32曲目 青音レコのシンギュラリティ

「はあ……はあ……あ、あの!レコ、どこに行ったか知らない……?」


「さあどこに行ったんでしょうね。それ以上何か言うなら運営の人呼びますよ」


「だっ、誰が迷惑客だ……!俺だよ、タイカイシラズ!」


 サクラめ、分かって言ってただろ。


 レコがいなくなり接客慣れしたジョー頭さんが立ち回ることで、サークル『冷め頭共』に並ぶ行列は多少緩和されている。三四十人から二十人前後、タイカイシラズの噂が立つ前くらいには減っていた。


 荒れた息を整える。


「あら可也君……じゃない、タイカイ君……でもない、タイカイちゃんのお兄さんどうしたの?よく分かんなくなってきたわ……」


「もう可也でいいですよ。そんなことより大変なんです!レコがどこかに行っちゃって!!」


「せ、先輩が!?ずっと一緒にいたじゃない!!なんで目を離すわけ!?」


「……知らないなら大丈夫だ。ひとまず運営本部に掛け合って、一人で探すから」


 サークルに戻ってきているわけないよな。


 迷子のアナウンスくらいなら引き受けてくれるはず。あの目立つレコのことだから居場所くらい分かるはずだ。


「ちょっと待って可也君!今見たらレコちゃんらしき人を外で見たって呟きがある!」


「外ですか!?」


 スマホを触るジョー頭さんは頷く。


 弱ったな。外にいるならアナウンスは無意味で、格段に探すことが難しくなる。


 いくら目立つと言えど外界の広範囲を調べ尽くすことなんてできやしない。ジョー頭さんのようにスマホを使って情報収集もできなくはないだろうが、限度がある。


「ねえ、なんではぐれちゃったの?ただはぐれたならそんなに焦らないわよね、一体何があったの?」


「俺にも分かりません……ただ勝手にいなくなって、なんか助けてほしそうで、このままにしておいたら駄目な気がして……」


 急に別れを切り出されてまた明日と挨拶する――明らかに不自然だ。


 納得する為の情報が脱落している。言うべきことを言えていないなんて、まるで情報が制限されているみたいだ。


 アンドロイドの情報を制限できる人間に心当たりなんて、一人しかいない。


 「後は任せるわ」サクラは焦る表情を隠さず机を跳び越えて、俺の腕を掴み駆け出した!


「ちょっ!?」


「私、先輩の居場所に心当たりがあるの。きっとそこには……ドクターもいる」


「居場所!?なんでお前が知ってんだよ!」


 人混みの僅かな隙間を縫うようにして、誰一人としてぶつからず、徒競走レベルのスピードを保ち、走り抜ける。


「プールの後電話してたでしょう、聴いたのよ、一部始終」


「そんときサクラも電話してただろ!?一体どうやって」


「人間は二つ以上のことをするのが難しいんだっけ。電話しながら、隣の電話の内容を――受話器から流れる声を聴くことくらいできるのよ」


 言いたく無さそうに、しかし言わなければならないと、頬を引き攣らせて話す。


 彼女が恥ずかしくて仕方のない機械の身体。そのアンドロイドの聴力と水平思考力が功を奏したのか。


 自動運転の如く、アンドロイドらしさによって瞬く間に会場外に出てしまう。


 振り返れば近所ではそうお目にかかれない巨大ホールが鎮座している。自分たちがいたのは第一第二ホール、隣には第三、第四、第五と続く。今日はコエカオンリー以外イベントはやっていないらしい。


「レコの居場所は!?」


「……言えない、そこで何を行ってるのかも。でも連れていくことならできる、行動は制限されていないから」




「おやおやまあまあ!ずいぶんお早い到着じゃあないかっ!私の見立てだともう五分は遅れてくるものだと思っていたんだがねぇ……計算違いとは技術者失格だ」


 匙はだだっ広いコンクリート床の空間にぽつんと立っていた。


 周囲には山盛りの機材、そして傍には、レコがいる。うつむき加減で瞳を深い青に曇らせる少女の姿。


「レコっ!!!」


 動かないエレベーターを必死に駆け下りる。一刻も早く彼女の無事を確認したかった。


 ここは第三ホール。


 第一第二は会場として使われ、その隣の第三ホールに匙は身を隠していた。


 身を隠す――そう表現するには随分あけすけな対応だが。


「だ、大丈夫か!?怪我はないか!?匙に何もされてないか!?」


 息も絶え絶えに彼女の頭や腕をぺたぺたと触る。触診の効果なんて考えていない、ただひたすらに彼女の無事を実感したかった。


 青い顔のまま、覚束ない様子でこくこくと頷く。


「失礼なことを言うねぇ。私は、技術者として、ロボット工学の権威として、彼女の生みの親として、発見された重大インシデントを早期解決しようとしただけなのに!!」


「どういう意味だよ」


「おお怖!目が怖いって、友達に向けちゃ駄目な視線だぜそれ?一応君たちを想って仕事に乗り出したんだよ私?」


 仕事着の匙は大袈裟に身震いして溜息をつく。まるで俺の無理解に呆れているように。


「おや?なあんだサクラもいたのか、だったらそれが道案内を?なるほどそれで五分のタイム短縮か」


「んなことはいいだろ。話せよ、何故レコを連れ去ったのか!」


「概要は前述の通りだよ。サクラから聞いてない?そっかぁ、これもドクターの機密情報扱いなのか。っぱ試作機も無しにアンドロイドなんて作るもんじゃないな」


 自己完結的にひとしきり頷き、ずり落ちたメガネをくいと上げた。


「連れ去った理由なんて簡単だよ。Q&Aに則るなら、」




Q.6「何故レコを連れ去ったのか」

A.「人に危害を加える可能性があるから」




「レコはそんなことしない!」


「可能性の話だよ。シンギュラリティって知ってる?ざっくりいえば勉強好きなAIが人間より賢くなるってこと、」


「レコがシンギュラリティに到達したから連れ去ったと?」


「大外れ、話は最後まで聞くもんだぜぃ。これも私独自の世界観になっちゃうけど、シンギュラリティとは『生まれてきた意味を見出すこと』なのさ」


「生まれてきた意味……?」


「存在理由や製造理由とは違う。自分で見つける人生の命題ってことだよ」


「……『シンギュラリティに到達して不都合が起きた』んじゃないとしたら、どうしてこんなことをしたんだよ」


「逆さ。シンギュラリティに到達しなかったから不都合が起きたんだ」

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