にひび割れが入ってしまうんじゃないかと思うほど、ありえないほど高い周波数の叫び声が上空から聞こえたのだ。


「な、何⁉」


 俺は叫び声の方を向く。駅前のビルの屋上から、雲をかき集めて作り上げられたような形の白い巨人が姿を見せていたのだ。確かにそれは人間の概形をしており、どの人間にそれの形を当てはめてもしっくりくるような、マネキンのような形をしていた。口はなく、顔のパーツと分かるものはぐちゃぐちゃに鉛筆で塗りつぶしたような黒い眼玉だけ。ビル一個を余裕で丸呑みできるほどの大きさはある。バケモノと呼ぶにふさわしい見た目だ。


「な、なにあれ……⁉」


「やっぱり、隆太君にも見えてるんだね。じゃあ、更に君は放っておけない」


 晴は走って俺を通り過ぎ、歩道橋の欄干の上に飛び乗って、俺に手を差し伸べた。


「どうするつもり? あの巨人、放っといたらヤバい奴⁉」

「やばい! 人類滅ぶ!」

「マジかよ!」

「君があの巨人を認知できてるんだとしたら、多分君誰よりもこちら側の世界に近づいてる! このまま隆太君を放っておけないし、僕と接触している今の状態の君は誰にも認知されていない。きっと誰よりも巨人からの実害がでかくなる。だから、この手をとって!」


 俺は、俺の事なんか見えていないかのように行き来する人たちを見回す。誰よりも、晴の世界に近づいている。晴と一緒で、ガチで周囲の人達から俺は認知されなくなっているという事か?


 俺は淡い青空と、白の巨人を見上げる。白の巨人は、自身の体のいたるところから鋭い爪を持った手をいくつも生やしている。そして白の巨人は、俺の方を見下ろした。


「……⁉」

「隆太君、はやく!」


 足がすくんだ俺を、晴が急かす。前を向き、ゴーグル越しのギラギラとした晴の真っ直ぐな瞳を見つめる。見上げると、巨人がいくつもの腕を俺の方に伸ばしている。


「ああああもう!! ガチで意味わかんねえ!」


 歩道橋にいくつもの巨人の手が降り注ぐ。俺は無我夢中に走った。


「俺は晴君を信じるからな!」


 俺は信頼できるかどうかわからない晴の手を握った。


「よっしゃ! 行くぞ! しっかりつかまってな!」


 その瞬間、どんな物理法則でさえも押しつぶせそうな空気抵抗を肌で感じた。視界から得た情報は、空の青さしかなかった。次に見えたのがビル群や山脈と青空の境目。晴の腕。


 え、まって。今もしかして空飛んでる?


「はあああああああああああああああああ⁉」


 俺達は宙を浮いていた。


「いったん巨人から離れるよ!」


 英会話だかロフトだかの看板が出ていたビルの屋上に一瞬だけ足が着き、もう一度晴は閃光を伴う超巨大な空中ジャンプをかました。


「脚力どうなってんのおおおお⁉」


 もう一度ビルの屋上に足を付けてはもう一度ジャンプし、それを繰り返して大通りを上空で横断し、その先にあるビルのヘリポートの上に停まり、ようやく晴の高速移動が止まった。


 俺は腰が抜けて、その場でへたりこんでしまう。晴はゴーグルを上げ、成長していく巨人を見上げている。


「隆太君はここで待ってて」

「ねえ、あの巨人は何?」

「うーん、人のストレスの集合体みたいな?」

「戦うの?」


 晴はにっこりと俺を見下ろし、ゴーグルを下げて俺に背を向ける。ヘリポートに手を広げ、物質の持つエネルギーをかき集めるように、銀色のツルハシが生成された。晴は俺を振り向いて言った。


「うん、それが仕事だからね!」


  


 


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