26曲目 青音レコの水鉄砲は人に向けちゃ駄目な威力をしている

 恥ずかしいと瞳は赤色に染まるらしい。


 ラッシュガードのチャックを上げきったサクラは隣で体育座り、日陰で休んでいる。彼女の瞳は未だ赤のまま。


 「元に戻ったら私も入る」と涙の引っ込んだ瞳の下を指でなぞる。レコとらっかちゃんはプールの中で仲良く遊んでいる。耳に飛び込む黄色い声がいかにも夏らしい。


「ごめんな。レコは空気が読めないから」


「それが先輩の良いところでもあるから。あと身内面うざい」


「マスターなんだから身内に決まってるだろ」


 『釣り目でネコミミの中からツインテールが生えている低身長キャラで、声質はあざとい猫なで声で少し馬鹿にしたような全人類の妹のようなコエカ』。


 サクラの公式紹介文は確かそんなだったはず。


 随分違うよなあ、最早桃音サクラらしさが一切ないというか。レコもレコでかなり違うけれど、彼女ほどの乖離はない。


「訊かないの?なんで恥ずかしがってるか」


「俺に水着姿見られるのが恥ずかしいんじゃないのか」


「……最悪。話振らなきゃ良かった。あんたなんかに恥じらうわけ無いじゃない、全裸でもなんともないわよ」


「えっ」


「本気にしないで!?ちょ、目がマジなんだけど、きもすぎ」


「冗談でも異性に『裸見せる』なんて言うな。変な気持ちになるだろうが」


 てっきりまた罵られるものだと思っていたけれど、「異性ね」と少し寂し気に呟くだけだった。


「俺はサクラの思うより勘が鈍いからな。望み通り訊いてやる。水着が恥ずかしくないのだとしたら、一体何を恥ずかしがったんだ?」


「…………」


 ラッシュガードの上から胸元、そしてスカートのあたりを指差す。


「こことここに黒いラインが入っているの私。人間のタトゥーとは違う、機械的なつやつやしたライン。はっきり言っちゃえば性的な部分が削られてそれが入ってるのよ。人間に近づき過ぎないよう……不気味の谷を起こさない為に」


「不気味の谷」


「人形でもアンドロイドでも人に近づき過ぎると気持ち悪く感じてしまう。そこを乗り越えてこそ、なんだけどドクターは乗り越える技術を持っていなかった。ロボットとアンドロイドのデザインセンスなんて別物だし、だからあえて乗り越えず、遠ざかることで難を逃れたの」


 匙はロボットとアンドロイドの差はAIを搭載しているか否か、そう自論を展開したけれど、サクラの言う通りデザインの扱いだって違うだろう。プログラムだって人工筋肉だって、ロボットと同じようにはいかないはず。


「そのAIのせいでもあるんだけどね。私はアンドロイドであることが恥ずかしい」


「…………」


「人間になりたいの。先輩に尽くす為に造られて、横好家に居候してアシスタントして、あなたたちと関わるようになって、考えるようになったわ。なんで自分は人間じゃないんだろうって。そしたらこの黒いラインがすごい恥ずかしくなって」


 人間がサイボーグになることは将来可能かもしれない。脳みそや脊髄を取り出して缶の中に詰めて電脳世界で生きていくこともずっと遠い未来にできるかもしれない。


 だがアンドロイドが人間になることはきっとない。鉄の塊が脈打つ血肉になることは有り得ない。人工皮膚や人工臓器、人工脳、人工血管等に身体を入れ替えたとして、そのアンドロイドは人間になったと言えるだろうか。


「……難しい悩みだな」


「うわ顔険し。解決できるなんて思ってないよ。あんたに何かできると思ってないし、誰かに話してスッキリしたかっただけだから。ごめんね誘導して」


 サクラはプールに足先をそっと入れて、冷たさに身震いしながらプールサイドに腰掛ける。こちらを向いたままやはり寂しそうに笑った。


 プールの端からゆっくりとレコとらっかちゃんが近づいていた。こいつは……言わないでおこう。


「俺からすればサクラは十分人間だよ。感情の機微があって、解決できない問題から目を逸らすことができて、話したらスッキリする理性も持ち合わせてて、同級生にいてもおかしくない俗っぽさだ」


「ありがと。俗っぽいって褒め言葉じゃないと思うけどなんだか嬉し、」


「「すきありっ!!」」


「ぴゃっ!?」


 忍び寄る二人がサクラの両腕を掴み飛び込ませる。水面は大きくうねり、飛び散る水滴は再び濡らす。


「ぷはあっ!危ないでしょ二人共!」


 水没の危険はあっても窒息の危険はない。水没に関しても、レコが散々泳いで危険はないことを証明している。アンドロイドであることを忘れたように彼女は叫んだ。


「「ごめんなさい」」


「……もうしないでね。さ、遊びましょ」


 サクラは両手の指を絡めて合わせて、その側面をレコへ向けた。水鉄砲の構え――「ぶひゃああああっ!?」水圧は消防車のそれに匹敵する、決して人に向けてはいけない威力でビキニの彼女は吹き飛び、端の壁へと押し付けられた。


「あははははは!!すごいすごーい!それ私にもやって!ねえやって!」


「らっかちゃん、あれは人間が食らうことを想定されてないよ、やめときなさい」


「そんなのやってみないと分かんないでしょ」


「だよねー!」


「でもマスターに浴びせるのは不安が残りますね。おい、成人男性、その場を動くな」


「確かに成人年齢は十八歳に引き下げられたから俺は成人男性だし、らっかちゃんより耐久力があることは間違いないけど、十分不安が残ると思うんだあばばばばばばばっ!?」


 突然顔面へ圧倒的質量の水が押し付けられ、よろけるそのままに足を滑らせプールにダイブ。

 走馬灯のように思い出すサクラの顔は少し不機嫌で――そうか。『人間が食らうことを想定されてない』なんてまるで『人間じゃない』って言ってるようなものだもんな。


「だとしてもマジで撃つ奴がいるかーっ!!」


 顔を出して叫ぶ。


「あ生きてた」


「殺す気だったのかよ。だったらこっちにも考えがある」


 端へ追いやられたレコの手を握り、


「マスターこんなところで恋人繋ぎですか!?もう場所を選んでくださいよっ、いえ別に嫌と言うわけではありませんがね?」


 レコの両手を握らせ指を絡めさせる。ちょうど水鉄砲を撃つような形に。


「レコ砲発射っ!!」


 着替えなんてないのに頭まで浸かってしまったのだ。後は楽しむしかない。


 大量の水による砲撃が飛び交う。



 

 俺はいつかレコとの会話を思い出す。


 中高生だったとき俺に友達はほとんどいなくて、好きな子と一緒にプール遊びするなんて経験は無く、その姿を教室から羨ましく眺めることしかできなかった、と。


 サクラに向けて負けず劣らずの水鉄砲を発射するレコはいたずらっぽく笑っている。


「これは夢が叶ったことになるのかね」


 青春とは程遠い、しかし青臭く晴れやかな時間。


「ぶひゃっ!?」


「ふはははは!なにぼーっとしてんの!がら空きじゃない!」


「じゃない!」


 セミオートで放たれた水弾を食らい一瞬仰け反る。


「マスター!」


「……遠慮は無用だレコ!容赦なく叩き潰せ!!」

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