【7】果てなき水の中で
それは深い水の中にいるようだった。
静かに沈んで、沈んで、沈んでいった。
嗚呼、怖いのに。とても怖いのに。とても心地好くて………。
気付いたら目の前に自分がいた。
そこは未だに暗い水の中で、眠った自分を見ていた。
死体のようなそれに触れようとすると、静かに水に溶けて消えていった。
「なに…これ」
周りを見渡すが、何も見えない。
底も見えず、遠くを見ても果てはない。
ただ、暗闇の中で自身から出る泡沫を覗く。
必死にもがいたが、自身が進んでいるのかも分からなかった。
怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いこわいこわいこわいこわいこわい。
困惑は既に恐怖へと変わっていった。
なにか得体の知れないものに触れてしまったかのような、そんな恐怖の中で、一つ後ろから声が聞こえた。
「見つけました」
ノアの声だった。
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次に目を開けた時、そこは見覚えのある場所だった。アスカの診療所である。
ふと横に目をやると、そこにはまた見覚えのある心配そうな顔をしたノアが私を見ていた。
目を開けた私に気が付いたのか、ノアは私に詰め寄る。
「先生!?良かった、目を覚ましたんですね。はぁ……良かったぁ」
そう言って安心したのかノアは静かにそばにあった椅子に腰掛ける。しかし、私はまだこの状況を理解出来なかった。
「ええと、ノア?これはどういう状況なのかな?」
少し困ったような顔をノアは浮かべる。
「はい、先生はアスカと事務作業をしていた時に突然倒れたそうです。アスカが介護してここに運んで検査したらしいのですが、何も異常は無かったと…」
「そうなんだ。ごめん、迷惑かけたね」
「いえ!そんな事ないです!先生が無事で良かったです」
そうしていると、奥からアスカの声が聞こえる。
「あら?先生、気がついたのね。良かったわ。体調は大丈夫かしら?」
そうして顔をひょっこりと覗かせながら質問をなげかけてくる。
「うん、大丈夫だよ。ありがとうね」
「一応しばらくは安静に。絶対よ?」
「分かった」
そうして一連の会話が終わると、アスカはノアの方を見る。
「ノア、司令室から呼び出しよ。決まったみたい」
「うん、分かった。先生、それじゃ」
「うん。ノアもありがとうね」
「えへへ、大丈夫です」
そう言って眩しいばかりの笑顔を見せた後、ノアは部屋を出ようとする。しかし、一つ気になる事があるのを思い出し、私はノアを呼び止める。
「あっノア、ひとつ聞きたいんだけど」
不思議そうにノアはきょとんとした顔をこちらに向ける。
「えっ、どうかしました?」
「ええと、変な事なんだけど、私が寝ている時に私の事を"見つけた"?」
「ええと…?先生はここにいましたし…探しては…」
「そう…ありがとうね」
「いえいえ、それじゃ」
そう言ってノアは去っていった。
あの様子だと夢には無関係だろう。元より夢なのだから、関係あるはずは無いのだが…。
何故か現実味を帯びたあの夢は、忘れられなかった。
そうして少しすると、アスカが私を見る。
「へぇ、仲が良いのね。夢にまで出てきたのかしら?いいわね〜」
少し嫌味の様にアスカは言う。
「あっいや。でも夢だし…」
「……ずるい」
静かにアスカは呟いたが、私には聞き取れなかった。
「え?」
「ああいや、何でもないわ。それじゃ、私も行くわね」
「え、何かあるの?」
「ええ、まぁ先生はここで休んでて。直ぐに分かるわ。映像も繋いでおくから」
一つウインクをして、楽しそうに部屋を出る際に、溢れ出た様にアスカは呟く。
「……結局勝てないままだったわね」
「え?」
不思議なことを言ったアスカも去っていき、困惑した私だけが残された。
そうしてから数分間の沈黙の後、唐突に映像が繋がった。映っているのは司令室で、アスカやノア、その他スタッフ達が映り込んでいた。
「あっ繋がりましたね。先生、今大丈夫でしょうか?」
ノアが画面いっぱいに映ったまま私を通信越しに覗く。
「うん、大丈夫。どうかした?」
「前に言った敵対勢力、ノーツの支部を発見しました。こちらから主力部隊を送り殲滅する事を決定しました。それで、承認、現場での指揮を頂きたくて連絡しました」
「ノーツの?」
「はい。場所はここからそう遠くない橋とその地下にある施設なのですが、ノーツの補給線になっている様で、ここを破壊すれば暫くは動きが鈍るはずです」
「…分かった。私で良ければ、指揮をとらせてもらうよ」
「はい!」
「それで、メンバーは?」
「アークの演算では、ヴィオラの隊、それとアスカが適任であるそうです」
そうして私はおかしな名前がある事に気づき、復唱する。
「…アスカ?」
「ええ、アスカです。何故彼女一人が選ばれたのかは分かりませんが…」
アスカは言うまでもなくサポートに徹した人物だ。医療部などに関わっている分、戦闘に長けた印象は薄い。
それに、ヴィオラの隊が選ばれた中1人だけというのは奇妙だった。
私の考えを察したのか、アスカが通信に割って入る。
「あら、先生。私じゃ不満なのかしら?私もノア程じゃないけれど、結構戦闘は得意なのよ?」
「はい!先生。確かにアスカは医療系のイメージがありますけど、刀の扱いは凄いんですよ!」
通信をアスカに割り込まれた事が不満なのか、少し力強くノアはずいずいと画面に割り込む。
「まぁ、そういう事なの。アークも適正だって言っているのなら、それで十分よ」
「…そうなんだね。それじゃ、よろしくね」
そう言うと、アスカは嬉しそうに微笑む。
「ええ。先生の指揮も期待しているわ。久しぶりに先生と闘えるんだから」
そうしていると、通信に聞き覚えのある声が入る。
「よォし、そろそろ行くぞ。時間が経つほどに不利になるからな」
ヴィオラの声だった。
「ええ、そうね。それじゃ、行ってくるわね。先生」
「うん。行ってらっしゃい」
そうして奥の通路へと歩を進めるアスカを見送って、一時的に通信は終わった。
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そうして一時間程だった頃、ヴィオラ達からの通信が入った。その頃には少し体調も良くなったので、ノア達と一緒に司令室にいた。
「ヴィオラだ。接敵も無く着いたぜ。これより作戦を開始する。聞こえるかァ?」
「うん。聞こえるよ。頑張ってね」
「あィよ」
そうして作戦が開始された。
ただ、これが最悪の始まりなどとは誰も思わなかった。
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