25曲目 青音レコには白ビキニが似合う

「いやっふぉーい!きーもちいー!!」


「こらー。危険行為はよしなさーい」


 学校指定のスクール水着を纏うらっかちゃんは二十五メートルプールに飛び込み、貸し出されたメガホンで注意する。


 気力のないその言葉を意に介さず全力のクロールが始まる。


 保護者と言う立場上、注意せざるを得ないけれど本心としては『もっとやってしまえ』だ。せっかくの貸し切り状態を楽しまないなんて損だからな。




 サクラやらっかちゃんの言うプールとは市民プールではなく、小学校のそれを指していた。どうりで話が少し噛み合わない訳だ。


 開放こそしているものの、近くに大きなプールがある都合上児童はそちらに吸われているらしい。伽藍洞のプールに監視員を付けるメリットはなく、今は保護者ありきで利用を許可しているようだ。




 揺れる水面は白く乱れた枠線で水底をいくつも区切り、らっかちゃんがひとかきするたび大きく書き変わる。


 消毒された水はプールサイドにはみ出し、俺の足を撫でて、乾いた熱を奪い去った。


 蹴伸びで四五メートル進んだ彼女は苦しそうに、けれど満足げに顔を出す。学校指定のスク水、面倒だからかキャップは被らず濡れた白髪がてらてら輝いて眩しい。


「ぷはあっ!二人遅いねー!」


「あのごってごての衣装だからな。脱ぐのに時間がかかるんだろう」


「可也お兄ちゃんってデリカシーないってよく言われない!?」


「言われるほど広い交友関係を持っていない」


「ぼっちなんだね!」


「ぐふぅ」


 小さい子特有の切れ味の良さに心を痛めつけられ、胸を押さえる。


「そうだよ俺はぼっちだよ。大学生にもなってコエカ曲作ることしか考えてない引きこもりぼっち野郎ですよ」


「声小さくて聞こえなーい!」


「らっかちゃん、言っていいことと悪いことがあるよ。いくら俺が年上にしちゃ情けないとはいえ、それ以上言われたらもっと情けなく泣き喚くしかないからね」


「あ!二人来たよ!!」


 俺のネガティブを吹き飛ばす、はじける笑みでプールサイドに上がるレコとサクラを迎え入れた。


「マスターどうですか!?似合っていますか!?」


 幾重にもフリルがあしらわれた純白のビキニを纏うレコは恥じらいなく片手を振ってこちらに駆け寄る。もう片手にはラッシュガードを掛けている。


 アンドロイドの身体であるから、通常、衣装で隠れる幾何学なモールドが露わにになり、臀部から鼠径部にかけて入る白色のラインが水着からはみ出していた。


 なんともそれが蠱惑的でつい触れたくなる。機械に不必要な衣類、露出度が増えても製造当時の姿に近づくだけだというのにどきどきしてしまう。まさに奇跡のマリアージュ!


「あのう、似合ってますかね……?」


「はっ!危ない、魅力的過ぎて言葉を失っていた」


「み、魅力的!?えへへ、本当ですか?マスターあんまり褒めてくれないからびっくりしちゃいました」


「普段から良いと思ったところは褒めているつもりなんだけど」


「家事できなかったり歌下手だったりしたら褒めてくれないじゃないですか」


「家事できなかったり歌下手だったりしたら褒めないよ。良くないから」


 控えめながら確かな質量を感じるたわわな双丘が揺れて揺れて、健全な青少年である俺としてはレコの顔を見て話したいものなのだが、どうしても視線が引き寄せられる。


 くそっ!健全な青少年が為に!


「童貞がよ」


「童貞は悪口じゃない。貞操観念が強いことへの賛美だ。それはそれとして言った奴誰!」


 テンション低めにとぼとぼこちらへ歩いてくるサクラ。レコが罵倒する訳がなく、らっかちゃんにその語彙力があるはずない――つまり犯人は彼女となる。


 どう言い返してやろうか思案するうちにピンク色のツインテールよりも、真っ赤な瞳と顔に目が向かい口をつぐんだ。


 赤い瞳は初めて見たな。


「てっきりお前の水着にはしゃいでると思ったんだが、ちょっとしおらしくないか?」


「最初ははしゃいでいましたよ、私に飛び掛からん勢いでした」


 腕にかけた小さめのラッシュガードを広げる。


「自分だけ隠そうとしててずるいので剥ぎ取ってやったんです!」


「先輩ぃ……返してくださいよぉ……」


 もじもじと両腕で自分の身体を隠すように動かし、緩慢に伸ばす腕からレコはひょいと逃れてしまう。


 黒のシンプルなワンピース。肌の露出は控えめでフリル等装飾の控えめ、スカートが太ももあたりまで伸びて身体のラインが出にくいものが選ばれている。


 特段恥ずかしいところは無さそうに見えるけれど――胸元からちらと黒いラインが見えた。機械的なモールド。俺の視線に気付いたサクラは涙目になって胸元を両手で庇う。


「ふっふっふービキニ選んでおいて自分だけ隠せるなんてそんな虫の良い話あるわけ無いんですよ!」


「レコ、返してやれ」


「あれぇあったぁ!?なんで返さなくちゃいけないんですか!ビキニアンドビキニなら納得できましたよ。ワンピースアンドワンピースでも良いです。でもビキニアンドワンピースは許されません!」


「俺はレコのマスターだから問題ないんだろうけど、女の子は男に水着姿を見られることを恥ずかしがるもんだ。みんなで楽しく遊ぶためにここは返してあげようぜ」


「それもそうですね。サクラ、意地悪してすみませんでした。お返しします」


 簡単に納得してしまってラッシュガードを手渡し、プールの中に飛び込んだ。


「ひゃっほうっ!」


 ばしゃーんと波打ち、襲い掛かる水の塊は俺の下半身をめちゃくちゃに濡らした。


 俺は水着を持っていないし、替えの服なんて持ってきていない。


「レコおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「ごめんなさあああああああああああい!!」

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