【10】No Man
数千年前、人々の夢は…幻想は現実になった。
それはファンタジーの到来だった。御伽噺でしか無かった力を扱える事を人は喜んだ。
それが絶望の始まりだとも知らずに。
人々は自身に与えられた幻想を"それがどういうものかも知らずに"徒に使った。
嗚呼!その顛末が"これ"だ!!これを喜劇と言わずしてなんと言うのだ!?
なぁ、ダウンのリーダー?
知らない男の声が響く。それは力強いがどこか憤りを含んだもので…。
「ッ!?」
冷や汗をかく顔を振り、慌てて周囲を確認する。変わりのない自身にあてられた部屋、薄暗い中で異変を探すが、あるわけも無い。
「……夢か」
ため息をついて少しすると、コンコンと扉を叩く音がする。どうぞ、と声をかけると扉が開き奥から一人の男が入ってくる。ノーマンだ。
「おっ朝早いなリーダー!やる気は十分みたいだな」
「やぁノーマン。そういえば今日だった……ちょっと早くない?」
話しながら横の時計を確認するとまだ4時前。まだ夜明けすら来ていない時刻だ。しかしそんな事を気にする様子もなくノーマンは続ける。
「ん?ああ、だからいいんだよ。分かんねぇことばっかだろうが、現地で説明するから取り敢えず出発するぞ」
「了解」
軽く相づちを打って私達は出発した。入口のゲートをくぐり抜けまだ暗い灰都市を覗く。
そこから狭い路地を通り抜け、大通りはできるだけ通らないようにし、人目につかない場所を歩いていると、先頭にいたノーマンが私を見る。
「…周囲に生命反応はねぇな。よし、リーダー。ここらでこの世界についての説明だ」
「ここで?」
「あぁ、森まであと4kmぐらいだからな。休憩も兼ねてこの路地で話をする。覚悟はいいか?」
いつもの様相と一転して、真剣な顔で私を見る。話を聞くために傍にあった室外機に腰かける。
「う、うん」
「そうか。それじゃ、リーダー。ここまで通ってきた中で、この規模の廃都市をどう見る?」
そう言われて私はダウンの基地の周りを思い浮かべる。あまりにも無機質な廃ビルの山。人の気配など微塵もなかった。
「えっと、ノーツの毒霧のせいでこうなっているんだっけ」
身につけているガスマスクを擦りながら、私は現状知っていることの確認をする。
「ああ、半分正解だ」
その言い方に、私は違和感を覚える。
「半分?」
「あぁ、半分だ。実はな、それだけじゃないんだよ。毒霧は確かに脅威だが、それだけで滅びかけるほど人類は弱くねぇ。原因はまだ3つある。そのうちの一つがこれから行く無命の森にある」
「無命の森……」
「ああ、この大陸を蝕みほぼ無限に広がっている森だ。つい先日"探索課"の連中が命名した」
「探索課って?」
「ん?なんだノアに教えられてないのか。まぁそこら辺はアイツに聞いてくれ。俺が話していいのか分からんしな。よし、そろそろ行くか」
「了解」
腰掛けていた室外機から降りてノーマンの後をまたついて行く。
そうして1時間ほど経った頃だろうか、突然暗い路地裏を抜け視界が開けた。
大きな通りを挟んだそこは当たり障りのない森といった風貌で、特段おかしな点は見受けられない。まぁ、都市と森が繋がっていることはおかしいのだが……。
「これが?」
少し拍子抜けといった感じで私は呟く。
「そうだ、これが無命の森だ。リーダー、一つ確認しておく。普段はアンタの方が立場は上だが、ここでは俺の指示が絶対だ。アンタに記憶が無い以上、ここの事をわかっているのは俺だけだからな。できるか?」
ノーマンは静かに、しかし真っ直ぐ私の顔を覗く。
「了解。よろしくね」
「よし、それじゃ行くぞ」
そうして私達は森の中へと入っていった。
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森に入ってから唐突に異変が明らかになった。世界が変わったと言ってもいい。
