2.めっちゃタイプなんだけど
「大事な伏線みたいに言ったつもりないんだけど……」
なんだか騒いでいる少年がいるなあとは思っていたが、どうやらその原因は僕だったようで、僕は心底驚いていた。この少年には、なぜか僕の意識操作が通用しないのだ。
「え、ていうか、万引きしてましたよね? その菓子パン」
ちょっと肌が焼けてて、ぱっちりとした垂れ目の男の子……。高校一年くらいだろうか。短い前髪が真っ直ぐ前に伸びていて、ショルダーバッグを肩にかけている。上は白、下は黒のオレンジ色のラインが入った上着を着ていて、蛍光色の入った黒い短パンにスパッツを履いているその姿は、まるでスポーツ少年だった。さっきコンビニで何か買ったのか、小さいビニール袋を提げている。
うっわめんどくさいな~。こんなの初めてなんだけど……。人と話すの何年ぶりだろう……。そもそもこの状況自体がよくわからないし……。
「君、普通に人間だよね?」
変なことを訊いてしまった。
「いや、そうですけど、その言い方だとあなたは人間じゃない感じなんですか?」
「まあ、そうなるね。元々は人間だった、って言った方が近いけど」
とりあえず、この場を収めるためには普通に説明した方がいいのだろう。なぜこの少年が僕のことを認識できるのか。その理由は後からカミサマにでも聞けばいいや……。
「僕はね、誰にも認識されない、世界の傍観者みたいなもんなんだよ。神様に近い存在」
そう言って、僕はベンチからひょいと立ち上がり、こちらに向かってくる人影を見つけた。ただのランニングをしてる人だろう。
「厨二病?」
「こら」
僕はポケットに片手を突っ込んで、走ってきたお兄さんに思いっきりボディタッチした。
「え、今、脇腹思いっきり……」
スポーツ少年の方を振り返って、僕は言った。
「でも、気づかれない。こーゆーこと。僕の意識操作がずっと働いているおかげで、人間は誰も僕のことを認識できないんだよ。君だけのイレギュラーを除いてね」
「……その話を信じるとしても、なんで俺だけ姿が見えるの?」
「わかんない。だから驚いてる」
「わかんない、って……」
スポーツ少年はなんだかよくわからないと言うような顔をする。その顔をしたいのは僕の方なんだけどな。
「さ、君はおうちにでも帰ったら? 僕は誰にとっても他人なんだ。多分かかわらないほうがいい」
僕はそう言い、スポーツ少年は、何だか煮え切らない顔をした。だけど、色々考えたところで無駄だと思ったのか、身をひるがえしてどこかへ歩いて行った。
「分かりました。そういうことなら……」
話が分かる人で助かった。
僕は安心して、元の場所に座りなおし、小説を開き始めた。そして今更、僕の胸が異様に高鳴っていることを認識した。
「おかしい……」
小説にどうしても意識が向かなくて、僕はそのまま文庫本を上着の中に入れ、あてもなく歩き始めた。ビル群を抜けると、港と水平線が見え始めた。『関係者立ち入り禁止』と書かれた張り紙を無視して、僕は港の堤防の上を平均台みたいに歩き始めた。
風が、少しだけ上がった体温を冷やしてくれる。
「そういや、結構あの男の子に格好つけちゃったな……」
そう思いながら、僕はちょっとにやにやとする。僕は無意識に、漁船を目で追う。なんだか、オープンワールドのゲームで言うところの世界の端っこみたいだ。限界まで海を泳いだら見えない壁とぶつかってしまいそう。
「てかどうしよ……」
堤防を歩きながら、僕の頭の中にはさっきの男の子の顔が過っている。
「あの少年、めっちゃタイプなんだけど……。またどっかで会えないかな」
+++
「よっ。また会ったね!」
青森駅の通路で、俺はリュックを背負って、ガラスの向こうにずっと伸びている線路を見下ろしていた。青空の下に、レールや、枕木や、砂利や、電線。ごちゃごちゃとしたものがひしめき合っている様を見下ろしながら、俺はこれから、ずっとその先に行くのだと決心していた。だが、その聞き覚えのある声に、そういった意気込みのようなものをかき消されてしまった。
振り向くと、例のゴーグルの少年が軽く片手を上げ、にっと歯を見せるように笑っていた。
「あ、前の万引きの人」
「もっと良い言い方あったよね?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます