23曲目 青音レコに呼吸は必要ない
匙を送り届けてから、帰路に着く。
彼女は簡単に白状してしまって、なんだか肩透かしの気もするけれど、別にこれは『ドクターが何者か』を見つけ出す物語ではない、『俺とレコが有名になる』物語なのだ。井の中の蛙がインターネットという大海を知り、自在に遊泳するに至るまでの。
……ただの大学生の日常を物語ってするのは格好つけ過ぎか。
通りを抜けると我がアパートが見えてくる。
あのファミレスをバイト先に選んだのは徒歩でいける距離だからだ。五分も経たず着いてしまう。
二階の自宅の扉に鍵を差し開けば、俺の憧れの人――青音レコが温かく迎え入れてくれて、
「大変です!マスターの曲がバズってます!!」
俺の目的は達成されたらしい。
匙の態度なんて比じゃない肩透かしだった。
バズる。
最近では耳にすることも多いこのフレーズの意味は『注目を集めて話題になること』。楽曲であれば再生数、イラストであればいいねの数、とにかく評価が可視化された現代において、数が物を言うのだ。
俺の曲は十万回再生されている、とレコは言う。
なーんだたった十万回再生か、他の有名曲は何百万何千万再生数されてるよー、ではない!他の有名曲は数ヶ月や数年かけてその地位を築いたのだ。対して俺の曲『青音レコの日常は爽やかで夏っぽくて青春っぽい/青音レコ』の公開日、昨日。
一日で十万回再生。
は?
What's up?
マジで何が起きてるんだ?
半信半疑に自分のスマホから確認すると――十一万回再生に増えていた。
「もう怖いよ!?なんでこんなに伸びてるの!?レコ言ってたじゃん、俺の曲は良いけど最前線で活躍する人達には敵わないって!!敵いそうだよどーなってんのこれ!?」
「おおお、落ち着いてくださいマスター。完成度の高い曲がバズるとは限りませんし、その逆も然りですよよよよ。ああああ後いくら良い曲を作ったところで聞いてる人たちに伝わるかどうかは別問題、」
「ちょっと黙ろうかレコ!!すっげえこと口走ってるぞ!?!?こういうときは深呼吸!深呼吸して落ち着くんだ!!」
すぅ……はぁ……。
「大変ですマスター!」
「どうした!?」
「私呼吸必要ありません!!」
「よぉしスリープモードに入れっ!!一度落ち着ければそれでいい!!」
「はいマスター…………」
がくん、と瞳にハイライトを失せさせてその場に立ち尽くすレコ。
俺も落ち着こう。冷静に考えるんだ。バズるかどうかなんて運も絡む話だとは思うけど、何か理由があってこんなに再生数が伸びるようになったはず……。
「炎上か?」
俺はレコとの日常を歌詞にして曲を完成させたわけだけれど、あがりさんがラブレターと形容したように人によって解釈は違う。青音レコ過激派が「解釈違いだ!」「こんなのレコじゃない!」と奮い立ち、晒され、結果このような伸びに繋がってもおかしくない。いやむしろそれ以外に理由が思いつかない!
「嘘だろ……一曲目から炎上!?ああもう終わった、俺のコエカP人生ここでジエンドってね……なんか泣けてきた」
「炎上してないわよ。悲観的過ぎ」
背後から聞こえた声に振り返ると、
「サクラ!?」
「らっかもいるよ!!」
低身長なサクラのピンク髪の後ろからひょっこりとらっかちゃんが顔を出す。
「なんで二人がここに?というか扉は!?」
「開いてた。不用心ね、これじゃあ泥棒入り放題じゃない」
「目下君たちが豪胆にも入ってるわけだけど……」
「なに?文句?」
「滅相もございません。それで、なんで炎上じゃないって分かるのさ。というか俺の曲がバズってるの知ってるの?なんで?」
「あがりが作ったMVだもの。チェックしない訳がないじゃない……って、何その顔」
おっと、つい美しき人間とアンドロイドの主従関係に悦に入っていたようだ。正確にはサクラのマスターはらっかちゃんらしいけれど、似たようなもの似たようなもの。
「変態顔の先輩のマスターはさておき、曲が炎上してないのは本当よ」
言って良いことと悪いことがあるだろ。
俺の回転椅子に勝手に座ったサクラはパソコンをいじり、SNSの一つ、『tubuyaitter』を起動させた。スクロールするタイプの様々な人が好きなように”呟く”ことの出来るサービス。彼女はジョー頭というアカウントを開き、その一番新しい投稿を見せた。
「ジョー頭ってあがりさんのPNだよな」
――――――――――
タイカイシラズさんの楽曲『青音レコの日常は爽やかで夏っぽくて青春っぽい/青音レコ』のMVを担当させて頂きました
青音レコへの愛がいっぱい詰まったラブレターのような曲です
――――――――――
以下には俺の曲のURLが続く。
いいねの数は五桁。拡散の数は四桁、もうほとんど五桁に達する。
イラストならまだしも、曲でこんなに話題になっている投稿なんて中々お目にかかれない。
「すげえ!!なんで!?これが理由だとして、次はなんでこんなに投稿が盛り上がってるの!?」
「ふふん、実はあがりってすごいのよ。絶賛トレンド入りだし」
「ト、トレンド?」
ざっくり言えば『このSNSでみんなこの話題してますよー』というワードがピックアップされる機能。それにランクインしているらしい。
サクラはジョー頭のフォロワー数を見せつける。
――――――――――
986 フォロー中 31.5万 フォロワー
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「すげえ、大エロ漫画家先生だったんだ…………ちょっと待っててね」
自分のスマホを操作し、電子書籍のアプリを開く。
「…………あっ」
「なに?」
「俺って知らないうちにあがりさんにお世話になってたんだなって」
「きしょ」
「今度お礼言わないと」
「きっしょ!そんなことしなくて……いやあがりなら喜ぶかも、言ってあげて」
「じゃあきっしょ言われ損じゃない?」
目を背けつつ、サクラは動画投稿サイトを開き、俺の曲のページをスクロールする。
「後はこの曲が普通に評価されてるからね。先輩との日常を描いたコメディーソングとして、最近こういう面白い曲流行りがちよね」
「面白い?」
「ええ、面白いわ。ギャグマンガみたいなコメディー一色の聴いてて楽しい曲」
俺はこの曲を爽やかで青春を取り戻すかのような曲として作った。
大物漫画家の後光を借りて、ネタにされるようなコエカ曲を作りたかったんじゃない。
ラブレターでも、ギャグでもなく、青音レコに似つかわしい最高の曲として。
「……消そうかな」
「どうして?こんなに人気になってるのに」
「こんな風に人気になりたかったわけじゃない。俺はもっとずっと良い曲が作りたかったのに、みんなにも青音レコの魅力を届けたかったのに……納得できるかよ」
「じゃあ、消せるの?」
「……無理だな。こんなに頑張ったのに、望む形で報われなくたって嬉しいものは嬉しいんだ」
「おかしな感情の機微ね。でも最近そういうの分かって来たわ」
サクラはマウスから手を離し、いたずらっぽく笑う。
「次の曲が完成してからでも曲を消すのは遅くないんじゃない?」
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