【4】市街地戦闘とノアの秘密

この世界…致死性の霧が充満している世界では、よほど特別な生物でもなければ一呼吸の内に死ぬことになる。そんな霧の中をカツカツと慎重に進む靴の音がした。

人の賑わいに溢れビルが建ち並ぶ街。かつてそうだったモノの中を踏み抱く人々の影。それはノーツの数十名の隊員達で、何かを探している様だった。


「なぁ、本当にこんな僻地が報告を受けた場所なのかよ?街頭すらほぼねぇしよ。草すら生えねぇ廃墟の街ばっかで飽きてきたぞ」


「おい、無駄な事を話すなよ。先遣隊と同じになりたいのか?ただの確認作業をするだけの奴らがこんなタイミング良く消されたんだ。必ず何かある」


「はぁ〜あ、そうなのかね。過剰な人数にも見えっけどなぁ」


気だるそうな者もいるが彼らは油断しているわけではない。相応の実力を持っているが故の余裕を持っているのだ。

管制室へと移動した私はアスカに頼み廃墟の各所に隠されている監視カメラで敵の姿を見る。

話し合う男達は、ノアが前回潰した部隊と同じく、特殊部隊のような装備を着けているノーツの隊員だった。

元より戦闘のプロであろう彼らは統制された動きで素早く、しかし確実に周囲を確認して進んでいく。

足音さえも押し殺されたこの空間で、市街地戦のプロに勝てる者など存在しない。

彼らは仲間の首が飛ぶまでそう思っていた。

何の音もなく飛んだ仲間の首を見て、状況を理解するのには彼らでさえも数秒を要した。

そしてその数秒が命取りだった。仲間の首を取った者は、霧に紛れ異常な速さで他の仲間を鏖殺していく。


「なっ…!?」


次々と殺される仲間達、十数名程度になった時に、自信の表れか敵にワザと囲まれるように犯人は姿を現す。

自分達よりも小さい少女。18歳前後にも見えるその少女こそが、今まさに仲間の命を刈り取った本人だった。

ノーツの構成員の一人が声を上げる。


「っ!殺せ!!」


「お仲間さんに当たりますよ?」


「なっ」


少女の言葉に踊らされ誰一人として動けなかった隙に、少女の姿が消えてまた仲間の首が飛ぶ。


「あぁクソ!何でもいい!撃ちまくれ!!」


既にパニックとなった兵士たちは闇雲に辺りを撃ちまくり、結果としてそれが少女の掌の上であったことに気付くのは、辺りに自分を含めて仲間が一人しかいないと気づいた時だった。

静かに紅く染った少女が冷たい瞳で眼前の敵を見据える。


「味方にも当てるなんて酷い人ですね。さぁ、あとは貴方だけで終わりですね」


静かに、淡々と少女は話す。それが堪らなく冷徹で、恐ろしかった。残った1人の隊員は震えながら紅い少女を見つめて叫ぶ。


「あ…クソっ!ここまでのバケモンが居たなんて…。畜生…呪ってやる」


「そうですか、私も同じ気持ちです。それでは」


静かな都市の霧の中、何の音もしないままに一人の兵士の首が落ちた。

ふぅ…、と一つ溜息をつくと、ノアはいつもの調子に戻ったように瞳に灯を取り戻す。


「先生、終わりましたよ」


そうノアが言い終わると、唐突にアスカからの通信が割り込んでくる。


「ノア、聞こえる!?まだそこに何かいるわ!」


そうして通信を聞いたノアが後ろを向くと、刀が振り下ろされ既に数センチという距離まで迫っていた所だった。


「っ!!」


咄嗟に身をかわし後ろに飛ぶ。五体満足の状態だがノアの左目には深い裂傷が出来た。

ノアの左目からは相応の出血が見られた。


「私は大丈夫です。左目が潰されましたけど…」


皆を安心させる為かそう言いながら霧の奥を見据えるノア。すると、霧の奥からまた黒い影が刀と共に現れノアに向かって振りかぶる。


「2度目はありません」


そう言って最小限で躱すノアだったが、次にノアを襲ったのは鋭利に研ぎ澄まされた動きの蹴りだった。ノアは後ろ向きに吹き飛んだ。


「かは…!?」


ダメージを受けながらも姿勢は低く、戦闘態勢に入る。そうして見えてきたのは軍服の上にボロ衣の様な漆黒のローブを巻いた一人の筋肉質で中年の偉丈夫だった。


「ん?何だ今ので気絶してくれねぇのか。ナリの割に結構タフだな」


「それはどうも。これ傷痕残ったらどうしてくれるんです?」


「ああ気にするな。どうせ気にならなくなる」


傷付いた左目を触りながら嫌味たらしく会話をするノアに、男は淡々とそう返す。カメラ越しに見えさえ分かる、人殺しの目であった。


「しっかし嫌だな。ウチの娘と同じくらいのお嬢さんを殺すことになるとは」


「まだ殺されていませんし元より貴方では無理ですよ」


「強がる必要はねぇよ。片目失って勝てるとでも思ってるのか?」


「勝てないとでも?」


そう切り返すノア。強がりにも見えるその姿勢の奥深くには、静かに燃える闘志があった。


「はっはっは!最近の子は恐ろしいな!立ち姿を見て分かる、まだ"生きている"。手負いの獲物が一番おっかないってな。まぁお喋りはここまでにしようか、仕事なんでな。俺の名はアーノルドだ。まぁ、必要はねぇが覚えときな」