まず毒霧が存在しない。中は静かな夜の森であり、あの殺意は欠片も見えない。
更には無命の森の名前通り、虫も、鳥も、なんの声もしない。静けさに包まれた空間だった。
もちろん生命の区分で木や草も確認できたが、まるで無機質なテクスチャの様だった。
「何これ…」
ガスマスクを脱いだ私は、自身の置かれた環境の異質さに嫌な違和感を覚える。
木の根が入り組んだ森の中、獣道のような道を進んでいく。
そうしている中でノーマンが口を挟む。
「ここが無命の森だ。端的に言うと、ここには神が存在する」
「……神?」
あまりに現実とかけ離れた単語に、私は疑念を抱く。
「あぁ、比喩じゃねぇ。マジもんの神がいる。しかも何千体もだ。そいつらに人類の半数が殺された」
何故かそれを聞いて不意に思った。
無神教な訳では無いが人が都合よく作った神が人を襲うのか?そんな訳は無い。ならば。
「神って……もしかして"人が作った神"じゃなくて元々存在した神?」
「ん?よく分かったなリーダー、誰かに聞いたのか?そうだ、つい最近の人間の信念から生み出されたちっぽけな神じゃねぇ。数百億年も培われてきたマジの地球の意志が目覚めちまったんだよ。一度"ソイツ"が滅ぼした国を見たことがあるんだがな。……あれはキツかった」
そう言ってノーマンは心底嫌気がさすといった顔をした。そして気になる事もできた。
「なんでそんな危ないのがいるところに来たの?」
嘘をつくタイプには見えないが、話が本当ならば何故そのような危ない場所へと自分を連れてきたのか。あまりにもリスクが高すぎる。
「あぁ、まぁそうなるよな。理由は一つだ。神、そして遺物の調査だ」
「神?」
一見冗談にも聞こえてしまう言葉だが、ノーマンの顔はここに来てからずっと真剣だった。それほど気を緩められない場所なのだろう。そして、この言葉も真剣に言っているのだろう。
「俺は葬儀屋だって言ったよな?実は副業として神に関する調査もしてるんだよ。情報屋ってのはそれの副産物だ」
そう言ってノーマンは私に一枚の写真のデータと資料を送る。資料は神と遺物の等級…危険度に関するものだった。等級は三段階で、一番下がロー、二番目がハイ、そして最上級と言われているものがエフェスというらしい。
「あぁ、さっき言った数千の神の内の殆どがローかハイだ。エフェスは数える程しかいない。ただローであっても絶対に油断は出来ねぇ。ローだとしてもノアよりも強い」
「ノアよりも!?」
あれ程の実力を持っているノアでも勝てないとはどれほどなのだろうか?そんなものが蠢くこの森は、なんと恐ろしい場所なのか。
ノーマンのことを信用していない訳では無いが、もしもエフェスの神に出会ってしまったら……。
そんな心配が頭をよぎる。それを察したのかノーマンはいつもの様に明るく振る舞う。
「大丈夫だ!そんな簡単にエフェスには出会わねぇよ。今回行く場所はローだけしかいねぇし、調査とは言っても実際はリーダーに神を見せる為のもんだ。それに、ここは結構ロマンがある場所でもあるんだぜ?」
そうしてノーマンはニヤリと笑みを見せる。
「ロマン?」
「あぁ、さっき休憩している時に『この森はほぼ無限に広がっている』って言っただろ?」
ああ、確かにそう言っていた。しかし、得体の知れない敵対存在がいる場所な以上、ロマンなどは湧かない。
「実はな、数十年前から変なものが見つかりだしたんだよ」
「変なもの?」
「あぁ、最初に発見されたのは廃墟と化した街の跡で、これは古代の街の跡地だった。2回目は祭壇、3回目は城の跡とかな」
ここで並べられたのは、人工物の類い。明らかに人の手が加わったものに付けられる名称。つまりこれは……
「それって…」
