【8】最悪の日
初めはカツカツとロングブーツが強く地面を蹴る音が聞こえた。ヴィオラの頭部に付けられたカメラからの映像を見て、状況を判断し、指示をするのが私の役目だった。
事実として、その役目は成功していた。
不思議と相手の状況、構成、弱点となる部位が手に取るように分かり、難なくヴィオラ達は敵陣の最中を切り抜けて行った。
しかし記憶を無くし素人同然となった今の私でも、ヴィオラ達が凄いことは分かる。
私の指揮を一つ聞くと、その意図を理解し、適切に、そして迅速に敵勢力を制圧していった。
ダウンと同じような金属質の通路を縦横無尽に駆け抜け、相手が気づく頃には既にその首が飛んでいる。
凄惨な映像だったが、これもまた不思議なことに私は動じなかった。
「はははッ!!やっぱ教官の指揮はすげぇな!!まるで神の目だなァ!!!」
ヴィオラが高らかに笑いながら敵を屠っていく。アスカもまたその後ろに続き、背後の警戒をしながら脇から襲ってきた敵を一閃していく。ヴィオラの武器は私を襲った時よりも数倍は大きいアーミーナイフで、豪快で重く敵を叩き切っていたが、相反してアスカの刀は繊細で軽やかに敵を凪いでいた。合わないように見えて、アークの演算通りに正しい組み合わせだったようだ。
「ヴィオラ、もっと急ぎましょう。支部とはいえ、敵も多いようですし、まず間違いなくガーディアンがいます」
「あァ、そうだな。雑魚が集まってきても面倒だしな。急ぐか」
そうして一層歩を強く早く進める。
指揮をとりながら敵を倒して進む事を30分程続けた後に、唐突にヴィオラの踵の音が止んだ。
「ヴィオラ?」
不思議そうにアスカが訊ねる。
「居るぜ、この奥。ノーツの支部長。幹部だ」
そうして薄暗い通路の奥からコツコツとこちらに向かう足音が響く。
少しすると、深い緑の軍服を着た男性が見えてくる。砂漠地帯の出身なのか褐色の肌がよく目立ち、軍帽にはノーツの紋章である右に歪んだ三本線とそれを貫く槍が見える。
見た目に似合わぬほどに低い声が、無機質な通路に響く。
「よぉ、今日は良いお日柄で。ダウナー共」
不敵な笑みを浮かべながら、男はそう言う。
「ダウナーにここで暴れられると困るんだよ。お嬢ちゃんたちには悪いが、ちと死んでもらうぜ」
そうして言葉を終わらせる前よりも早く、男の持つ白刃がヴィオラの首を断ち切る。
「ヴィオラ!」
アスカが叫ぶが、ヴィオラは何事も無かったかのように後ろへと飛ぶ。
「おお!今の避けんのかよ!スゲェじゃねぇか!ダウンも粒ぞろいだなオイ!」
不意打ち気味の攻撃を避けられたのに、男は嬉しそうに笑う。
対してヴィオラは、避けるのがギリギリだったのか、薄く切れ血が滲んでいる自身の首が繋がっている事を確認し、またこちらも笑う。
「はァ〜…"同じぐらい"強え奴の相手すンのはめんどくせぇな」
突如として男の腕が切れる。しかし傷は浅いようで、こちらもまた血が滲む程度だ。
「おお!反撃まで食らうとは思わなかった!いいねぇいいねぇ!!!アンタ、名前は?」
「…ヴィオラだ」
「ヴィオラ?あぁ、ヴィオラ!ダウンの実力者の一人!こんな所で相見えるとはサイコーだぜ!俺はカリム、下の名前はねぇ。黄泉路までだがよろしくな!」
そうして名乗った後、カリムは静かに腰を落として低くナイフを構える。
「おい、アスカ。コイツはオレが殺っとくから先進んでくれ」
「…いいの?」
アスカはヴィオラに問うが、そこにヴィオラの勝利への疑いの意はない。
「あァ、コイツ抑えとく奴は必要だろうし、仲間集まってきても厄介だしな。頼むぜ」
そう言って、付けていたカメラをアスカに投げる。
「オレは大丈夫だ。ヤバかったら"使う"し、教官はそっちの指揮とった方が多分良いだろ?」
ニカッと不敵な笑みを見せる。照らすようにヴィオラの八重歯が覗かせる。
「えぇ、それじゃ。奥で待ってるわ」
応える様に優しく微笑んでアスカはカリム達の横をすり抜けていく。不思議とカリムからの妨害は無かった。
それを見て何かを察したのかヴィオラは笑う。
「ククク……あっはは!!マジかよ!攻撃の素ぶりぐらいは見せろよ!仕事サボってるのバレんぞ!」
「ン〜?なに、それよりも楽しそうなモンが目の前に居るんだぜ?こりゃ仕方ねぇな!」
