24曲目 青音レコの水着は用意されている
「むずかしい話終わったー?」
らっかちゃんが顎を回転椅子の手すりに乗せて退屈そうにぶーたれる。
「ごめんマスター。それで本題だけど、明日プールに行かない?」
プールと言えば近所の市民プールが真っ先に想像つく。
このアパートからさほど距離はないが、夏真っ盛りだからさぞ人は多いはず。
友人のいない俺だけど、連日テレビやネットニュースで盛況具合を報道されているから知っている。
おおかた、らっかちゃんが行ってみたくなったのだろう。
「なんで俺を誘うんだよ」
「あんただけじゃない先輩も誘ってるし」
肝心の先輩は一言として喋らない……あ、スリープモードだからか。
「おーいレコ、起きろー」
「はっ!?マスター大変です!スリープモードに入ったところで落ち着きません!」
省エネルギーしてるだけだからな。
超短時間の時間旅行を経験した気分の彼女に『曲が何故バズったのか』のあらましを伝えると首を傾げる。
「良かったんじゃないですか?だってマスターの目的は達成されたわけだし」
「俺の思う形では話題にならなかったわけだし、達成されたかは微妙だよ。まだまだ頑張らないと」
「マスターがそう言うなら!」
レコは微妙な表情から一変、目を輝かせて興味深そうに頷く。
「先輩も行きましょうよ、プール」
「マスターが行くなら行きますよ」
「あんた行くって言いなさい」
「俺はバーターかよ」
「違うわ。保護者がないとプールに行けないのよ」
保護者?ああ、らっかちゃんは小さいから大人が着いて行かないといけないのか。
「サクラがいれば十分じゃないか?あがりさんでもいいだろ」
「私の製造年今年だし。あがりは漫画描いてイラスト描いて動画編集してぶっ倒れてるわ」
「えっ大丈夫か!?無茶させちゃったのか、ごめん」
「あれが好きでやったことだから気にしなくて良いわ。とっても楽しそうだったし」
サクラは大切な思い出を取り出すように微笑む。
あがりさんが動けず、保護者として適正年齢を満たさないとなれば俺が出張るしかないのか。
隣の部屋の気の良い兄ちゃんとして、ここは一肌脱いでやろう。
「降参だ。一緒に行ってやる」
「「やったー!!」」
サクラとらっかちゃんの声が揃い、どたばたと部屋から去っていく。
嵐のような二人だったと胸をなでおろし……一抹の不安がよぎる。
「水着どうすんだ?」
◇
「プールに行くのは良いのですけど、私たちの水着はどうするのですか?」
翌日の昼下がり。正午の陽光集中砲火を過ぎているのに、降り注ぐ熱戦は肌を焦がし汗を噴き出させた。
俺とレコ、サクラの三人でプールまで歩く。近所とは言え大型スーパーよりは遠い。せっかくの夏休みを作詞作曲に費やすインドア派にはきつい道のりだ。
「ご安心を。スリーサイズは公式より把握済み、先輩に間違いなく似合う水着をご用意させて頂きました」
「あぢい……あぢいけど俺は入らないぞ」
「元よりあんたの水着なんて用意してないわ。入りたかったらそこらで葉っぱ千切りなさい」
「その葉っぱで隠せって言ってないよな?公共の場で草一枚に全幅の信頼を置けと?」
「入るつもりないなら関係ないでしょう」
「いざとなれば私の水着を貸しますよマスター!」
「気持ちだけ受け取っておくよ。サクラの案と変態度合いは変わらないからね」
蝉の音が響いているというのにすっかり慣れてちっとも気にならない。
顎から汗を垂らす俺とは違って、アンドロイドの二人はやはり涼し気な顔をして雑談を弾ませる。
「ずっと気になってたんだけど、らっかちゃんは?多分あの子がプールに行きたいって言い出したんだよね」
「ええ。待ちきれなくて鍵を取りに行ったのよ」
鍵?更衣室のロッカーの鍵だろうか。連日みちみちに人が来るらしいから先に取っておくとか。
「子供が一人で行って危なくないか?道に迷うかもしれないし、着いたって手続きが面倒だろう」
チケットを人数分買うとか。後から保護者がやって来る旨を伝えるとか。
「毎日行ってたんだし大丈夫でしょ」
「毎日!?よくそんなに泳げるな。子供の体力は底知らずだな、将来は水泳選手か?」
「毎日は泳いでないんじゃない?水泳選手になるポテンシャルがマスターにあるという点は同意するけど」
「親バカかよ」
市民プールには流れるプールやらウォータースライダーやらアクティビティも目白押しだし、連日泳がなくても良いのか。
「俺は入らないけど、レコは思う存分楽しめば良いからな。流れるプールとかウォータースライダーとか」
「は?そんなの学校のプールにあるわけないじゃない」
差し掛かった角を右へ曲がると小学校の校舎が見えてくる。すぐそばにはプール施設があった。
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