【5】馬乗り、そして邂逅

ダウンの地下基地、その中で地表に最も近いゲート付近。ひどく金属質の廊下で、薄暗く蛍光灯が灯っている。アスカは途中までは一緒に居たのだが、用事があるということで今私は1人だった。そうして暫くすると後ろから声が聞こえてくる。


「よォ教官、なにボーッとしてんだよ!なんか思い出したかァ?」


聞き覚えのある声がして後ろを振り返ると、そこには軽装の角の生えた金髪の女性が1人。


「やぁヴィオラ。これから何処かに行くのかな?」


「ん?あぁそうじゃねぇ。教官に聞きたいことがあってな。アスカは…いねぇけど用事か?まァいいか。今時間あるか?」


「まぁ大丈夫だよ」


不思議な事もあるものだと、私はヴィオラを見る。

瞬間、ヴィオラの手がナイフを持ったまま私の首を薙ぐ。意識の隙間、油断があろうとなかろうと確実に相手の命を穿つ"必殺の一手"。

だから私は驚いた。既に記憶の抜けた"がらんどう"とばかりに思っていた私は、ヴィオラのナイフが喉元に到達する前に、素手でナイフを掴み取っていた。


「…おっ」


「な、何してるの!?」


驚きを隠さずにヴィオラに問い詰める。

掴んだナイフ、取らなければどうなっていたかは想像に難くないだろう。それ程までに、あの一瞬で私は"死"を実感した。

だからこそ、私は分からない。


「……説明はしてもらうよ、ヴィオラ」


「ン…まぁ道理だわな。そうだな、教官との約束とでも言っておくか?」


「約束?」


「あァ。可能性の一つとして、教官が何かしらの洗脳、存在の改竄を受けていると考えてな。2ヶ月…言っても分かんねぇか。記憶がある時に約束してたんだよ。もし洗脳とかされてるんだったら、こうしろってな」


「何で?」


「まぁ色々あるんだよ。後でノアにでも教えて貰え。それに、教官の実力はちゃんと残ってる。体が覚えてる様だしオレの一撃防げるんなら自己防衛ぐらいなら出来るだろ」


「……まぁ、悪意は無いって事かな?良いのかは分からないけど…。もうやらないでね?怖いから」


非常に本心である。自己防衛が体に刻まれているとしても万が一があってはいけない。あと怖い。急に襲ってこないで。

私は静かに心の中で叫ぶ。


「あははっ!!ま〜オレとしては物足りねぇけどな!まぁそれに色々確認出来たしいいだろ!」


「良くありませんよ?」


唐突に、ヴィオラの背後から声が聞こえる。そこには、にこやかな顔ではあるものの明らかに顔が笑ってないノアが佇んでいる。これはまずい。明らかに怒っている。


「ァ……ノア。こ、これは違くてだな」


「ヴィオラ!?」


突如としてヴィオラの目が泳ぎ始める。それも凄まじい速度で。

明らかに態度が変わったヴィオラに、驚きは隠せない。様子を鑑みるに、どうやらヴィオラはノアが苦手なようだ。冷や汗をかいてオドオドしだすヴィオラは、ノアの顔を見れずに固まる。


「ねぇヴィオラ?先生に何してるんです?もしもの事があったらどうするんですか……?ちょっとこっち来ましょうか」


「ぁぁあああぁぁああああああ!!」


爽やかな笑顔のまま、ヴィオラの右足を掴みうつ伏せのまま引きずっていく。ヴィオラは涙目のままジタバタと抵抗はするが、見た目以上に力の強いノアには抵抗も虚しく連行されていく。


「ちゃんと床が整備されてて綺麗だから痛くないね…」


「そこじゃねぇだろぉ〜〜!!!」


そっと呟いた独り言にツッコミを入れた後、二人は基地の奥へと消えていった。

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「う〜ん…この後はどうしようかな」


元々ノアの戦闘時の異様な姿について聞こうと思っていたのだが、ヴィオラと一緒に行ってしまった為にそれは叶わなかった。そうしてひとしきり考えた後に私がたどり着いた結論は。


「…よし、基地の中をフラフラしよう。なにか思い出すかも」


畢竟、暇なだけであったが、まぁそこはそれと流すことにした。そうして暫く基地の中を放浪する。会議室、司令室、食堂、トレーニングルーム、地下植物園など多岐に渡り作られていた。

そうして基地の最奥にたどり着いた時の事だった。荒廃した世界の地下とはいえ綺麗に整備されていた上階とは違い、ここは未だに煤のようなものも視界に入り、電球もまばらに点灯するだけのものになっていた。それどころか、各所各所に日本刀と思しき大きさの傷が見える。


「おお……急に荒れてきたね…。結構色々見ることが出来たし、突き当たりにまで行ったら戻ろうかな?」


そう気楽に考え、奥の方へと歩を進める。

重く金属質な扉が続いている。そうして10分ほど進んだ時の事だった。

とある部屋の前を通り過ぎる際に、急にドアが開き、暗い中からぬるりと出てきた手が私の腕を掴み、部屋の中へと引きずり込む。


「うわぁ!?」


引きずり込まれた際にバランスを崩し床に倒れ込むと、闇の中で誰かが私に馬乗りになり、私の顔を覗き込む。

暗闇に慣れてきた目でよく見ると、その人物は特徴的な銀色で長い前髪にポニーテール、そしてピッチリとフィットした白を基調とした革手袋に丸メガネと白衣を着た不思議な風貌の女性であった。特に印象に残ったのは、赤い液体が入ったガラス管の様な見た目のイヤリングと、暗闇の中でもなお煌々と輝く蒼い瞳だった。


「おや…?これはこれは…久しぶり…いや、初めましてになるんだったか?……私を覚えているかな、先生?」


ノア達との出会いに続く、更なる枢機な出会い。これがラストとの邂逅だった。

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