晴れのつめあと

うすしお

1.どこかで会った?

 薄青い空が、白いビルの後ろに広がっていた。涼しい風が吹いて、僕が適当にスポーツ店で万引きしてきた(正しくは違う)上着のパーカーが靡く。


「半袖にこれはまだ寒かったかな。まあいいや。コンビニでも行こ」


 青森県青森市のビルの立ち並ぶ通りを、僕は特に目的もなく歩いていた。こんなどこにでもいそうな少年など、誰が通り過ぎてもなんとも思わない。

 僕がまったりと通りを歩いていると、楽しそうにはしゃいで走ってきた小さい男の子と後ろからぶつかった。それでも、何事もなかったかのように、その男の子は僕を見もしないで、そして謝りもしないで走り去っていった。


 寂しくとも、何ともなかった。


 僕は近くにあったコンビニに入り、菓子パンコーナーへと足を進めた。入店音が鳴ったものの、店員さんはだれも「いらっしゃいませー」の一言も口にしなかった。僕は何とも思わず中に入っていった。


「うーん、やっぱり練乳パンにしよ」


 菓子パンが陳列された棚の前で、僕はしゃがんで練乳パンを取った。僕はそのまま歩いてコンビニを出た。外は涼しくて、空気はまるで、人々をこれから活気づけようとするみたいに澄んでいた。


 +++


 おいちょっと待て。今のって俺の見間違いじゃないよな?


「あ、あの……店員さん、今の人……」


 商品を袋に詰め終わったアルバイトの、学生っぽい男の人がきょとんとした顔で僕を見る。


「はい、なんでしょう?」

「い、いやさっき、出て行った人!」

「え? 誰も出入りしていませんが」

「ほ、ほら、だぼっとした服装の人!」

「いましたっけ?」

「へ?」

 

 俺は焦る気力すらなくなって、素直に袋を受け取る。


 は? なんだよそれ……。


 見間違いじゃなければ、確かに俺は、レジを通さずに菓子パンを持ったままコンビニを出て行った少年を見たはずだ。黒いぼさぼさした短髪で、上が水色、下が黒のパーカーの上着を着ていて、黄土色の長ズボンを穿いていた。


「へ、変なこと言ってすみません!」


 とりあえず俺は、あの少年を追いかけてみようと思った。


 コンビニを出てすぐに左の方を向くと、さっき見た少年の背中があった。少年は、コンビニの裏にある公園へと向かっているようだった。


 ……まじ、なんなんだあいつ? 平然と万引きしてもばれないとか。もしかして透明人間? 


 俺は公園の茂みに隠れて、少年の行く先を目で追ってみた。


 ビルに囲まれるように存在しているその公園は緑が多く、その中にぽつんと東屋が建てられていた。少年はその中のベンチに腰掛け、上着の中に隠し持っていた小説を読みながら、菓子パンを開けて平然とした顔で食べ始めた。


 いや普通に食べてんだけど!?


 俺はさすがに耐えきれなくなって、東屋の方へと早歩きで向かった。


「ちょっとちょっとそこのひと! さっきから何してんの?」


 少年は小説の文面から顔を上げ、俺の方を見た。そしてすぐに小説に顔を戻し、またパンに口を付け始めた。


「いやいやいやいや!? 無視の仕方清々しすぎるでしょ!?」


 するともう一回、少年はきょとんとした顔で俺の方を見上げた。変な間ができて、朝にランニングしている人の足音とか、公園のなかをちょろちょろと流れる水の音とかが余計に聞こえてきた。


 額に青いレンズのゴーグル、俺からして右の頬に絆創膏をしている。俺を見る少年は、ものすごい間抜け面をしていた。まるで、自分に話しかけてくる人がいるとは思わなかったという風に。


 そして少年は、パンを持つ手で自分に人差し指を向けた。


「僕のこと?」


「いや、『僕のこと?』じゃないですよ!」


 そうツッコむと、少年は心の底から驚いてるような目をした。そしてすこし俺の方に体を傾けて言った。


「なんか、どこかで会ったことある?」


「いやそんな大事な伏線みたいに言わないでくださいよ」


  


 


 

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