30曲目 青音レコはマスターに無意識で求められている
ともあれ時間が経てば並ぶ同胞の数もどんどん減ってゆき――なんてことはなかった。
超人気サークル故に絶え間なく本は売れ休む暇など片時もない。加えて俺の宣伝とタイカイシラズの正体発覚(嘘だけど)により行列は倍近くに膨れ上がる。
レコを一目見ようと並ぶ者も増えて、デリカシーのない連中の割合も明らかに多くなった。彼女だけに対応させるのも可哀想で俺も出張っている。
壁サーだから、だけでは済ませられない人数の増え方だ。
「よし!タイカイ兄妹休憩行って来て!」
「こ、この人数ですよ。抜けるわけには、」
「その人数になってる原因は君たちのせいでしょ。いや言葉の綾、元凶は別にいるけど」
レコを押しのけてジョー頭さんはパイプ椅子に腰掛ける。
「君たち目当てのオタクがみーんないなくなったら私たち二人だけでもなんとかなるよ。ねえ、サクラ?」
「恐らく問題ないけど、先輩の対応人数は全体の一割くらいだし。それはそれとして私頼りなの腹立つ」
「ごめんって!打ち上げんとき高いオイル買っていいからぁ!!」
謝るジョー頭さんの背でショックを受けている。
「一割!?あんなに頑張ったのに!?」
「半分くらい労力がクソ客対応に吸われてたからな。じゃあ二人の御厚意に甘えて……すみません休憩頂きます」
「あとついでに色々見て回りなよ。オンリーイベ初めてなんでしょ?私たちのせいで嫌な思い出で終わっちゃうのは悲しいし、楽しんできてね」
段ボールと机の隙間からレコの手を引いて通路に出ると、ちらとジョー頭さんが手を振っているのが見えた。
「ふへへ」
「急に笑い出してどうしたんだよ」
「いいえーべつにー?お兄ちゃんは何もお気付きになられないんですかー?」
「お兄ちゃんて……本当に二人に任せて大丈夫だったのかなとは思ってる。せっかく手伝いに来たのに全部裏目に出て迷惑かけたわけだし、」
隣を歩くレコが膨れっ面になり、繋いだ手をぐいと目線まで引っ張る。
「今そんな話してません!これですよこーれっ!手を繋いでるんですよ!無意識レベルで私を求めちゃってるわけですっ!」
「あ本当だ。求めるというか、色々興味示してうろちょろされたら困るから繋いでるだけだよ」
「むう。そこは肯定してくれてもいいじゃないですか」
唇を尖らせ、手を下げる。離すつもりはないようだ。
「それにですね。二人が大丈夫と言ったからには大丈夫だと飲み込んでください。今の私たちの役目は『タイカイシラズの名前がサークルに悪影響を及ぼさないこと』違いますか?」
「悪影響って……違わないけどさ」
「その為にやるべきことは一つ!めいっぱい楽しむことですっ!!」
きらきらと瞳を輝かせ、俺を引っ張る。
「ちょっ、早!どこか行きたいところがあるのか!?」
「ありませんよ!行き当たりばったりで行きましょう!!」
「二人っきりって久しぶりですよね。ずうっと誰かといるじゃないですかお兄ちゃんって」
「まるで俺が人気者みたいな言い方だけどその誰かって横好家か匙だろ。確かにこうやって話すのは久しぶりな気がするけど」
曲が完成したときぶりだっけ。ジョー頭さんのアシスタントを終えて自宅に戻ってから何か話した気はするけど、眠かったせいで記憶が曖昧だった。
通路を歩く彼女は大衆の視線を釘付けにして、「あれってコエカPの」「タイカイシラズだ」のような潜めた声が飛び交う。
まるで俺なんて視界に入ってないみたい。
「どうしたんですかお兄ちゃん、そんな渋い顔して」
「レコ……タイカイシラズには俺しか見えてないみたいだな」
「やだお兄ちゃんったら!口説き文句ですか!?」
「どちらかと言えば文句だな」
注目されている自覚を持てよ……女の子が意識してくれていることは純粋に嬉しいけどさ。
「私としてはお兄ちゃんに尽くせている感があるので十分満足しているのですが、どこの本が欲しいとかCDが欲しいとかありますか?いくらでも付き合いますよ!」
「実を言うと全くない。昨日の今日でスタッフ参加だったからリサーチする時間がなかった、同人コンテンツに詳しいわけじゃないし」
「あらまあ。ではCDを買いに行くのはどうです?言うなればお兄ちゃんの先輩方が軒を連ねているわけですし、今後の参考になるのでは」
「一曲当てたぺーぺーが調子こいて敵情視察に来たって思われないかな。先輩方のCD見るだけ見て買わなかったら殺されんじゃないかな」
「ネガティブですね。お兄ちゃんは最強のコエカPになられるんでしょう!先輩ボコしてなんぼです!いっそ敵情視察のつもりで行ったりましょうっ!!」
