28曲目 青音レコはあまりにも青音レコの姿をしている

 ひそひそと開場を待つ、準備をおおかた終わらせたサークル達の声。


 そのざわめきはまんべんなく広大な室内に轟き、ノイズとして俺たちを包んだ。


 長テーブルが部屋の中に何列にも並び、その一台一台に多種多様な本が並べられ、アクセサリーが並べられ、CDが並べられ――人々は思い思いに品々を頒布している。


 本にせよ、アクセサリーにせよ、CDにせよ、その全てはコエカにまつわる品物であった。


 また頒布する人、もとい売り子さんらの半分くらいは青音レコや桃音サクラ等コエカのコスプレをしていた。


「ここがコエカオンリー!」


 オンリーイベントとは、コンテンツを限定して行われる同人即売会のことである。


 『コエカワリコレクション』ことコエカオンリーではその名の通り、歌う合成音声であるコエカワリに限定された同人誌や同人曲等が売られている。


 とあるドデカいホールを貸し切られ行われるイベント、この場にいる人間全員コエカを愛してやまない同胞なのだ。


 なんて素敵な空間……コエカに青春をささげ、生活をささげ、中には俺と似た黒歴史を持つ者達もいるだろう。



「痛たた……古傷なんて思い出すもんじゃない……」



 フラッシュバックするあの日の思い出を必死に頭から逸らして、現実に戻る。


 壁サーという現実に。


「壁サーて。あの人どんだけすごいんだよ」


 自分の曲が伸びた理由の一端を思い知らされる度に気が重くなる。今確認したら三十万回再生に増えていた。怖い。


「壁サーってすごいんですか?」


 パイプ椅子に座っていたレコが振り返る。段ボールの山に囲まれて品出しスタッフである俺の前に、売り子として駆り出された彼女がいるという位置。


 ネットに接続して調べりゃいいのに、と一瞬思うがこんなイベント会場でWiFiが拾えるはずもない。


「めちゃくちゃ本が売れるってことだからね。壁際には混雑防止と大量在庫管理の意味がある、らしい」


「調べながら教えられても」


 再生数を調べたその手で壁サーについて検索していた。だって間違ってたら嫌じゃん。


「……大丈夫?」


「何がですか?」


「どことなく浮かない顔してたから、何かあった?」


 瞳の色は変わらない。表情だっていつもと変わらない。ただなんとなく、思い詰めているような気がした。


「気にし過ぎですよ。カンペ読みながら説明したのが恥ずかしくて話逸らさないでください」


「先輩、これ貸しますよ」


 隣に座っているサクラが差しだしたのは小型機器――ポケットWiFiのようだ。


「ありがとうございます」


 と応えて、レコは「あ本当だ」と呟く。

 俺の言葉が合っているかどうかたった今調べたらしい。


 やっぱり気のせいだろうか。


「信用ないなあ」


「冗談ですよ」


 そのやりとりをサクラが鼻で笑う。


 元々来る予定だったらしい彼女も売り子役だ。

 青音レコと桃音サクラ、二人のコエカが並ぶ姿は、改めて見ると美麗なイラストを切り取ったような華がある。


 色眼鏡抜きに彼女らのコスプレが一番似合っているはず。だって本人たちなのだから。


「ごめんねえ急な誘いなのに来てくれて。後でちゃんとバイト代出すからね!知ってるかい?イベント後の焼き肉が一番美味いんだぜ!」


 近隣のサークルへの挨拶を済ませた、『冷め頭共』のサークル主であるあがりさんが紙袋片手に戻ってくる。


「お疲れ様ですあがりさん」


「今日はあがりさんじゃなくてジョー頭。可也君も可也君じゃなくてタイカイシラズ君ね……長いな、よしタイカイ君と呼ぼう」


 イベント会場で本名で呼び合うわけにはいかない、そりゃそうだ。それもフォロワー六桁の大エロ同人作家ともなれば、プライバシーへの配慮は万全でなくては。


「何言ってんの、君だって売れっ子コエカPじゃない。さっきも隣のイラストレイターさんと曲の話してたよ」


「そ、そうですか」


「どういたの?あ、もしかして話さない方が良かった?」


 あがりさん――ジョー頭さんの肩をサクラがつつき、耳元で話す。


「自分の曲がジョー頭のおかげでバズったと思ってんの」


「聞こえてる聞こえてる、もっとこそこそ喋ってよ」


「そんなわけないじゃん!?どんだけパッケージが良くたって内容クソじゃ売れないんだよ!!というか別に炎上してるわけじゃないんでしょ?じゃーMVに見合った曲だったってこと!!気にし過ぎ!!」


 びりびりと鼓膜が震えるほどの大声で励ましてくれる。


 あまりに声が大きいものだから、周囲のサークルから人の頭が飛び出しこちらへ視線を向け出す。


「ちょっ、声大きいです」


「いーいタイカイ君?君は運で掴んだ結果だと思ってるかもしれないけどね、運を掴むにしても実力が必要なんだよ。その実力を君は既に持っていた。それってとってもすごいことなんだぜ?」


「…………」


「納得って他人がさせるものじゃなくて自分がすることだから私の言葉で飲み込めるはずないと思う。でもさあ、二曲目も三曲目も同じくらい話題になったらそれは間違いなく君の力じゃない?ひとまず作っちまおうよ、曲」


 白い歯を見せてにかっと笑う。


 すごいなあこの人。


 フォロワー六桁で壁サーなだけあるよ。


 その言葉は間違いなく、実力に見合っている。


「頑張ります。絶対同じくらい、いえそれ以上のすごい曲作ります」


「あいたっ」


「開場前に焚き付けてどーすんのよ」


「売り物で頭叩かないでよサクラぁ」


「見本誌だからいいじゃない」


 言い返すことのできない情けないあがりさんことジョー頭さん。


「そういえばタイカイ君、サークルの宣伝はしてくれた?tubuyaitterとかで」


「アカウントあるにはあるんですけど鍵垢で」


「これから本格活動開始でしょ?オープンな垢一つあると便利だよ」


 創作出来ないことに消化不良を覚えていたところだ。


 このモチベーションをSNSにぶつけてやろう。

 鍵垢を開錠し、冷め頭共のサークルにいる旨を呟く。

 この文章変じゃないかな、大丈夫かな。




 ――――――――――

 冷め頭共のサークルスタッフとしてお手伝いさせていただいています

 初めてオンリーイベント参加しました

 今から楽しみです

 #コエカワリコレクション26

 #コエカコ26

 ――――――――――




 さっそく一人が拡散してくれた。


 隣を見ると同じくスマホを持ついたずらっぽく笑うジョー頭さんがいる。




 瞬間、放送が会場に響く。


 それはこのオンリーイベントのルールアナウンス、共に開場の合図であった。


 ノイズ程度だったざわめきが一気に膨れ上がり、足音と話し声がいっせいに押し寄せる。


 戦争イベントの火蓋は切られた。

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