【6】神秘に触れる

私は思い出そうとする。今自身に馬乗りになっている者のことを。しかし、正解は訪れない。


「えっと…ごめんね。覚えてないんだ」


そう言うと少し彼女は寂しげな顔を見せ、静かにため息をついたあと、私の顔をまた覗く。


「…そうか」


微かに呟いたあと、私の上から降りて私に手を差し伸べる。手を取り立ち上がったが、何故か彼女の手は異様に硬かった。


「すまなかったな。私はラスト。一応だがノアと同じダウンのメンバーでここ一帯の管理を任されている」


「ラスト…ってあのアークって人工知能を作った?」


「そうだな。あれは私の研究の一つだ。それと…再三確認してすまないが本当に何も覚えていないのか…?」


「ごめんね。本当に何も覚えてないんだ。ここに来るまでの全てが抜け落ちてるって感じかな」


「そうか…。すまない、ノアを呼んできてくれるか?」


それは唐突の申し出で、少し面食らったが必要なことなのだろうと考え、深くは聞かないことにした。


「え?…分かった、少し待っててね」


「あぁ、ありがとう先生。それと、これから実験を行うからここには立ち入らない方がいい」


「分かったよ」


そうして暗闇の部屋を去ろうとする。その寸前、ラストが後ろから声をかけてくる。


「…すまない、本当に。ここで一番の技術者を謳いながら私には何一つとしてキミにしてあげられることがない」


「いいんだよ。仕方ないんだから」


「いや……うん。そうだな。そう言ってくれるだけで…嬉しい」


暗闇の中で顔はよく見えなかったが、どうやら少しは笑顔を浮かべてくれた様子だった。

そうして部屋を出て少しすると、部屋の中から大きくドンッ!という鈍い音が響く。

確かめに行きたかったが、止められているのでノアを早く呼ぶ方が良いと考え、急いでノアの元へと走った。

ダウンの施設の上部にある司令部に行くと、ノアはダウンのスタッフと資料を見ながら話していた。扉の開いた音で気付いたのか、ノアと目が合う。


「ノア、少しいい?」


「先生?どうかしましたか?」


そうして事の経緯とラストに呼ばれていることを告げると、ノアは納得したような様子を見せる。


「……なるほど。そういうことでしたか。ありがとうございます先生、それは私が適任ですね」


「あと変な音もしたからちょっと心配で」


「あー…何となく察しました。多分ですけど心配しなくても大丈夫だと思いますよ?」


「え?」


「まぁ本当にありがとうございます。先生に会えてラストも少し安心したんじゃないかと思います。ではお先に」


「あ、うん」


そう言って一つ会釈をしてノアは去っていった。

心配しなくていいというのはどういうことだろうか?気になることは多々あるものの、ノアが大丈夫だと言っているのだ。素直に信じておこうと私は考える。すると、周りから声が聞こえる。


「おーいリーダー!あんた覚えてないかもしれないけれどダウンのリーダーとしての仕事残ってるからなー!」


……ん?なんと言った?仕事?確かに記憶は無いがダウンのリーダーである以上何かしらの役割はあると考えていた。困惑する私の周りからまた声が聞こえる。


「あーそうじゃん。アスカさん探してたよ?逃げた方がいいんじゃない……あっ」


「えっ?」


ふと、後ろから視線を感じる。振り返るとそこにはアスカがいた。


「あら先生?奇遇ね〜。しかも仕事のことを話してたみたいね?」


「えっいや、あの」


「えぇ、溜まってるわよ。とっても。さぁ片付けてしまいましょうか?私も手伝うから」


コレはノアの時と同じだ、"本気"の時の顔である。そうして私は有無を言わさずズルズルと引き摺られていった。


「いやあぁあぁあぁああああ」


「あはは!頑張れよなリーダー!」


愉快な声だけがただ

______________________________________


深いダウンの基地の底で、ノアは廃れた廊下を歩く。

そうして暫く歩いたあとに、一つの扉の前に立つ。


「ラスト?来たよ」


そうやって呼びかけると、少ししてから扉が開き、ラストが出てくる。ふと、ラストの顔や目の周りが赤いことに気付いた。


「…大丈夫?」


「あぁ…ノアか。すまない。私ともあろう者が少し取り乱してしまった」


「少し…ね」


そう呟いてノアが目を拭うラストから目を逸らし、部屋に差し込む光を頼りに奥を見る。数々の実験器具やガラス張りの隔離室等が照らされているが、器具の大抵は散らばり、部屋の壁などには大きな鈍器で強く殴ったかのような破壊すら見受けられた。


「すまない。話を聞いてから覚悟はしていた。していたが…いざ本人から聞くと……どうしてもッ!」


震える声から心境を察したのかノアはラストを抱き寄せる。ラストは少しの抵抗を見せるが、徐々に抵抗は弱っていき瞳には涙も滲む。


「あの人に…忘れられているという事実が、私には耐えられないんだ…」


「うん…そうだよね」


「ノアは…すごいなぁ、キミも同じだろうに…」


「うん…。でもね、きっと大丈夫。先生はいつもそうだったでしょ?」


「…あぁ、そうだな。今は信じる時、そして今まで与えられてきた分を返す番だな」


「うん、そうだね。よし、もう大丈夫?」


「あぁ、すまない。私ともあろう者が、心配をかけたな」


そして落ち着いてきたのかラストはノアから離れ、部屋の中へと歩く。それを見て何かを察したかのようにノアはラストの後を追う。


「うん、良かった。それで、一応聞いておくんだけどさ、コレだけじゃないでしょ?用事」


そうノアが言うと、いつもの様相になったラストが顔を向ける。そうして薄暗い部屋の中にある一つのデスクに目を向ける。


「あぁ、勿論だよ。見てくれ、この大陸の奇妙な成り立ちを記す唯一の遺物……"神秘集"の一部を発見した」


「えっ嘘!?内容は?」


「無関係という線は?」


「今までに"それ"は一つもなかっただろう?」


「今日は実験って言って誰もないようにしたんだよね?よし、解読しようか」


腕まくりをしながら、やる気のある様子をノアは見せる。


「あぁ」


「先生には言うの?コレ。無関係じゃないでしょ?」


そういうと少し考えた後に静かにラストはノアを見る。


「……いや、やめておこう。今はな」


「そうだね。それじゃ、始めよう」


一つの読書灯を付けて、暗い部屋の中で二人は作業を始めた。

静かにその日の夜は更けていった。

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