「……そうだな。そうだよな。こんなところで怖気づいてどうすんだよ。俺は行くぞ!宣戦布告だ!!俺の方がずっと良い曲が書けるんだから!!」
「や、宣戦布告とまでは言ってません」
「発破かけといて梯子外すなよ!?」
しばらく歩くとコエカ楽曲の島が見えてくる。
島とはある程度分割されたジャンルの一つで構成された頒布スペースの名称であり、ここはコエカ楽曲がメインだ。
「お兄ちゃんの好きなコエカPはいらっしゃるのでしょうかね」
「いやあどうだろう、有名な人好きになりがちだから。有名Pは忙しくて来られないんじゃない?」
「ミーハーなんですね」
「言葉に気を付けろよ」
ミーハーじゃねえし。「この曲いいなー」って思った人がみんなたまったま有名だっただけだし。最近投稿された曲人問わずちゃんとチェックしてるし。
「ねえあれって」
「あ本当だ」
すれ違う人々の視線はどうしてもレコに吸われてしまう。『超絶美人コスプレイヤーコエカP』なんてレッテルが貼られてしまって、ここはコエカPの集中するスペース――注目度は先ほどより随分高い。
「それにしたってどうしてこうも注目されるんでしょうか」
「色々積み重なった結果だろ。一部始終見てたじゃんお前」
「その積み重なった”色々”については重々承知なのですが、お兄ちゃんの楽曲って精々数十万回再生ですし、こんなに話題になるのっておかしくないですか?」
めちゃくちゃ失礼じゃないかこいつ。
……いや言っている意味は分かる。バズっているとは言うものの、数百万回再生されたり、楽曲がカバーされたり、縦画面の動画のBGMに使われたり、そんなレベルではない。
当社比伸びているというだけで、コエカというコンテンツの歴史を見ればこのくらいの伸びをした曲なんていくらでもある。悲しいことに。
「多分だけど、数十万回再生の大部分はオンリーイベントに来るような熱狂的なコエカ好きなんじゃないかな。ニッチな層には既に届いているニッチな楽曲だから十分に話題になり得る」
「ほへえ」
「間抜けな相槌だな」
自分で振っておきながら興味無さそうに話を終わらせたレコに溜息をついて、並ぶスペースを流し見していく。俺の知ってるコエカPいるかなあ……。
ふと足を止める。そのサークルに人は並んでいない。テーブルの上に広げられたCDと手作りの飾りつけに目を引かれて、
「あ、この人の曲聴いたことあるな」
「なんて曲ですか?」
「えっと……あったこれだよ、この曲」
通路の邪魔にならぬようスマホでさらっと動画投稿サイトから曲をレコに見せる。自作のプレイリストに入れていたからすぐに見つかった。
その曲はEDM調、電子音多めで構成された楽曲で、歌詞も文章ではなく単語を繋ぎ合わせたような独特なもの。今の俺には作れない曲調だ。
再生数こそ多くないが、継続して様々なコエカ曲を投稿しており、気に入って新曲が出る度にチェックしていた。
「ミーハーじゃなかっただろ?」
テーブルに駆け寄り、新作らしいEPを一つ購入する。
売り子さんはCDが売れたことに驚いたのか目を見開き、わたわたと用意してくれた。
「大切にしますね!」
衝動的な買い物だったのに、安くない金額を出したというのに、なんだこの満足感は。
初めてのオンリーイベントでCD購入。周囲のサークルが輝いて見えてくる。『知っているコエカPのCDを買いたい』というより『知らないコエカPの曲を発掘したい』という気分になってきた。
「どうしよう、もっと買いたい!」
「散財に気持ちよくなってますね」
「あ、あの!」
去ろうとしていたサークルの売り子さんから声が掛かる。振り返ると少し言葉を詰まらせて、
「あの、えっと、その……曲聴きました。とっても爽やかで格好良い曲だと思います、これからも活動頑張ってください」
タイカイシラズは良きアクシデントが重なり、多少の知名度を得た。けれどそのアクシデントは俺が望んだことではなくて、曲自体思ったような評価がされなくて――爽やかで格好良い青音レコにぴったりの曲だとという評価がされなくて。
感動が襲ってくる。
「ありがとうございます。俺、頑張って曲作って良かったって今すごい思ってます」
自分の想いを分かってくれる人がいる。それだけで胸がいっぱいで、嬉しくてたまらない。
「タイカイシラズさんってそちらの方、ですよね」
「あ」
「お、お兄ちゃんったら私の台詞奪わないでよー」
「ご、ごめんごめんあはははーじゃあ俺たちはここらで、」
俺とレコは一目散に撤退した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます