仙台編
4.最初の目的地
青森県八戸駅には、まだ朝の空気が漂っていた。少しだけ人の往来が多くなり、喧騒に混じって東北新幹線のアナウンスが聞こえてくる。ホームを移動し、電車に乗り換えて座席に座ると、リュックを前に抱きかかえて隣に座る隆太に僕は訊いた。
「ねえ、新幹線には乗らないの? そっちの方が早いでしょ」
「うーん、新幹線より電車の方が安いし、俺、新幹線苦手なんだよね」
「なんで?」
「耳の中が気持ち悪くなるというか、絶対体調悪くなるんだよ」
「なるほど。気持ちはわかる」
まあ、こういうルートを辿るのも悪くはないか。
少し経つと、山や、まばらな民家や田んぼが広がる田舎の風景に、電車は僕達を運んでいく。雲がぽつぽつと、涼しい青空に浮かんでいた。
「それでも、片道で七時間半か……。隆太君、お金大丈夫そ?」
「なんとかなるよ。夏休み、バイトでめっちゃ稼いだから」
隆太が得意げな顔で答える。結構前から、隆太はこの旅を計画していたらしい。まあ、この年くらいになると一人旅とかしたくなるんだろうな。
「僕がみんなの意識を操って、うまいこと無賃乗車するって手もあるけど」
「晴君は今その最中なんでしょ? 面白みないじゃん」
「う……」
「っていうかさ、晴君はなんだっけ、傍観者とか言ってたよね」
「うん」
「傍観者ってさ、何する人なの?」
まあ、隆太君くらいになら教えてもいいか。
「特に何も。緊急時以外は、この日本をうろちょろしてるだけ」
「な、なにそれ」
隆太が意外そうな顔をして答える。
「一応、これでも神様に近い存在だよ」
「そんなんで、存在って成り立つものなの? ほら、神様って、人からの信仰とかで成り立ってるっていうじゃん」
鋭い指摘だ。
「僕の仕事のボスみたいなのがいるんだよ。それがカミサマ。僕はそのカミサマに生かされてるって状態かな。僕は日本を歩き回って、今の世界のことをカミサマに伝えればいいんだ。物価の上昇がやばいとか、円安がやばいとか、環境破壊がやばいとか。今はそのカミサマの所に向かってる」
「カミサマの居場所が福岡県にあるってことか。仕事、ずいぶんざっくりしてるね」
「ほら、時代がどんな感じで進んだかわからなくなったら、神様困っちゃうでしょ?」
「そ、そんなもんなんだ……」
「カミサマも自由なやつだからね」
+++
11時には、盛岡駅に着いていた。乗り換えまで少しだけ時間があったから、二人で何か食べようという話になった。改札を抜け、振り返ると平気な顔をして何もせずに晴が改札を通っていた。
「なんか、乗り気じゃなさそうだね」
「レストランとか、店員が僕のこと認識してくれないとご飯食べられないじゃん。意識操作で僕のことを認識してもらわないといけないから」
晴はそう言って、ゴーグルを外して上着のポケットの中に入れた。
「何してんの?」
「だって、ご飯食べたいんでしょ? ゴーグル付けてたら店員に『登山かよ』って思われそうじゃん」
「そーゆ―ことは考えるのね……。てか、そのゴーグル外せるんだ」
「あたりまえでしょ」
ジトっとした目で晴は俺のことを見た。
『よくおでんした 盛岡さ!』という看板を「ちょっとご飯食べてくだけなんだけどな」と思いながら通り過ぎ、適当に見つけたお店で俺達はご飯を食べた。何とか電車に間に合うように急いだりしていると、俺は妙な恐怖に駆られかけた。でも、目の前でうまそうにじゃじゃ麺を食べている晴を見ていると、そういったものが一気に無くなっていった。
乗り遅れたらやばいぞ、と囃し立てる晴を後ろに俺は駅内を駆け回り、何とか電車に乗った。前よりも人が多く、電車の中が狭く感じた。いろんな人の放つ匂いに、俺は少しだけ気持ち悪くなる。
その時、肩に何かが乗る感触がした。一瞬、心臓を止めるかのように体の内側から凍っていくような感触がしたけれど、すぐに晴の頭だと分かった。会って間もないくせに、ずっと前から友達だったような、何だかそんな感じで晴は接してくる。俺もなんだか、晴といると安心した。晴が居なかったら、今頃こんなところで旅を諦めていたかもしれないと、俺は思った。
あの駅に着いたらあの電車に乗り換えて、と頭の中で反芻しながら、乗り換える前にいちいち俺の隣で寝ている晴を起こして、15時30分、仙台駅に到着した。
「晴、おきて。最初の目的地ここだから」
人がぞろぞろと電車を降りていく中、俺は晴をゆすって起こした。きらきらとした駅の構内で、眠たげな晴の手を引っ張って、俺は二人で仙台駅を出た。ここまで来ると、流石に都会の景色になってきた。外に出ると、どろっとしていた意識が涼しい風にさらわれていった。無印やらロフトやら銀行やらの看板が貼られた、誰が何の用途で建てたのかわからない大きなビルの上に、太陽が乗っている。空はまだ青いけど、そろそろ青空は終わりかけている。
「さ、行くよ。晴君」
そう言って振り返ると、晴は人の行き交う中、空を見上げて目を見開いていた。晴の髪と上着が靡いていた。
「おかしいな……」
「どしたの?」
「隆太君、僕の仕事、緊急時以外は日本を歩き回ることだって言ったよね。その緊急時って、三年に一回くらいしか起こらないくらい、なかなかないことなんだけど」
晴はきらきらした瞳で、口角を上げて言った。晴は楽しそうに、額に掛けたゴーグルを装着した。ゴーグルは太陽の光やビル群を反射し、ギラギラと輝いている。
「今、その緊急事態が起こった。バケモノが出てくるよ」
「へ?」
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