「ああ、かつて何者かがそこに居た。しかもかなりの文明を持ってだ。分かるかリーダー?つまりこれは俺らの全く知らない奴らが存在したってことだよ。文献でも口伝でも残らない程に淘汰された未知がここでは無限に広がってんだ」
手を広げ楽しそうにノーマンは話す。冒険者の様な精神も持っているのだろう。そして、確かにそのような話はロマンがあるのだ。まだ誰にも知られずに消え去った"過去"があるかもしれないのだから。
「それは…中々おもしろいね」
「だろ?まぁここは場所が場所だからな。あまり十分な調査は出来ていない。さっき言った古代の街なんかは俺らが発見したんだが、調査の途中でハイの神々に襲われて撤退したしな」
「ハイの神か……よく無事だったね」
「まぁな、ダウンも中々粒ぞろいだからな!それに…」
言いかけたところで突然ノーマンは立ち止まり、左腕を伸ばして私の進行を止める。
「…ノーマン?」
チラリと顔を見てみると、ノーマンの顔は酷いものだった。恐怖、焦燥、驚愕など、様々な感情を内包した表情をしていた。
「……んだよ。なんでこんな所にいやがる…!?」
そうしてノーマンの向く方向に目を向ける。
木々の隙間に目を凝らし、ようやく粒ほどの大きさに見える"それ"は、1匹の鹿。
しかし容貌に特異な点が見受けられた。大きさは通常の鹿に相違は無いが、異様に大きく枝分かれした角に垂れる大量の御札と、四つある目。一括りに言ってしまうのならば、一種の神々しさを持っている鹿だった。
「……鹿?」
そう小さく呟くと、鹿がこちらを向く。綺麗で光のない虚ろな瞳と目が合ってしまった。
不意に、私の頭に死がよぎった。それはきっと生物としての本能からだった。
「あっ……」
そう力無く呟くと、目の前にノーマンの腕が伸ばされる。そうした次の瞬間、ノーマンの腕が人の可動域から外れた方向へと捻り曲がる。
「がっ……!?」
痛みからそう呻くノーマンだったが、直ぐに私の腕を掴んで来た道を駆け戻る。
「ノーマン!大丈夫!?」
何が起きたのかも分からず、私は理解のできるノーマンの心配をする。
「痛ってぇが無事だ!それよりも走れ!後ろを振り向くな!"認識"されるぞ!200mは離れてただろ!?あの距離から骨を折れるのかよ!?」
ノーマンの骨が折れたのは恐らくあの鹿だ。そしてもう一つ分かっていること。ノーマンはアレから庇ってくれたのだ。もし庇ってくれなかったら、恐らく私の首はあらぬ方向へと捻り切れていたはずだ。
「…ッ!ノーマン、あれは何!?」
少しでも現状を理解しようと、私は走りながらノーマンに聞く。
ノーマンの回答は驚くべきものだった。
「エフェスだ!あれが最上級の神だ!絶対に関わっちゃならねぇ!」
「エフェス!?あれが!?」
「あぁ、アレに物理法則の範疇の攻撃は期待するな!会ったが最後だ!今俺らが生きてるのはただの奇跡だ!取り敢えずこのままダウンまで走るぞ!」
そうしてから数時間歩いてきた道を全力で走った。捻られた腕を抱えながらもノーマンは私に付いてきた。そうして来た道を半分もかからぬ時間で走りダウンに着いた頃には、既に日が暮れていた。そこまでの間で、ノーマンの腕以外に攻撃と思わしきものは無かった。
ダウンへのゲートが開くと、当たり前のようにノアが出迎えの為にいた。
「お疲れ様です!先生、ノーマンさ…ノーマンさん!?」
あらぬ方向へと捻り曲がったノーマンの腕を見て顔面蒼白になったノアは直ぐに内部通信で医療班を呼ぶ。
「あぁ、リーダーも無事だな。すまねぇ、ちょっと休む」
そう言ってノーマンは倒れ込んだ。
「ノーマン!?」
驚いて駆け寄るが、よく見ると寝ているだけのようだった。極度の緊張と痛みで限界が来ていたのだろう。
そうして少しすると医療班がやって来てノーマンを担架に乗せて去っていった。
「私に何か出来ることはない?」
