【9】ノーマン

「行ってくるね」


結果として、ノーツの隊員は数日経ってから荒廃した市街地に一つの箱を置いていった。無機質なコンクリの道路の上に置かれた箱の外面にはノーツのロゴが入っていた。


「……開けるね」


敵はいない様だったので、ガスマスクを被った私とヴィオラで箱をダウンまで運び、発信機が無いかの安全を確認した後に共に箱を開けた。


「…………アスカ…」


そこからはあまり覚えていない。数十のパーツに刻まれ肉片となった彼女を、どうしたのだろうか。あぁ、記憶が曖昧だ。……そうだ。その後は私やノア、そしてラストを含めたスタッフ達で静かに葬式を行った。

アスカの死に対する喪失感は大きかった。ダウンの戦力としてではなく、仲間である1人として。

哀傷に満ちた葬送の場で、私に弔辞の声は届かず、自室に戻ってからその隅で吐くだけだった。

ヴィオラは聞くところによると数時間暴れてからようやく確保され、鎮静剤で落ち着くまで自室に寝かせているということだった。

ノアとラストはたまに私の部屋に来ては様子を見て帰っていく。しかし2人も無理をしている様だった。

スタッフ達も頼りになるアスカの喪失をただ嘆くだけだった。

あぁ、どうすれば良かったのか?もっといい方法はなかったのか?


「……私がもっと強ければ、彼女を救えたのか?」


三日三晩、問答を続けたが答えは出ない。恐らくこの問答の答えなど存在しない。

あぁ、更に私は思う……いや、どうしても考えてしまう。それは微かな罪の意識。ここに来てずっと思っていた事。


"彼女達を忘れた私に、彼女を悼む資格はあるのか?"


ぼーっとする重い頭をあげ、周りを見る。地下に作られたこの部屋は大抵暗いが、いつもよりも更に暗く落ち込んだように見えた。

ふと意識を部屋の外へ向けると、何か声がする。小さく聞こえるその声はノアのものだった。急ぎ足で向かってくるかのように、声は段々と大きくなっていく。


「ちょっと……さん!!先生は傷心中なんです!!」


「そうか、では余計にアイツに会う必要がある」


「ちょっと話を、あぁ〜〜!!!!」


そうして扉の前で足音が止まる。だが次に聞いたのは扉を開ける音ではなく、爆発を思わせるような蹴りと共に吹き飛ばされる扉の悲鳴だった。


「ぎゃー!?」


私が叫ぶのも意に介さず、轟音と共に光が部屋に入り込み、一人の大男が入ってくる。後ろではノアがアワアワと慌てふためいていた。

その男は身長2m程の偉丈夫で髪は黒色で根元に一部赤のメッシュの入ったオールバック。

イメージに似合わないような金色の縁の丸眼鏡をつけており、服装は映画で見た"殺し屋"を思い浮かばせるような特殊な黒色のスーツを着ていた。

特に気になったのが、腰のベルトに異様に付けられた拳銃とナイフだった。

綺麗な黄色の瞳が私を見る。


「よっ、元気かリーダー?」


意外なことに声色は見た目よりも若々しい男性のものだった。


「えっと、誰……ですかね?」


後ろで見ていたノアが男の後ろからひょこっと顔を出してくる。


「あっこの人はですね……」


「ん?いやいいぞノア。自分の事ぐらい自分で紹介するさ」


チラリとノアの方を向いてそう言った後、男は私の方へと向き直る。


「俺はノーマン。アンタが付けた名前だぜ?覚えてるか?」


ノーマン。記憶の隅をつつこうともやはりその名前に覚えは無い。しかも……私が付けた?

目の前に壁のように立つノーマンは明らかに私よりも年上に見える。顎に見える無精髭がいい証拠だ。私はまだ20歳前後。……多分。どちらかといえば名前を付けられる側は私の方だ。