「あ〜そうかい!さっさと終わっちまうかもしンねえけどな!」
それを聞いてカリムは微笑む顔を静かに暗殺者の顔に落とし込む。姿勢も低くしたその様は獣すら彷彿とさせる。
「いやいや…楽しませるからよ。ちと踊ってくんねぇか?お嬢ちゃん」
「だはっ!最っ高の口説き文句じゃねぇの!」
笑いの止まらない自身の顔を隠すことも無く、ヴィオラは高らかに笑う。
次に2人が踏み込む際には、ただ無機質な通路に金属音が響くのみだった。
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通路をずいずいと切り進んでいくアスカ達は、五分ほどしてその最奥の部屋まで辿り着いたようだった。
「長い通路ね」
アスカは文句を静かに漏らす。そうして続けざまにスライド式の鉄扉を開く。
重々しい音を立てながら開いていく扉の奥を見ると、そこは大量に積み上げられた木箱があった。
「これは…?」
通信を再度開き、アスカへの質問を投げかける。
「これは銃火器とかの兵器を保管している場所のようね。結構最新鋭の装備も揃ってる。ここを破壊したら作戦は成功」
「なるほど。皆の探知ではここには誰もいないみたいだけど、気を付けてね」
「えぇ、了解よ」
そうしてやり取りが終わった後、後ろを向きヴィオラの隊員に話しかける。
「焼却用のグレネードは?」
「ここに!直ぐに設置します!」
そう言って6人の黒ずくめの隊員が破壊工作のための爆薬を迅速に取り付けていく。
そうしている時だった。
アスカの中で一つの疑問が浮かび上がった。
何故ここまで重要な装備を無造作に、しかも無警戒にここに置いているのか。
"監視や守衛も置かずに"。
そうしてアスカは部屋を見渡しながら考え込む。
装備を壊すのはノーツにとって痛手のはず。ここまでの長い通路。あのカリムとかいう幹部を置く意味。
「いや……目的は別?"味方を置いてはいけなかった"?」
ああそうだ。まるでこれは…。
「しまった!罠よ、今すぐに撤退する!」
そう叫ぶ間もなく、突如として施設のあちこちから爆風が巻き上がり、通路のあちこちを満たしていく。
「きゃっ!」
破壊工作をしている隊員の誰かが声をあげる。その声が恐らく爆弾を発見した声である事が分かるのと同時に、アスカ達がいる部屋も吹き飛んだ。
「アスカ!」
咄嗟に叫んだが、通信の先から返答は無い。
「アスカ、そして隊員達の生命反応ロスト!機器の損傷も相まって確認が取れません!」
「救助隊を派遣する!急げ!」
部屋中が慌ただしくなった時、酷い砂嵐の音に混ざり不明瞭な通信が入る。
「こち……アスカ。本部……聞こえ……」
「通信が入りました!アスカです!機器の復旧完了、さらに生命反応を確認!」
「アスカ!大丈夫!?」
一つまた通信越しに叫ぶ。次第に砂嵐の音は無くなっていき、音声も明瞭になってきた。
映像も次第にノイズが消え、映し出されたのは変わり果てた凄惨な部屋だった。
死角に入って良く見えなかったが、結果から言うと見ない方が良かった。
恐らく無機質に転がった黒い"それ"は、顔の無い……。
「先……!これを……よし!戻った!状況、部屋一帯を爆破された!私を含め2名が生存したけど私と1人は火傷に1名が重症!下腹部に刺さったナイフによって多量の出血!撤退するわ!」
「出来たらな?」
言い終える前に聞こえた声の主は、カツカツと軽快な音を立てながら崩れゆく通路の闇から現れる。
「カリム……!」
「あ〜?なんで生きてるの?普通死ぬでしょ?」
チラリと部屋の中を一瞥する。
「あ〜なるほど。お仲間さんが盾になったのか。全く敵ながら良い判断じゃないの。あ、先生ってダウンのリーダーが見てるんだっけか?んじゃちょっとソイツにだけ見てもらうか。俺としても気分の良いもんじゃないからな」
一つ不気味に笑い、フィンガースナップを一つ。するとダウンのスタッフ達が騒ぎ始める。
「なっ!?ダウンの通信機ロスト!……なに?いや、違う!"リーダー以外通信が見えてないし聞こえてない!"」
「なんで!?」
咄嗟に叫ぶが、カリムの発言から原因を何となく察する。恐らくあのフィンガースナップだ。
しかしそんな魔法のような事が?