そう言って静かに刀を構えると、二人の姿が消えた。常人には捉えきれないほどに速く、二人は己が刃を振るう。姿は見えず音だけが聞こえる不思議な時間だった。

暫くの攻防が続いた後、決着が着いた。

弾き出されビルに叩きつけられたのはノアであった。


「ぐっ……」


「流石に片目失ってはどうしようもないわな。んじゃまぁ、ラビットさんには悪いが死んでもらおうか」


そう言って静かに刀を振り上げる。そこで遂に私の焦りは頂点に達した。


「アスカ!ノアを助ける方法は無いの!?」


「……先生は記憶が無いから仕方が無いわね」


そう言って私の想像とは違い、静かにアスカは笑う。そうして静かに私を見る。


「先生?あの子は大丈夫よ」


「けど……!」


「まぁ見てて、すぐに分かるわ」


そうして通信を切りカメラ映像を見ると、カメラ越しにノアが私を見て、微笑む。


「ちょっとはしたないので…見ないでくださいね、先生?」


そうして刀が振り下ろされた。するとそこで不思議なことが起こった。振り下ろされた刀はノアに届かず、"先が無いままに"空を切った。


「……は?」


アーノルドも訳が分からないという顔をしていた。完全に奪ったと考えた相手の命は、まだ完全なまま存在していた。

見ると、少女は静かに嗤っていた。それは奈落の底を覗いているような、この世のものでは無いおぞましさを秘めたものであった。


「…あは」


その一言で、男が大きく退いた。歴戦の戦士である彼が、闘いのプロ、殺しのプロである彼らがだ。


「……おいおい。どうなってんだ」


そう言って静かに立ち上がる眼前の"化け物"を見据えると、反撃の手を出させないように更に深く間合いに踏み込んだ。

先程よりも倍以上速く動いた男は、自身よりも小さな少女の蹴りによって真逆の方向へと吹き飛んだ。


「がっ…!?」


ダメージを受けようとも、それは戦士としての意地か誇りか、その目は闘志を失わないままに敵を見つめる。

……敵がいつの間にか咥えていた腕が、自身のモノと知るまでは。


「んな!?」


痛みがなかった、感覚がなかった。……一連の動作が、何も見えなかった。

無くなった左腕を少女の口元に見て男は確信した、この少女には勝てない。

その間にも、口を赤で染め上げ少女は嗤う。声は無くとも、おぞましさを孕んでいるその笑みには、見たもの全員が恐怖を覚えた。


「あれが……ノア?」


驚きと困惑で私は震えながら呟いた。あんなに笑いかけて、丁寧なあの子が?


「あー……。まさかこの歳になって恐怖を覚えるとはなぁ…全く人生何があるか分からねぇもんだ」


そうして笑いながら向かってくる少女に静かに刀を合わせる。


(この技は避けれねぇだろ。腕の1本ぐらいは貰うぜ)


1度鞘に刀をしまってからの一閃で武器を吹き飛ばし、そして更に切り返しての二閃目。これが男が持つ必殺で最速の一撃だった。……そのはずだった。

カメラ越しに私はノアの"天賦の才"を見た。

刀が武器に最速最短で衝突する直前、ノアはトマホークを自然な動きで地面に叩きつけ、刀を手と斧の間で受け入れた。

そうしてそのまま反射させた斧を手に取ると、"一閃"。なんの抵抗も無くノアのトマホークは敵を通り抜けた。

まさに神業と言って然るべき一撃であった。


「…ったく。本当に最近の子は恐ろしいねぇ」


血溜まりの口でそう呟くと男は静かに崩れ落ちた。

男の死体を目下に置くと、またノアは少しずついつもの様相に戻っていった。


「ふぅ…あっ先生!終わりましたよ!」


「あ…うん。お疲れ様」


「…?どうかしましたか?」


きょとんとした顔でノアは私をカメラ越しに見る。あぁ、奇妙な程にいつものノアだ。


「いや…何でもない」


「そうですか…?」


この時はそう言うしかなかった。私とてノアが少し…恐ろしく感じた。


「あっそうだノア!左目!早く治療しないと!」


「あ〜そうですね。早めに戻ります。ねぇアスカ、これ傷痕残るかな?」


静かに左目を擦りながら、ノアはカメラ越しにアスカに問う。


「さぁね。それよりもノア、帰ってきたら一度検査するのよ」


「え〜、結構あれ面倒だからやらなくても良くないかな……」


「ダメよ、治療も兼ねてるんだから。それとも、傷…治さない方がいいのかしら?」


それを言うと、ぶ〜…とノアは口をすぼめて不満を露わにする。

そうして少しした後、息を整えてからノアはダウンへと走り出した。


「お疲れ様、先生」


カメラの電源を落として、アスカは私を労う。


「いやいや…私は何も。本当に居ただけだったから…」


「ふふふ…まぁ、ノアからしたら居てくれただけで力になったはずよ?」


「そう……なのかな?そうだったら嬉しいけどね」


他愛もない会話をした後に、私達はノアの迎えのためにゲートへと向かっていった。

あぁ、ただやっぱり気になるのだ。


(それにしても…あのノアの姿は何だったんだろう…後で聞いてみよう)


結局聞けなかった疑問は、消化されないまま私の中へ残った。

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