「えっと…ごめん。やっぱり覚えてない」


「たはっ!そうかい!まぁいいさ、これからまた仲良くなりゃいいんだからな」


現状暗い雰囲気のダウンに見合わぬほど底抜けに明るいノーマンに困惑し、助けを乞うべくノアを見ると、何かを察してくれたのか話を切り出そうとする。


「あっえっと……ノーマンさん。話の内容から察するにお酒飲もうとしてますよね?」


「ん?あぁ、よく分かったなノア!」


「ダメです!仕事もまだ終わっていないでしょう?それに、先生はお酒飲めません!激弱です!」


「だからじゃねぇかよ!腹割って話せるぜ?それに、ノアが何しても忘れていてくれるかもな〜?」


「えっ……いやいやいや!それは……いけない……事です……」


何かを考え込むようにノアの声が小さくなっていく。

なぜか顔が赤いまま笑っている。怖い。

そう思っていると切り返してノアもノーマンに説く。


「でも!ノーマンさん先週のタスク終わらせてませんよね!?」


「げっ、なんで知ってるんだよ。でもなノア、今回はラストからの要請なんだよ。アークの演算で必要だと言われたんだとよ」


「でもです!タスクはやはり終わらせないと……」


「リーダーに"神秘"とこの世界のこと叩き込んでやれと」


それを聞き、あからさまにノアの顔色が変わる。和やかになりつつあった雰囲気が打って変わって真剣味を帯びたものになった。

静かにノアはノーマンを見つめる。


「それは…先生に前線へ戻れと?」


「ノア、お前さんの気持ちは分かる。俺だってリーダー見てぇな良い奴を血なまぐさい戦場なんかに送りたかねぇ。だけどよ、お前も分かるだろ?リーダーの力はデカい。権力的にも実力的にもな。それにヴィオラも言ってたよな?"教官の知見は必要だ"ってな」


「なっ…!?本当に地獄耳ですね」


「"目"が良いんでな。耳も良いんだよ」


そうしてしばらく考え込んだ後、悔しさを残しているかのようにノアはため息を吐く。


「…はぁ、分かりました。……嫌ですけど」


ボソッと何かが聞こえた気がする。ノアはブツブツと何かを呟きながらこちらをジトっと覗く。


「それで、どこかに行くんですよね?ここに来る前に外出届を私に出したということは」


「あぁ、そうだな」


どこか諦めたような顔をしているノアは、静かに破壊されたドアへと向き直って去ろうとする。


「分かりました。それじゃ私は忙しいので仕事に戻りますね。因みに何処へ行こうと?」


「森だ」


瞬間、ノアはどこからとも無く愛用の手斧を取り出しノーマンの首を断ち切った。しかし実際は、その一歩手前。首に達するその寸前で刃は止められていた。遅れて風が音を立てる。

完全に断ち切ったと誤認させる程に、殺意を込めた一撃だった。


「……ふざけてるんですか?」


「いいや。マジだ」


信じられない程に低く、怒気のこもったノアの声。さらに顔。顔が一切笑ってない。


「ノア…?」


私の声を聞くと、ハッとしてノアはいつもの様相に戻る。怒ったのを見られたのが恥ずかしかったのか、これもまた信じられないほどに頬を染める。


「す、すみません、取り乱しました。……ですが、森はダメです。死ぬ気ですか?先生を殺す気ですか?」


落ち着いた様子を見せても尚、まだノアはノーマンを睨みつけている。


「アークの演算でも俺達の"死"は予言されていない。それに、俺がついてるんならまだ安心だろ?」


「それでも…それでも"もしも"があったら!」


「大丈夫だよノア」


議論が白熱して収まりがつきそうにないので、私は止めることにした。

心配そうな顔でノアは私を見る。


「先生は覚えてないんです!森がどういう場所なのか!」


「うん、覚えていない。だけど、ここで止まっちゃいけないんだよ。……アスカの努力を無駄にしないためにも、これから被害を出さないためにも、絶対に知識は必要だよ」


一瞬しおらしくなったノアは一転して覚悟を決めた目を向ける。


「先生……分かりました。それならば妥協点があります」


「あン?」


ノーマンは首を傾げる。


「先生に"神秘"のことを教えるのは私です。ここは譲りません」


「あぁ!?いやノア、アークの演算で出たんだよ!変えたら変なことになるかも知れねぇだろ!」


ご尤もな理論を以てノーマンはノアに疑問をぶつける。しかし、ノアの覚悟が曲がる様子は無い。


「私の意思が変わらないことは分かりますよね?アークならこれぐらい分かるはずですよ!」


「いやでもな…」


構わないよ。

突如としてラストの声が聞こえる。ブゥン…という音と共に付けていた映像装置が作動し、ラストの姿がホログラムとして現れた。


「別にいいさ。こういう時のノアは誰よりも頑固だ。知ってるだろう?ノーマン」


「でもよ……。まぁ、いいさ。アーク作ったラストがそう言うんならよ!!」


「ふふっ助かる。それじゃ研究に戻るよ、では」


プツ…という音と共にホログラムが潰れて消える。途端にノーマンは力が抜けたように叫ぶ。


「あぁ〜!ほんっとにノアは頑固だな!がはは!」


「先生にそんなことするんだったら別に良いでしょう!?当然の権利です!普段頑張ってますし!」


吹っ切れたのか、ノアも最早落ち着かない心を隠そうともしない。


「がはははは!まぁいいさ!死なねぇって分かってるだけでまだマシだ!それじゃ、俺は準備があるんで先戻ってるぜ!リーダー、明日の夜明けと共に出立だ」


「うん、分かった!」


そう言って高らかに笑いながらノーマンは去っていった。


「……なんか凄い人だね。色んな所でイメージと違うっていうかなんていうか」


「そうですね。怠惰な部分もありますが実力は申し分ないですし知見も広いです。ノーマンは情報屋もしていますから。それに…あの人のおかげで、司令室の方にも明るい雰囲気が流れてます。良い人なんですよ」