そうノアに聞くと、ノアは私の周りをぐるぐるとまわって観察する。
どうしたのかと聞いてみると、
「先生は……怪我とかされていませんか…!?」
そう言って今にも泣きそうな顔を見せる。
「ノーマンが護ってくれたから大丈夫だよ。心配してくれてありがとうね」
「いえ…あっ出来る事ですね!?医療課の皆さんは優秀なので大丈夫かと思います。ノーマンさんの無事を祈って、もし治ったらお見舞いにでも行ってあげてください」
「……うん、分かった」
ノーマンの事が心配でならなかったが、ここは皆を信じることに決めた。そうして軽く会話をした後にノアと別れて部屋に戻ることにした。
その途中に、ある事を考える。
「…私のせいだ」
私が目を合わせてしまったから。私が変なことをきっとしてしまったから、こうなったのではないか。並々ならぬ後悔と罪悪感を感じた。
あぁ、何故私はこんなにも。何も出来ないのか。
そんな自身への嫌悪感が募っていくのを感じた。
______________________________________
「やぁ、存外元気そうじゃないか」
医務室を訪れたラストは、左腕を補強され寝かされているノーマンを見る。
「あぁラストかよ。珍しいじゃねぇか、お前さんがここまで昇ってくるなんてよ」
「なに、たまには皆との会話もしてみたくなるものだ。それより、なぜ私がここに来たか分からないほど愚鈍な訳でもないだろう?」
そう言って静かにラストはノーマンを見据える。それは好奇心に満たされながらも、どこか苛立ちさえも感じられる様相だった。
「あぁ、何故かローの神しかいねぇ所にエフェスがいた」
「そこも奇妙だが、他のことだ。君の話を聞くに…」
言いかけたところで、納得したようにノーマンは答える。
「あぁ、あの神は間違いなく"リーダーを狙った"」
「ふむ…。実に奇妙だ、話によれば君は先生の前に既に言葉を発していた。神々は人間的な思考や感情を持たないはずだろう?羽虫の声を人がきにしないように。なのに先生の声が聞こえた途端に先生を狙った……」
「ああ、自慢じゃねぇが俺は声がでかい。リーダーよりも前に俺は結構話してたぜ。神は何かの"イベント"が無ければただの木偶のようなもんだ。俺達の声を聞いたって気にする事はない。なのにリーダーが俺よりも小さく声を発しただけで目の色を変えて殺しに来た」
「ふむ……現状では情報が全く足りないが故にこの疑問に対する回答は浮かばないな。助かったノーマン、先生を守ってくれて感謝するよ。それじゃこの辺で私は戻るよ」
そう言って立ち上がると少しラストは微笑みを見せる。
それが奇妙に映ったのかノーマンは笑う。
「はははっ!!お前さんがアイツ以外に向けて笑うとは珍しいな!良いもん見れたぜ!」
「…へぇ、そうかい。神とは違えども"感情の無い"君でも笑う素振りを見せるくらいには愉快なのかな?」
それを聞いてノーマンは少し難しいような表情を見せる。
「おーいラスト?それはひでぇ言い様じゃねぇ?」
「そうかい?まぁ、その程度の傷なら補強するだけで治るだろうさ。君もわかってるだろう?《E-00915》?」
それを聞くと、ノーマンは更に難しい表情を見せた。今度は飛びっきり嫌そうな顔で。
「うぇ〜ラスト、その名前はやめてくれ。俺はアイツが付けてくれた名前、結構気に入ってるんだぜ?」
「そうか、すまない。……にしても、先生は良い名前を付ける。確かに君にピッタリの名前じゃないか?なぁ…
部屋から去ろうとするラストが、言い残すようにして立ち去ると、部屋にはノーマンだけが残された。
「……はぁ、事後処理が大変そうだ」
そう呟いた後、再び眠気が訪れたのかノーマンはゆっくりと横になって意識を落とした。
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