考えを巡らしている中でも、まだ喧騒は止まない。
「ああクソ!恐らくカリムの"神秘"だ!どんな能力かは不明!アークの分析によるとランクは…1級!?」
「神秘…?」
"神秘"という単語に戸惑いながらも、私は平静を保ち横にいるノアを見る。
そこにノアはいなかった。救助隊の派遣の為に別の部屋に言ったのだろう。
「リーダー!」
どこかで私を呼ぶ声がした。
「アンタしか通信を聞けるやつが居ねぇ!不幸中の幸いだ、指示をよろしく頼む!」
「了解!」
威勢よく声の主に叫び、そうして私は意識を通信に向ける。
アスカは何かを叫んでいた。
「…ッ!ヴィオラはどうしたの!?」
突然、似合わないほどに声を張り上げる。虚勢を張って時間を稼いでいたのかもしれない。
「いや、残念ながら生きてるな。まさか俺たちの部屋まで爆弾仕込まれてるとはな…。全く味方にも容赦ねぇ。崩れた先に色々な逃走用の隠し通路があってな、分断されちまったけどまぁいいってことで!」
言い終わる瞬間に、カリムはナイフを振り下ろす。アスカは負傷しながらも刀でそれを受ける。しかしながら負傷した者たちが後ろに居る以上、後には引けずまた自身もカリムと闘えるだけの体力など残っていない。
「くっ……ヴィオラ隊No.3、負傷した5を連れて逃げなさい!先生、命令を!」
「ダメだ!それじゃアスカが!」
「早く!全滅よりマシよ!」
それはアスカにとっても苦肉の策だったのだろう。通信越しでも分かる"死が迫る者の顔"を見せる。しかし死を恐れた顔ではなく、覚悟の決まったかのような、しかしどこか穏やかな顔だった。
嫌だった。死なせるようなものなのだ。しかし、そんなものを見せられたら……。
「……ッ!!!許可する…必ず生きて帰って」
「……えぇ、分かったわ」
力いっぱい握りしめた拳から血が漏れる。しかしその痛みに気づくことは無かった。
自身の下した決断を恐れてか、震えも止まらない。
「なぁ…逃がすわけないだろ?」
そうしてカリムは2本目のナイフを取り出し、渾身の力でアスカの刀にそれを振り下ろす。
ガキィンっ!と甲高い音を立てながらアスカの刀にヒビが入る。
「くっ……えぇ、そうね。私も同感」
「…あ?」
そうしてカリムは自身の身体を見る。
そこには大量の水のように流動する帯が、自身の身体を縛り付けていた。
「ワオ!お前も"持ってるのか"!」
「えぇ、ランクは低いけどね。貴方をここに縛り付けておくなら十分」
「アスカ!!」
心からアスカの名を叫ぶ。あぁ、居なくなって欲しくない。本心だ。死んでほしくない。例え記憶を失い忘れてしまったとしても、大切な……。
「…ふふ。先生、酷い顔よ?ごめんなさい、これが必要なの。それに、先生ならきっと大丈夫」
「アスカ…?」
死に面した状況で、アスカは優しく微笑んで私に言う。しかし私にその意図は分からない。必要とは何故なのか。それを聞く前に通信が切れた。
「アスカ!?アスカ!?応答して!……応答を……」
どれだけ叫ぼうと砂嵐が吹き荒れる画面の奥に届くことはなく、力なく私はその場にへたり込んだ。
「……状況確認が出来なくなりました……一時的に作戦を中断し隊員の帰還を待ちます。救助隊はすぐにゲートの方へと向かってください!」
そうして数時間した後、2名の隊員とヴィオラが帰還した。重症の隊員No.5はすぐに運ばれ、ヴィオラも隊員ほどではなかったが多数の傷を負っていたので、医務室へと向かわせた。ヴィオラにアスカの事を聞かれたが、同席したノアは濁していた。医務室を後にする際には、
「クソ……クソが!!あぁ!!クソ!!」
全てを察したのかそう叫び続けるヴィオラに、私は声をかけられなかった。
そうして記憶を失ってからの最初の作戦は、ダウンの完全敗北で決した。
嗚呼、されど世界は無慈悲で、最悪は終わらなかった。
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