「そうなんだね」


そうやって話していると、くるり…とノアは私を見て背中を押す。押す先にはシャワー室があった。


「それよりも!先生は寝てください、ここ数日まともに寝れていないじゃないですか!目の下のクマ確認した方がいいですよ!?」


見た目よりも圧倒的に力が強いノアにズルズルとシャワー室に押されていく。

そこで思った。


「えっ、なんでそっち!?もしかして私臭い!?匂っちゃってる!?」


ハッとしたようにノアは首を振る。ブンブンと首が取れそうな勢いだ。


「えっ!?いや違います!!お疲れのようでしたので!入れてないのではないかと!臭くはないです!と言いますか……どちらかと言うと……」


突如としてノアは言葉を濁す。


「やっぱり臭いんだー!!!うわぁー!!」


それが聞こえないほどに、おそらくこの時の私は半狂乱だった。若干半泣きになりながらシャワー室へと押されていく。

それをずっと否定し続けるノア。あまりにもカオスすぎる空間だった。

______________________________________


「どうだ?先生の様子は」


ゴポゴポとフラスコの中で泡が浮かぶ音がする暗い部屋。ダウンの最下層に位置するラストの研究室。そこにラストとノーマンはいた。


「いやぁ〜本当に覚えられてないとはね。ちょっと傷ついた。それよりも、大丈夫なのかよ?勝手にアークの演算結果を変えて」


丸底のフラスコを掲げながら、ラストはノーマンを見る。


「ん?あぁ、問題ない。元々神秘に関することは我々が教える手筈だった。あれは森に行き世界のことを教えるという事をノアに認めてもらう為のフェイクだ。片方が引いたならば、ノアも強く言えないだろう?」


「あ〜なるほどな!……なぁ、この部屋暗くね?」


そう言ってノーマンは周りを見る。しかし光が差し込む狭い部分、ラストの周り程度しか見えない。


「いや、私は慣れてる。それに、先生に見て欲しくないものも多々あるのでな」


「あぁ〜それとかな?」


ビクッとラストが反応する。

ノーマンが指を指した先には奥の壁、そこについた大きな打撃の痕。まるで大きなもので砕かれたような……。


「別にいいじゃねぇか。見られても別に嫌われるわけじゃねぇぞ?リーダーはそんな小せぇ奴じゃねぇし」


「………暴力女だと思われたくない……」


突如としてしおらしくなり赤面するラストにノーマンは目を見開く。そうしてから大きなため息を吐く。


「はぁ〜無自覚なノアもだが、めんどくさいねアンタも」


それを聞くとピクっとラストは反応し、ノーマンをチラリとみる。暗闇の奥で何かが蠢く。


「……よし、君も砕いておこう。その口だな、悪性箇所は……?」


「あっやべ」


踵を返し全力の逃避を試みるノーマンの後を、ラストもまた殺意を持って追いかける。


「まぁ待ちたまえよ。安心しろ、一瞬で終わらせるッッ!!」


「死んでたまるかよぉおぉぉおおああああ!!!」


ノーマンの叫びは、明るさを取り戻してきたダウンに響き渡ることになった。

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「……なんだか悪口を言われた気がします」


司令部で書類仕事をしていると、不意にイラつきを感じてノアはムッとする。

それを見て女性スタッフの一人がノアに話しかける。手には大量の資料を持っている。


「ノア?どうかした?……あっさては先生の事ね?心配よね、森に行くなんて」


「あっはい…。本当に……無事に帰還して欲しいです」


「あっ、ノア。森と言えばね、いつまでも"森"じゃ分かりづらいからって言ってたでしょ?ついさっき決まったわよ。森の名称。これがその資料」


そう言って女性スタッフはノアに資料を渡す。

その確認と広報をノアに任せているのだろう。

ノアは慣れた手つきで名称の書かれた資料を見る。


「いやぁ〜色々案はあったらしいんだけど、なかなか的を射た名前を付けるじゃない?やるわね〜、探索課の奴らも」


「これが……」


手に持った資料の上部、そこには大量の赤文字で書きなぐられた『死』『禁域』『生命体の限界』『untouchable(触れてはならない)』の文字。

そしてノアが注目したのは資料の下部に書かれた一つの文言。森の正式名称。


《無命の森》


それは此岸と離れた彼岸そのもの。全ての生命体に対し向けられた"真の悪意"であった。

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